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第3話 花咲姫と奔流王
25.鉱虫(2)
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一匹ではなかった。
四方八方に散った通路、そのどれからも同じように通路を満たしながら、中には体で岩をなおも削りながら、巨大な白い虫が這い出てくる。幾つかの結節に分かれた胴体の表面は、艶々と磨かれたように白く光り、その長さもなかなか途切れることがなく、半身ほどは這い出しているだろうと思われるのに、最後尾が出てこない。一番最初に出て来た部分には薄茶色に変色した部分があり、そこに小さな穴がいくつも空いているように見える。一匹が出て来ながら、途中でレダンの少し前の地面にその部分を擦り付けると、大きな音が響いて辺りが揺れ、見る間にそこに人一人優に埋められるほどの穴が掘られた。
「ガー…ダス…」
「『お山の子守唄』…か」
ガストとバラディオスが呻くように囁いた。
「陛下…っ」
シャルンは血の気の引いた顔を両手で包んだ。広間の中央に追い込まれたような4人は、ゆっくりとガーダスに囲い込まれ、身動きできない。
「…駄目です」
無意識に踏み出そうとした体を、ルッカが背中で押さえつけた。苦しげな声で続ける。
「動いてはなりません」
いざとなれば、姫様だけでも。
低く呟く声にシャルンは首を振る。
そんなことはできない、絶対できない。そもそも坑道行きを望んだのはシャルンで、そのために手助けしてくれた皆を巻き込んだばかりか、死なせるなんてあってはならない。
右手の掌が妙に冷たく感じて、シャルンははっとした。とっさにルッカ同様、シャルンの前に立ち塞がっているミラルシアに目を向ける。
「…」
相手もこちらを見返していた。右手の籠手を上げてみせる。同じことを考えていると知った。
「…はい」
頷き、手袋を引き抜く。
こんな坑道で、制御もできない水龍を呼び出してしまえば、何が起こるかわからない。ましてや、今はミラルシアの雷龍をも呼び出そうとしているのだ、無事に済むとは思えない、思えないが、ここからシャルン一人無事に戻るなど考えられない。
ならば。
「シャルン」
「っ」
ふいに、静かで穏やかな声が響いた。
紛れもなくレダンの声、思わず動きを止めてガーダスに囲まれているレダンを見ると、どういうことか、剣を収めて振り向いている。優しい微笑みが広がっていた。
「陛下…?」
ひやりと冷たいものが背筋を這った。
「レダン…」
同じように訝しげなミラルシアの声が不安を煽る。
「どうして……サリストア?」
見れば、サリストアもガストも、バラディオスさえも剣を収めている。
もう無理だと観念したのか。これほどの数は御しきれないと、それなら酷い有様を少しでも和らげようと、そうしてシャルンに微笑んでくれているのか。
「いや……嫌です、陛下…っ」
手を伸ばす指先の彼方で、一匹のガーダスが高く高く頭を挙げ、そのまま一気にレダンの真上に突き下ろしていく。
「いやああっ!」
悲鳴が唇を突いた瞬間、頭を振り上げたガーダスが凍りついた。そのままのろのろと方向を変え、シャルン達に振り向く。
「…くっ!」
ミラルシアが右手の籠手を高く挙げる、シャルンも水龍を呼ぶべく、口を開く。
だが。
「……え?」
ガーダスは再び向きを変えて、ゆっくりと頭を下ろした。静かにその場から立ち退くレダンが、今まで居た場所に顔を押し付け、再び激しい音を立てて岩を掘り込む。岩壁は振動し、幾らかは崩れもするが、レダン達を襲う様子はない。他のガーダスも同様で、4人の人間に構う気配もなく、広場をのたくりながら思い思いの場所へ頭を擦り付け、穴を穿っていく。目的の場所に誰かが居ると、戸惑ったように高く頭を上げるが、気づいてその場所を離れれば、ゆっくりと頭を下ろして岩場に潜り込んで行く。
「……え…?」
「シャルン!」
もう一度、レダンの声がはっきりと聞こえた。
「大丈夫だ。こいつら……ガーダスは、俺達に興味がないようだ」
四方八方に散った通路、そのどれからも同じように通路を満たしながら、中には体で岩をなおも削りながら、巨大な白い虫が這い出てくる。幾つかの結節に分かれた胴体の表面は、艶々と磨かれたように白く光り、その長さもなかなか途切れることがなく、半身ほどは這い出しているだろうと思われるのに、最後尾が出てこない。一番最初に出て来た部分には薄茶色に変色した部分があり、そこに小さな穴がいくつも空いているように見える。一匹が出て来ながら、途中でレダンの少し前の地面にその部分を擦り付けると、大きな音が響いて辺りが揺れ、見る間にそこに人一人優に埋められるほどの穴が掘られた。
「ガー…ダス…」
「『お山の子守唄』…か」
ガストとバラディオスが呻くように囁いた。
「陛下…っ」
シャルンは血の気の引いた顔を両手で包んだ。広間の中央に追い込まれたような4人は、ゆっくりとガーダスに囲い込まれ、身動きできない。
「…駄目です」
無意識に踏み出そうとした体を、ルッカが背中で押さえつけた。苦しげな声で続ける。
「動いてはなりません」
いざとなれば、姫様だけでも。
低く呟く声にシャルンは首を振る。
そんなことはできない、絶対できない。そもそも坑道行きを望んだのはシャルンで、そのために手助けしてくれた皆を巻き込んだばかりか、死なせるなんてあってはならない。
右手の掌が妙に冷たく感じて、シャルンははっとした。とっさにルッカ同様、シャルンの前に立ち塞がっているミラルシアに目を向ける。
「…」
相手もこちらを見返していた。右手の籠手を上げてみせる。同じことを考えていると知った。
「…はい」
頷き、手袋を引き抜く。
こんな坑道で、制御もできない水龍を呼び出してしまえば、何が起こるかわからない。ましてや、今はミラルシアの雷龍をも呼び出そうとしているのだ、無事に済むとは思えない、思えないが、ここからシャルン一人無事に戻るなど考えられない。
ならば。
「シャルン」
「っ」
ふいに、静かで穏やかな声が響いた。
紛れもなくレダンの声、思わず動きを止めてガーダスに囲まれているレダンを見ると、どういうことか、剣を収めて振り向いている。優しい微笑みが広がっていた。
「陛下…?」
ひやりと冷たいものが背筋を這った。
「レダン…」
同じように訝しげなミラルシアの声が不安を煽る。
「どうして……サリストア?」
見れば、サリストアもガストも、バラディオスさえも剣を収めている。
もう無理だと観念したのか。これほどの数は御しきれないと、それなら酷い有様を少しでも和らげようと、そうしてシャルンに微笑んでくれているのか。
「いや……嫌です、陛下…っ」
手を伸ばす指先の彼方で、一匹のガーダスが高く高く頭を挙げ、そのまま一気にレダンの真上に突き下ろしていく。
「いやああっ!」
悲鳴が唇を突いた瞬間、頭を振り上げたガーダスが凍りついた。そのままのろのろと方向を変え、シャルン達に振り向く。
「…くっ!」
ミラルシアが右手の籠手を高く挙げる、シャルンも水龍を呼ぶべく、口を開く。
だが。
「……え?」
ガーダスは再び向きを変えて、ゆっくりと頭を下ろした。静かにその場から立ち退くレダンが、今まで居た場所に顔を押し付け、再び激しい音を立てて岩を掘り込む。岩壁は振動し、幾らかは崩れもするが、レダン達を襲う様子はない。他のガーダスも同様で、4人の人間に構う気配もなく、広場をのたくりながら思い思いの場所へ頭を擦り付け、穴を穿っていく。目的の場所に誰かが居ると、戸惑ったように高く頭を上げるが、気づいてその場所を離れれば、ゆっくりと頭を下ろして岩場に潜り込んで行く。
「……え…?」
「シャルン!」
もう一度、レダンの声がはっきりと聞こえた。
「大丈夫だ。こいつら……ガーダスは、俺達に興味がないようだ」
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