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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王
11.噂の少年(1)
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ザーシャルの城下は浮き立っていた。
『宵闇祭り』をよほど腰を入れて行うつもりなのか、国境警備も簡単に装備と出身国を確認されただけで通れたし、城下に入る時の検問もないに等しい。締め付けを緩めて多くの者の出入りを許し、盛大なものにしようと言うのだろう。
入り口近くの広場では、所狭しと詰まった屋台店が仮面をずらりと並べている。金銀に輝き細い鎖と宝石を垂らした豪勢なものもあれば、ふさふさとした毛皮や柔らかな羽毛を貼り付けたもの、色とりどりの彩色を施したもの、華やかなリボンや飾り紐をなびかせたもの、細かな刻印と彫りを入れたもの、人の顔だけでなく、獣の面もあれば異形の面もある。
「男がいいかい、女がいいかい、それとも化け物がいいのかい?」
屋台の店主は既に黒色のネズミの仮面を目元につけており、ひょいひょいと手を動かして客を誘いながら仮面を売りさばいている。
「賑やかだな」
「懐かしいですね」
ガストが応じてレダンが振り返ると、珍しく目を細めて屋台店を眺めていた。
何を思い出しているかはすぐにわかる。
「もう10年になるか」
「はい」
「あの頃にこんな祭りがあったら、もっと遊べたのにな」
「十分『遊んだ』じゃありませんか」
一瞬咎める顔になったガストにくすりと笑う。
「違いない」
「しかし、よく参加する気になりましたね」
「ん?」
「『宵闇祭り』。ご存知ないわけじゃないでしょう」
「ああ、無礼講の夜遊び、な」
「奥方を放っておかれるおつもりですか」
「……シャルンはさ」
レダンは空を見上げる。
カースウェルよりもやや薄い水色の空。雲の形も厚みも高さも違う。風も違う。花よりも埃や土の匂いが強い空気。肌に触れ、髪で感じ、目を閉じてさえわかる異国の気配。それらを味わって、もう一度目を開く。
「外を知らないんだよな」
「4回、諸国に嫁がれてますよね?」
「ガスト」
空を見上げたまま、レダンは自分を見つめる視線を感じて苦笑する。
「拒まれるってわかりながら嫁ぐ気持ちに、空を見上げる余裕なんてあると思うか?」
「…」
「この先どうなるんだろうって考えても考えても、一人とぼとぼ歩く姿しか想像できない毎日に、何か目に入ってくると思うか?」
父を亡くし、不安定な情勢に傾く国に、母一人が王位を背負う。時にレダンは10歳。王子としての教育も訓練も受けてはいたが、習い覚えた知識や技術がまだまだ現実に太刀打ちできないのは、あまりにも明らかで。
「俺にはお前がいた」
レダンは感謝を込めて呟く。
照れ臭さはあるが、真実そうだ。
「けれど、シャルンには誰も居なかった。国の命運をあの両肩で支えろと命じられるばっかりで」
シャルンと話をしていてレダンは気がついた。
「シャルンはカースウェル以外に4回、国外に出ているのに、楽しい思い出が1つもないんだ」
面白かったこと嬉しかったこと喜んだこと。
そういうことをレダンはシャルンから聞きたかった。
どんなものを好み、どんなことを楽しみ、どんな時に喜ぶのか。
それを全て応じてやりたいと思ったのに。
「今までどんなことが楽しかったかって聞くと、シャルンは言うんだ、食事が毎日3度もありました、どれも食べきれないほどでした」
「っ」
「暖かな部屋でした、寒い思い一つしなくて、風も吹き込んできませんでした」
「…」
「窓から綺麗な景色が見えました、よく晴れた日には遠くまで見渡せて、あそこに何があるんだろうと考えるのが楽しゅうございました」
「……」
「風雨に怯えることもなく、朝までぐっすり眠れました」
「…………」
「今ならさ、俺と暮らすカースウェルの城の日々が、もう十分に楽しいって言うんだ」
そんなの、おかしいだろう。
レダンは吐き捨てる。
「ただの、平凡な、毎日だぞ? それで十分だなんて、じゃあ俺は何をしてやったらいいんだ?」
『宵闇祭り』をよほど腰を入れて行うつもりなのか、国境警備も簡単に装備と出身国を確認されただけで通れたし、城下に入る時の検問もないに等しい。締め付けを緩めて多くの者の出入りを許し、盛大なものにしようと言うのだろう。
入り口近くの広場では、所狭しと詰まった屋台店が仮面をずらりと並べている。金銀に輝き細い鎖と宝石を垂らした豪勢なものもあれば、ふさふさとした毛皮や柔らかな羽毛を貼り付けたもの、色とりどりの彩色を施したもの、華やかなリボンや飾り紐をなびかせたもの、細かな刻印と彫りを入れたもの、人の顔だけでなく、獣の面もあれば異形の面もある。
「男がいいかい、女がいいかい、それとも化け物がいいのかい?」
屋台の店主は既に黒色のネズミの仮面を目元につけており、ひょいひょいと手を動かして客を誘いながら仮面を売りさばいている。
「賑やかだな」
「懐かしいですね」
ガストが応じてレダンが振り返ると、珍しく目を細めて屋台店を眺めていた。
何を思い出しているかはすぐにわかる。
「もう10年になるか」
「はい」
「あの頃にこんな祭りがあったら、もっと遊べたのにな」
「十分『遊んだ』じゃありませんか」
一瞬咎める顔になったガストにくすりと笑う。
「違いない」
「しかし、よく参加する気になりましたね」
「ん?」
「『宵闇祭り』。ご存知ないわけじゃないでしょう」
「ああ、無礼講の夜遊び、な」
「奥方を放っておかれるおつもりですか」
「……シャルンはさ」
レダンは空を見上げる。
カースウェルよりもやや薄い水色の空。雲の形も厚みも高さも違う。風も違う。花よりも埃や土の匂いが強い空気。肌に触れ、髪で感じ、目を閉じてさえわかる異国の気配。それらを味わって、もう一度目を開く。
「外を知らないんだよな」
「4回、諸国に嫁がれてますよね?」
「ガスト」
空を見上げたまま、レダンは自分を見つめる視線を感じて苦笑する。
「拒まれるってわかりながら嫁ぐ気持ちに、空を見上げる余裕なんてあると思うか?」
「…」
「この先どうなるんだろうって考えても考えても、一人とぼとぼ歩く姿しか想像できない毎日に、何か目に入ってくると思うか?」
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「俺にはお前がいた」
レダンは感謝を込めて呟く。
照れ臭さはあるが、真実そうだ。
「けれど、シャルンには誰も居なかった。国の命運をあの両肩で支えろと命じられるばっかりで」
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「シャルンはカースウェル以外に4回、国外に出ているのに、楽しい思い出が1つもないんだ」
面白かったこと嬉しかったこと喜んだこと。
そういうことをレダンはシャルンから聞きたかった。
どんなものを好み、どんなことを楽しみ、どんな時に喜ぶのか。
それを全て応じてやりたいと思ったのに。
「今までどんなことが楽しかったかって聞くと、シャルンは言うんだ、食事が毎日3度もありました、どれも食べきれないほどでした」
「っ」
「暖かな部屋でした、寒い思い一つしなくて、風も吹き込んできませんでした」
「…」
「窓から綺麗な景色が見えました、よく晴れた日には遠くまで見渡せて、あそこに何があるんだろうと考えるのが楽しゅうございました」
「……」
「風雨に怯えることもなく、朝までぐっすり眠れました」
「…………」
「今ならさ、俺と暮らすカースウェルの城の日々が、もう十分に楽しいって言うんだ」
そんなの、おかしいだろう。
レダンは吐き捨てる。
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