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第3話 花咲姫と奔流王

15.光の繭(2)

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「……こりゃまあ…」
 縄で降りてきたガストは、レダンの示したミディルン鉱石の層に思わず口を開いて見上げた。
「…とんでもない量ですね」
「ハイオルトとタメを張るか」
「…あっちはかなり掘り込んでますが……ここは手付かずですからね」
「手付かずだが…掘り出すのは難しいな」
 レダンは腰に手を当て、眉を寄せる。
「王族の緊急避難路の一端にありますし、例え開発するにしても王家直々のものになるでしょうね。鉱夫も器械も選りすぐりのものを揃えなくちゃならない。埋蔵量不明なんてことになったら、世界がひっくり返りますよ」
「下手すればダフラムが乗り込んでくる、か」
「アルシアは大人しくなんてしませんよ、世界大戦やらかすんじゃないですか」
「ふうむ」
 見つけたはいいが、厄介だな。
 険しい顔で話を続けるレダンとガストを横に、シャルンは用心深く縄を見つめる。
 さっきの猿がまたやってきたなら。
 レダンの来た道には居なかったと聞いたが、地下通路は繋がっている。どこからかやって来て、縄を切り、3人を地下に閉じ込めておくことも考えるだろう。猿に何らかの意図があるとは考えにくいが、先ほど地下通路で響いた声が、満更シャルンの幻聴だけではなかったとしたら、話がもっと難しくなる。
 それに。
 シャルンはもう一度足元を見下ろした。
 淡く光る『ガーダスの糸』のようなものは、ある所では固まって渦巻き、ある所ではばらばらに切り解かれたように広がっている。
「切り解かれる?」
 そうだ、確かにこの糸は途中で引き千切られているように見える。
 ミディルン鉱石の層を見上げながら、なおも難しい顔であれやこれやと話を続けるレダンとガストから少し離れて、シャルンは体をそっと倒して光の草原を眺めて見た。
 何だろう、どこか奇妙な、一定の形が見えないか?
「見る方向によるのかしら」
 独りごちながら、シャルンはもう少し動いて向きを変えてみた。
「ここと、そこが繋がっている塊だとして……こことあそこも同じように繋がっている、としたら」
 指先で静かに一連のものだろうと思われる線を、草波の中に辿っていく。
「……っ」
 ひや、と寒気が背中を滑り落ちた。喉が一気に乾いて、咳き込みそうになって慌てて唾を飲む。それでも指先で辿った姿は消えてくれない。
 それはシャルン、レダン、ガストを軽く包み込むほど大きくて長い円形のもの、ひどく大きな繭のように見えた。大きく脈打った胸に息苦しささえ感じながら、シャルンは急いで周囲を見回す。一度辿った形は、光の草原に容易く見つけられた。時に捻じ曲がり、時に半分に千切れ、時には無理やり破かれたように見える繭。この草原は、そう言う繭が無数に折り重なり積み上げられている場所だ。
 『中身』はどこへ行ったのだろう。
 冷や汗が流れた。とんでもない想像だが、一刻も早くここを出なくてはならない。ここに光の繭を残した『もの』が、2度とやってこないとは思えない。むしろ、繰り返し使われてきた場所だから、これほど厚く、繭が堆積しているのだろう。
「陛下…っ」
 急ぎ振り返ってレダンの元へ戻ろうとした矢先、
「…あ!」
 どんっ、と高みで何かが弾けるような音が響いて、暗がりに赤い光が閃いた。
「ちっ」「引っ掛かったか」
 ガストの舌打ち、レダンの声と同時に、小さな悲鳴が上から届く。
「何ですか」
「縄の近くに罠を張ってました。すぐ戻ります!」
 ガストが走り出しながら返答する。すぐに縄に取り付き、登っていく姿を見上げると、
「いろいろおかしなことが起こってるから、縄の周囲にミディルン鉱石を使った罠を仕掛けてきたらしい」
 レダンが教えてくれた。
「罠?」
「縄を縛ってあるところに近づこうとすると、踏み抜いて火傷するような奴だよ」
 にやりと人の悪い笑みを見せる。
「あれだけガタガタしたんだ、無闇に地下通路に入る輩はいないはずだし、居たなら余計なことをしてくれるに決まってる」
「レダン!」
 ガストの声が響いた。
「どうだ?」
「大丈夫です! 1匹、白い猿みたいなものがまともに食らって転がってますが」
「他にもいるかも知れないぞ、気をつけろ!」
「わかりました。じゃあ、奥方様をお願いします」
「わかった」
 ガストに応じたレダンが振り返り、手を差し伸べる。
「もう少し向こうに縄の先がある。そこまで歩けるか?」
「歩きます。陛下、ここからすぐに離れましょう」
「怖いのか?」
 薄く笑って覗き込む顔に首を振る。
「あとでお話しします。今はここからすぐに離れたほうが」
「ふん、何か見つけたのか」
「はい」
「わかった」
 レダンはそれ以上聞かなかった。
 シャルンと2人、縄が垂れ落ちているところに辿り着くと、静かにシャルンを縄で巻いて結んだ。
「あの…」
「本当はもう少し楽しい状況でやりたかったが、仕方ないよな」
 痛いかも知れないが、少しだけ我慢してくれ。
 耳元でそっと囁かれる声が、なぜか夜の睦言に聞こえて、シャルンは思わず顔が熱くなった。意図的だったのだろう、頬に音高いキスをぶつけ、呆気にとられるシャルンの唇を軽く啄んで、体を離す。
「いいぞ、ガスト!」
「いやー、世界が終わるほど待つかと思いましたね」
 軽口とともにもう1本縄が放り投げられて、その端をレダンが自分の体に巻きつけた。
「じっとしていてくれ、すぐに上に着く」
「…はい」
 頷くとレダンはほっとした顔で笑い、自分の体に巻いた縄を掴んだ。端をまたシャルンの体にしっかり巻きつけ結ぶ。
「行くぞ!」「大丈夫です!」
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