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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

16.明けても暮れても(2)

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「…」
 シャルンは黙ったまま頷いた。
 とても大切な、大事な話を聞かされている。この瞬間が過ぎれば、2度と聞けないような話を。
 甘く蕩けていた心がしっかりと芯を取り戻す。
 一言も聞き逃してはならない。本能的にそう思う。
「父上が死んで、国がばらばらになりそうになって、きっと何も期待しないようにしていたんだろう」
 ガストがいなければ、俺もまたばらばらになっていたのかも知れない。
「何も望んでいなかったから、何でも出来た、どんな無茶も、どんな振る舞いも」
 15歳。
 シャルンは出戻り姫の『仕事』を始めたばかり、どこに行くべきか何をすべきかも考えられなくて、ただ流れ流されて生きていた。
 そんな時にレダンは1人、崩壊しそうな国を背負って王として君臨していた。
「それが結果的には良かったけれど、いつの間にか、大事なところがどうでも良くなってしまってたんだよな」
 レダンは小さく笑った。
 苦味を含んだ自嘲的な笑いだった。
「…あなたに謝らなくてはならない」
「え?」
 シャルンはどきりとする。
 それではこれまでの話は前触れにしか過ぎなくて、実はシャルンは不要だと遠回しにレダンは伝えていたのだろうか。
 そのシャルンの動揺も、レダンは的確に読み取っていたらしい。ぽんぽんと宥めるように背中を叩き、それからもう一度息苦しくなるほど抱きしめてから、そっと緩めて元の場所に戻してくれた。
「あなたに嫌われたくなくて」
「…」
「あなたに一番好きでいて欲しくて」 
 そっと額を額に押し当ててくる。何かの祈りを捧げるように。
「陛下…」
「あのさ、シャルン」
 少しためらってレダンは囁いた。
「俺も同じだったんだ」
「…はい?」
「一番初めにあなたを望んだ時、出戻り姫とはどんな姫なのか見てやろうと思ってたんだ」
「…」
 シャルンが体を強張らせたのに気づいたのか、レダンは少し力を強めて抱きしめてくる。それにシャルンが抵抗しないのを確かめてから、そっと再び力を緩めた。
「肖像画を見て、どんな姫かとからかう気持ちで受け入れて。…そんなどうしようもない男だったんだ」
「……」
「でも、誤解しないで欲しいんだ。あなたを見て、あなたと暮らして、俺は何度も何度も、あなたに魅かれた」
 は、と熱っぽく吐かれた呼吸が首に触れ、堪え切れないように唇が当たる。肌に刻むように呟かれる。
「今もずっと、魅かれ続けて、止まらない」
 自分の中に、これほど誰かを望む気持ちがあったのか。
「驚いてるんだ、シャルン」
 ほんの数秒、あなたと離れているのが苦しい。
「陛下…」
「あなたを食べてしまえればいいのに。あなたを全部、俺の中に収めてしまって、欠片1つも外に出さないで置ければいいのに」
 怯えるだろう、シャルン。
「俺はそんなことばかり考えてる」
「っ」
 強く吸い付かれて痛みが走った。少し堪えるとすぐに離され、名残惜しげに舐められる。
「俺はこんな…アブナイ男だったか…?」
 震える声が続いた。
「一歩間違えれば、あなたを害しかねないような、不安定な男だったか?」
 ガストに指摘されたよ。
 嘲笑うように声が響く。
「今の俺は、あなたを疲れさせていると」
「陛下……」
 不安そうで頼りなげな声に、思わず両手を回してしがみついた。
「お忘れにならない下さい」
 訴える。
「私は陛下のものです。陛下が向かわれるところならば何処へでも参ります。陛下のお望みを叶えるために尽くします。私は陛下の妃です」
 私からもお願いいたします。
 今ここで伝えないと。
 シャルンは焦る。
 こうして何もかも晒して一番弱い姿を見せてくれた愛しい相手に、自分のありったけで応えたくて必死に続ける。
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