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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

16.明けても暮れても(3)

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「私を、どこまでもお連れ下さい。そうして、陛下のご覧になるものを全てお知らせ下さい」
 それが如何なる惨状でありましょうとも、如何なる動乱でありましょうとも。
「私は、必ず最後まで陛下のお側に付き従いますから」
 訴えながら気づいた。
 王たる者はそうではないのか。己の判断1つで国を傾け民を滅ぼす。多くの命を奪い、嘆きと悲しみをその身に浴びる。
 1人では堪え切れない。
 ハイオルトの父王が思い浮かんだ。ただ1人の伴侶を失い、全てを投げ捨て国政から退いた王。それでもその地位から逃げ去ることを許されなかった王。
 レダンは放り捨てないだろう。何があっても最後まで国を背負おうとするだろう。そうしてぼろぼろになり息絶えるだろう。
 身体中の骨が縮こまり砕け散るような恐怖。
 そんなことを許せるものか。
 胸の底に、体の内側に、これまで感じたことのない熱が広がり、震える。
 世界の全てがレダンの過ちを責め敵に回り放逐しようとも、シャルンの細腕が伸ばせるところなら、シャルンの小さな足が駆け巡れる所なら、いつでもどこでも。
 捧げるものなら決まっている。
 シャルンは息を整えた。もう一度繰り返す。
「お忘れにならない下さい」
 緩んだ腕から身を起こし、俯きがちのレダンを見上げる。
「私を自由にして下さったのは、陛下です。そして、その自由の元に、陛下と共に居ることを、私は望んでいるのです」
「……シャルン」
 レダンは揺れた藍色の目を少し閉じた。
「…あなたは今……暁の后妃と呼ばれているそうだ」
「え…?」
 一瞬、何を言われたのかわからなくて、シャルンは瞬きする。目を開けたレダンが薄く微笑んだ。
「あなたが訪れた国々、諸王は、目覚めの光を得て、新たな道を見出すらしい」
「そんな大それた…」
「誰よりも…俺にはそれがよくわかる」
 藍色の瞳が潤み光を宿すのを、シャルンは飲み込まれるように見つめた。
「どこへも行ける、何でも出来る、無謀な男は、ようやくその力をどこに使えばいいのか理解して、少し怖がってるんだ」
「何を、でしょうか」
「俺はあなたの期待に添える…か?」
「……レダン」
「俺はあなたの望みを満たすのに十分な力があるか…?」
「…」
 きらきらと一粒光り落ちた涙をレダンは拭わない。
「俺は……必死に鍛えてきたが……ようやく巡り会えたあなたを…がっかりさせてはいないか…?」
 あなたの騎士として。
 あなたの護り手として。
「暁の后妃よ。私は今初めて、誰にも譲りたくない、ただ一つのものを見つけたのだが、私はあなたにふさわしいのだろうか」
「レダン……陛下……」
 シャルンは微笑み、自分もまた流れ落ちる涙を拭わないまま、相手の頬に手を差し伸べた。
「もし、私が暁ならば」
 両方の掌で頬を包まれたレダンがじっとシャルンのことばに聞き入っている。
「光は闇に支えられるものでございます」
 痛みも苦しみも悲しみも、内深くに抱えて堪える夜こそ暁を生み出すもの。
「陛下なしに、どうして私が暁と呼ばれることがありましょう…?」
 体を引いたのに応じてレダンが腕を開き、シャルンは静かにレダンの膝から滑り降りた。
 座るレダンの前にドレスを引き、深く頭を下げて礼を取る。
「どうか、陛下、全ての運命を心深く抱えられる暖かな腕をいつまでもお持ち下さいますように」
「シャルン…」
 もう一度、こちらへ。
 促されて、再びレダンの膝に戻ると、静かに包むように抱きしめられた。
 くす、とふいに笑い声が漏れて顔を上げる。
 優しいキスが瞼に戻ってきて、微笑むレダンを見返す。
「シャルン?」
「はい」
「約束する。俺はあなたが誇りに思える王になる」
 強い意志に輝く瞳に見惚れる。
「はい、陛下」
「だから命が果てるその時まで、いや、その後も時が続くなら、そのずっと先の未来まで、俺と共に歩んでくれ」
「はい、陛下」
 もう十二分に誇らしいのです、のことばは、重なった唇に飲み込まれていった。
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