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第3話 花咲姫と奔流王

3.龍と花咲(1)

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「いや、もう、胸が痛くなるようなイチャイチャっぷりでしたね!」
「…悪かった」
「『奔流王』改め『溺愛王』あたりはいかがですかね!」
「…もう言うな」
「ったく、いい加減にして下さいよ、キャラ崩壊してんじゃねえの」
 ガストが冷ややかに言い放つ前でレダンは眉を寄せた。
「容赦ないな」
「奥方様でなくともお慰めしたくなりますよ、どうしたんですか一体」
 クソガキが少々ごねたところで気にも留めないはずでは?
「…」
 ガストの突っ込みに溜め息をつく。
 確かに数日前のレダンは酷かった。リュハヤの余りにも非常識な物言いをまともに受け取り落ち込んだばかりか、シャルンの気持ちまで疑った。
 シャルンが幸福でないわけがないと言ってくれたのは、幾分慰めだろうと思っている。何が情けないと言って、シャルン自身も見知らぬ場所へ唐突に出立すると言われて不安がっているだろうに、そこに甘えた自分が情けない。
「あれはある種の能力だよな」
「は?」
「リュハヤだよ。こっちの理屈をものともしないで、自分の正当性を主張し続ける。何を言ってもどこからでも自分が正しいと結びつけられる」
 処理を済ませた書類を箱にまとめる。
「…ちょっとは冷静になったようですね」
 ガストがほっとした顔になった。
「逃げ回るのを止めるぐらいにはな。腹を括って掛からないと、交渉の席にさえつけないままになる」
 手強い相手だと認識しておこう。
「ところで……」
 見計らったように熱い茶を淹れてくれた相手を眺める。
「何度かハイオルトに出向いていたが、『ガーダス』のことは分かったのか」
 座れよ、と促すと、ガストは首を振りながら腰を下ろす。
「バルディオスの助けも得ましたが、はかばかしくないですね。なぜミディルン鉱石がハイオルトに集まっているのか、どのような成り立ちで出来ているのか、両親以上の情報は集まってません」
「洞窟地域と関連してるのは分かったんだよな?」
「それは確かですね」
 ガストは考え込む。
「カースウェルとハイオルトしか詳細な地図はまだ作れていませんが、ダスカスの西やザーシャルの北にも洞窟があると聞きますから、ミディルン鉱石がある可能性はあるでしょう。けれど」
「豊かな鉱脈があるなら、ハイオルトに頼る必要はない、か」
「はい」
 ガストは自分に淹れた茶を静かに含む。落ち着いた横顔を見ながら、レダンは呟く。
「15年前、になるか」
「もうすぐ16年ですね」
 ミディルン鉱石の研究者だったガストの両親が、街のならず者のいざこざに巻き込まれて殺されたのは、ガスト10歳の頃だった。時の司法は機能せず、殺した人間は捕まらなかった。ガストは12歳からレダンに従い、激動の数年を過ごしたレダンを支える傍、父母の残した資料を元にミディルン鉱石の研究を続けている。
「ハイオルトを吸収した時には、もう少し有用な資料があるかと期待したんですが」
「王は王妃を失ってから気力が衰えて国史の編纂さえ手をつけていなかった。図書館など酷いものだったぞ」
「棚の半分にも書物がない図書館なんて初めて見ましたよ」
 ガストは苦笑いする。
「北の石切り場にも、ミディルン鉱石を効率よく取り出すための手順書ぐらいしかなかったですしね」
「できるだけ細かく砕いて運び出せ、か? 輸送も考えたんだろうが、細かすぎると返って手間がかかっただろうに」
「坑道もそれほどうまく掘れてなかったですね。さすがにあそこの改善は手を出していませんが。奥方様におかしな疑いを持たれても困りますし」
「ただでさえシャルンは、自分をミディルン鉱石の付属品みたいに考えるところがあるからな」
「…ただ…」
 ガストは眼鏡の奥で瞬きした。
「ハイオルトの『ガーダスの糸』は気になりました」
「両親の資料にも『ガーダス』と書かれたものがあったんだろ?」
「はい」
 両親が殺されたのは自宅で、別の家と間違えての襲撃だったらしいが、資料の類も踏み荒らされて金目のものを漁った形跡もあったらしい。残った資料は掻き集め、ガストが部屋に保管しているが、『ガーダス』と言うことばが頻回に出てくる。
「鉱物なのか、生き物なのか、それとも人の名前なのか場所の名前なのか。もう少し分かりやすく書いてくれれば良かったものを」
「…ひょっとすると、分かりやすく書いたものがあったのかも知れんぞ」
「え?」
「シャルンがドレスのレースを見て『ガーダスの糸』で織ったものじゃないかと言っていた」
「あの…石切り場近くで見つかる、白くてもこもこした毛のような塊ですか」
「あれをハイオルトでは湯に泳がせて解して糸に紡いで織物を作るそうだ」
「あれを…ですか」
 ガストは眉を寄せて必死に思い出そうとしている。
「出来ないこともないでしょうが……かなり細い糸にしかならないのでは? 直ぐに切れそうですし」
「うん、シャルンもまさかと言ってたが、気になったのはそこじゃない。ハイオルトでは、『ガーダスの糸』は植物か、蜘蛛のような生き物が吐き出したのではないかと言われているらしい」
「…生き物…」
「お前の両親のことだ、ハイオルトの『ガーダスの糸』を全く知らなかったとは考えにくい。ミディルン鉱石に関わることを片端から調べてたんだろう?」
「では」
「ああ…『ガーダス』はひょっとすると洞窟に棲む何かの生き物で、それはミディルン鉱石と関わりがあり、お前の両親を襲った奴らは」
「その情報を、狙った…?」
「狙っただけじゃない」
 レダンはひんやりと笑った。
「その情報が公になるのを好まなかった奴らがいるってことだ」
 
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