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第3話 花咲姫と奔流王

7.花石(5)

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 ダイシャが案内してくれたのは、幾つもあった鍵のかかった扉の1つだった。
「こちらへどうぞ」
 腰から下げていた鍵を使って扉を開ける。
「まあ…」
「足元が危ういので…お気をつけ下さい」
 灯を掲げて導いてくれなければ、とても降りて行けないだろう、石造りの狭い階段が下へと伸びている。1階分ほど降りた先には小部屋があった。上の部屋よりうんと狭く、石畳の床に灯を置く小さな机1つと、木製の扉1つ。そこには鍵がかかっていない。
「跪いて祈るので椅子はないのですが」
 ダイシャが手にしていた毛布を重ねて床に置いてくれる。
「…奥方様、少しの間留まられたら、すぐに元のお部屋にご案内致しますので」
 シャルンを気遣って、ダイシャは側に居てくれるらしい。
「その扉はどこへ続くの?」
「……湖へ繋がる洞窟へ」
「洞窟?」
「龍神祭りの時には全て開け放ちますが」
「開けてもいいかしら」
「はい」
 ダイシャが先に立って扉を開けてくれた。
 暗闇から冷たい風が吹き付けてくる。水と湿った岩の匂いがした。
「今は夜になっているので見えませんが」
 ダイシャがそうっと灯を掲げてくれると、扉の外にはでこぼこした岩が広がっている。少し先に微かに水音が響く気がする。
「…湖に繋がっているの?」
「…普段はこの扉を閉めて、湖の音を聞きながら、龍神様に祈りを捧げます」
「どんな祈りを?」
「私の欲望を流して下さい。私の祈りを運んで下さい。私の願いを燃やして下さい」
 シャルンは瞬きした。
「燃やすの?」
「…猛き光の雄々しき龍、湖に満ちし炎をもって、我が祝福となし給え」
 食事の時に唱えられた祈りを口にする。
「龍神様は湖に炎を行き渡らせるとも聞きます」
 暗闇を見るダイシャの瞳は遠かった。
「ここで祈る時は、イルデハヤ様リュハヤ様に不敬を働いたとお叱りを受けた時ですから」
「ああ…それで外から鍵がかかるのね」
 シャルンのことばにダイシャははっとしたように視線を下ろした。
「『祈りの館』には同じような扉は幾つもあったわね」
「……」
「ひょっとして、館に戻れずに、湖へ逃げた人もいるのかしら」
「…奥方様…」
 ダイシャが先を続けようとした途端、どこからか声がした。
「…い」
「っっ」
 ダイシャが体を強張らせて身を引く。
「おーい!」
 今度は明らかに前方の闇から声がした。
「奥方様、戻って…」
「待って、あの声は」
 シャルンははっとする。
「おーい、そこの君、扉を閉めるな、怪しい者じゃない、俺は………あ…れ?」
 岩を蹴りつけ身軽に飛び降りてきた相手が目を丸くする。
「はいよ、さっさとそこを退いてちょうだいな坊や、大体何も言わずに走り出すってどういう了見だい、あたしが現役なら……姫様……っ??」
 立ち止まった男を蹴り倒す勢いで、その後ろから飛び込んできた女が素っ頓狂な声を上げた。
 2人も泥だらけで疲れた顔だが、それよりも目の前にいる人間に驚いて後が続かない。
「ガスト……ルッカ……」
「あの…奥方様……お知り合いで……?」
 おずおずと切り出したダイシャに、ガストもルッカも険しい視線を向ける。
「これはあんまりでしょう、奥方様、確かにレダンはどうしようもない仕事人間ですが、この男よりは若いしあなたを大事にしていることは国一番だと保証しますよ?」
「姫様、あんまりでございます、ちょっと目を離した隙にこんな男と地下洞窟で逢い引きなんぞなさってはさすがにレダン王もおかわいそうで」
「…あの…えーと…」
 シャルンは2人の勘違いっぷりに吹き出しそうになりながら、ダイシャを見上げた。
「王の執務官のガストと、私の侍女のルッカです。ダイシャ、もしよければ、敷物をもう少し、それと温かい飲み物を下さい。私達、ここで話さなくてはならないことがありそうです」
「…畏まりました」
 戸惑いながらダイシャは洞窟への扉を閉め、首を傾げつつ小部屋を出て行った。
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