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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
22.武闘会的な舞踏会(4)
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「っ」
腕の中で剣が滑り、ひやりとして力を込める。
いつまで持っていればいいのだろう。誰がもういいよとこの重さを取り除いてくれるのだろう。
ガストが『コルン』を見つけてくれたら?
レダンが痺れを切らして駆け寄ってきてくれたら?
それともミラルシアが、もういいわよと許してくれたら?
くす、と小さな笑い声が聞こえた気がして、シャルンは玉座を振り仰いだ。
豪奢なレダンの瞳そっくりの美しいドレス。白く滑らかな肌に輝く銀の髪を垂らし、王冠を被ったミラルシアが、艶やかに光る紅の唇で笑っている。
いいえ。
ふいに悟った。
いいえ、彼女は許す気などないのだわ。
これだけの国の女王で、美しく着飾り、この広間全員の尊敬と賛美を受けながら、彼女は待ち続けている、シャルンが『薔薇の大剣』の重さに耐えかねて、自分に助けを求め許しを請うことを。とても自分にこの剣は抱えていられない、だから取り去って欲しいと願うことを。
なぜ?
どう考えても誰が見ても、ミラルシアの方が格上ではないか。王たる者にふさわしいではないか。この国を統べ、この広間を圧倒する力を持っているではないか。
なのにミラルシアはシャルンに挑んできている、自分を勝利者と認めなさいと。
なぜ?
のろのろと振り返った。
相も変わらず、不安そうに心配そうにレダンがシャルンを見つめている。突然飛びかかったサリドさえ片手で殴り飛ばしてシャルンを守るほどの反射と力と配慮を備えた男が、シャルンが苦境に立っているだけで今にも我慢の限界を超えて暴れ出してしまいそうな殺気を放ちながら。
「陛下…」
ミラルシアの濃い青のドレス。サリストアの濃い青のリボン。衆人環視の中で、周囲に佇む令嬢達にはとても持てない大剣を渡され、抱えられぬと返答せよと迫られるシャルン。
アルシアはレダンを望んでいるのだ。
「シャルン…?」
訝しげなレダンの声にミラルシアの気配が凍ったのを感じ取った。
『薔薇の大剣』に目を落とす。
アルシアの後継者はこの剣を高く差し上げて、己の度量を示すと言う。
ならば、これからすることは不敬以外の何ものでもないだろう。ミラルシアの怒りを高め、レダンの立場を悪くし、ガストは城に戻ってこれないかも知れない。
けれど、国を背負うと言うことは、そう言うことではないのか?
己の絶対譲れぬもののために、命を懸ける気概を見せることを望まれるのではないか。
たとえそれが、カースウェルであれ、ハイオルトであれ。
「…え」
ミラルシアの口から呆気にとられた声が響いた。
「シャルン…」
レダンの声も聞こえる。
「姫、様…っ」
悲痛な響き、あれはルッカだろうか。
シャルンは『薔薇の大剣』を抱え直した。ゆっくりと玉座に向かって進んで行く。そのまま両手でしっかりと持って、腕がへし折れそうな痛みを堪えながらミラルシアに差し出す。
「ミラルシア様」
「…何よ」
広間の入り口がざわめいた。人々の声が響く、「見つけたのか、どうやったんだ!」「凄いな、サリドを檻に入れることができたなんて!」
そしてもう一つ。
「遅れて申し訳…ありません」
やや喘いだようなガストの声が聞こえた。
「無事にミラルシア様のご愛猫、戻って来られました!」
「え!」
その瞬間、思わず立ち上がったミラルシアに対し、シャルンは精一杯微笑みながら、剣を捧げつつ、静かに跪いた。
「『薔薇の大剣』をお返しいたします」
「ああ、剣が頭上に…」
高々とではないけれど、シャルンの頭上に持ち上げられた大剣に、広間にざわめきと興奮が広がった。
腕の中で剣が滑り、ひやりとして力を込める。
いつまで持っていればいいのだろう。誰がもういいよとこの重さを取り除いてくれるのだろう。
ガストが『コルン』を見つけてくれたら?
レダンが痺れを切らして駆け寄ってきてくれたら?
それともミラルシアが、もういいわよと許してくれたら?
くす、と小さな笑い声が聞こえた気がして、シャルンは玉座を振り仰いだ。
豪奢なレダンの瞳そっくりの美しいドレス。白く滑らかな肌に輝く銀の髪を垂らし、王冠を被ったミラルシアが、艶やかに光る紅の唇で笑っている。
いいえ。
ふいに悟った。
いいえ、彼女は許す気などないのだわ。
これだけの国の女王で、美しく着飾り、この広間全員の尊敬と賛美を受けながら、彼女は待ち続けている、シャルンが『薔薇の大剣』の重さに耐えかねて、自分に助けを求め許しを請うことを。とても自分にこの剣は抱えていられない、だから取り去って欲しいと願うことを。
なぜ?
どう考えても誰が見ても、ミラルシアの方が格上ではないか。王たる者にふさわしいではないか。この国を統べ、この広間を圧倒する力を持っているではないか。
なのにミラルシアはシャルンに挑んできている、自分を勝利者と認めなさいと。
なぜ?
のろのろと振り返った。
相も変わらず、不安そうに心配そうにレダンがシャルンを見つめている。突然飛びかかったサリドさえ片手で殴り飛ばしてシャルンを守るほどの反射と力と配慮を備えた男が、シャルンが苦境に立っているだけで今にも我慢の限界を超えて暴れ出してしまいそうな殺気を放ちながら。
「陛下…」
ミラルシアの濃い青のドレス。サリストアの濃い青のリボン。衆人環視の中で、周囲に佇む令嬢達にはとても持てない大剣を渡され、抱えられぬと返答せよと迫られるシャルン。
アルシアはレダンを望んでいるのだ。
「シャルン…?」
訝しげなレダンの声にミラルシアの気配が凍ったのを感じ取った。
『薔薇の大剣』に目を落とす。
アルシアの後継者はこの剣を高く差し上げて、己の度量を示すと言う。
ならば、これからすることは不敬以外の何ものでもないだろう。ミラルシアの怒りを高め、レダンの立場を悪くし、ガストは城に戻ってこれないかも知れない。
けれど、国を背負うと言うことは、そう言うことではないのか?
己の絶対譲れぬもののために、命を懸ける気概を見せることを望まれるのではないか。
たとえそれが、カースウェルであれ、ハイオルトであれ。
「…え」
ミラルシアの口から呆気にとられた声が響いた。
「シャルン…」
レダンの声も聞こえる。
「姫、様…っ」
悲痛な響き、あれはルッカだろうか。
シャルンは『薔薇の大剣』を抱え直した。ゆっくりと玉座に向かって進んで行く。そのまま両手でしっかりと持って、腕がへし折れそうな痛みを堪えながらミラルシアに差し出す。
「ミラルシア様」
「…何よ」
広間の入り口がざわめいた。人々の声が響く、「見つけたのか、どうやったんだ!」「凄いな、サリドを檻に入れることができたなんて!」
そしてもう一つ。
「遅れて申し訳…ありません」
やや喘いだようなガストの声が聞こえた。
「無事にミラルシア様のご愛猫、戻って来られました!」
「え!」
その瞬間、思わず立ち上がったミラルシアに対し、シャルンは精一杯微笑みながら、剣を捧げつつ、静かに跪いた。
「『薔薇の大剣』をお返しいたします」
「ああ、剣が頭上に…」
高々とではないけれど、シャルンの頭上に持ち上げられた大剣に、広間にざわめきと興奮が広がった。
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