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第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

8.茜色の要塞(1)

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「…俺はバカか」
 レダンは口の中で呻く。
「いやきっと、馬鹿だ、底なしの、救いようのない馬鹿だ」
 目の前をシャルンがバックルに導かれて階段を登って行く。
 ティベルン川より少し離れた場所だったが、作られた砦はしっかりした地盤を選び、堅牢な城塞となっていた。
「…こちらです」
「…まあ…」
 きらり、とシャルンの肩越しに夕日が煌き、レダンは目を細める。
 登った鐘楼は、砦の一番高い部分に位置し、オレンジ色に輝くティベルン川の流れも、その両岸にどのように兵を配置しても、よく見える。仕掛けて行くのには向かない城だが、万が一ダフラムが攻め入ったとしても、カースウェルとダフラム両側を視野に入れ、兵を動かすのにまたとない好地だ。
 落ちて行く陽を背景に、風に吹かれてシャルンの金髪が波打っている。さっきまでまとめていたリボンをひときわ強い風が攫い、今は片手で押さえながら、バックルの説明を聞いている顔は、目元が少し赤く染まっていて、胸がズキズキする。
「何をやってるんだ、俺は」
 もう一度、自分を罵る。

 風邪からはすぐに回復した。
 むしろシャルンが寝込んでいると聞いて、やっぱりそうかと心配になって見舞いに出向き、静かな寝息を立てて眠っている愛らしい顔を覗き込んでほっとした矢先、枕元の小机に小瓶を見つけた。
 隠すようにそっと陰に置かれているが、ベッドに近づくとすぐに見える。
 取り上げて、微かに香った匂いに気づいた。
「…媚薬…?」
 なぜ、こんなものをシャルンが持っている?
 不審と不安に固まってしまったが、小さくシャルンが口を開き、思わず耳をそばだてる。
 ひょっとして、誰か愛しい相手の名前を呼ぶとか。
 唾を飲み込んで屈み込めば、
「……陛下……レダン…」
「っっ!」
 思わず飛びのいたほどうろたえた。起きているのかと身を竦める。
 くすくす、とシャルンが軽やかに笑って、にっこりと唇を微笑ませる。
 無防備で優しい笑顔。
「いけませんよ…」
 いけないってなんだ。
 一瞬、シャルンの肩を掴んで叩き起こし、そこに居る俺と何をしてるんだ、と飛びかかりそうになった。
「…待て……まあ、待て」
 自分を諌める。
「名前の次にいけませんって言われたからって、そう言うワケかどうかは」
「陛下…」
 またシャルンが囁く。
 そろそろとレダンは近づく。
 つやつやとした唇がうっとりと開く。
「だめ……」
 レダンは小瓶を握り締めた。そのままがつっと、自分の頭を殴る。それでも飽き足らず、叫びたくなるのを必死にこらえて向きを変えて部屋を出て行きかけると、甘えるような声が響いた。
「……そんな……くすぐったい……」
「、、、!」
 レダンは立ち止まった。震えながら俯き、歯を食い縛る。とんでもなく無体なことをしようとしている自覚がある。準備も支度もさせず、願いさえ聞かず、組み敷きたくなる感覚を、とにかく必死に押さえつけながら、ぎくしゃくと出口へ向かって歩き続ける。
「レダン…」
 誰かなんとかしてくれ、あれを。
 背後から追いかけるように呼ぶ声に、爆発しそうになって部屋から出た。どこへ飛び込んだのかはガストが苦笑するところだが、それでも媚薬の小瓶を持ち帰ってしまったのは失策だった。
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