上 下
35 / 216
第2話 砂糖菓子姫とケダモノ王

3.ドレスが憎い(3)

しおりを挟む
「昔の話です、とおっしゃってました」
「ふうん」
 ガストにあいつを国外追放にするにはどういう手立てがあるか確かめないとな、とレダンは考えつつ、頷く。
「陛下はとても魅力的でいらしたと」
 いえ、もちろん今も素晴らしい方です、とシャルンが頬を染めて囁いてくれ、とりあえずクソ教師の処分は保留にする。
「いろいろな国にお出かけになられ、いろいろなダンスや礼儀作法にもお詳しいと」
「あ、ああ…まあ、多少は」
 あまり触れて欲しくない部分なので曖昧に頷くと、シャルンは目を輝かせながら見上げてくる。
「私、まだまだ陛下からたくさんのお話を伺えるのですよね」
「あー、まー、そのうちには」
 微妙に視線を逸らせながら応じて気づいた。
「ああ、それで、ステルンだけではなく、いろいろなダンスを練習していたのか」
「はい!」
 シャルンは笑みを広げた。
「私、陛下とともにどちらの国へも参りたいのです」
 レダンの腕の中で、細い指を一つ一つ折ってみせる。
「寒いのは耐えられますが、暑い地方の振る舞いはよく存じておりませんから学びます。礼儀作法、ハイオルトは昔ながらのものが多かったので儀式や格式にまつわる出来事は平気ですが、無礼講で楽しむ術を知りません。狭い建物で何日も過ごすことは慣れておりますが、野山を駆け回り岩場や草地で眠ることはあまり得意ではありません」
 そんなものが得意な王女はそうそういないだろう、と考え、ふとサリストアのことが頭を掠めた。
 ひょっとして、シャルンはアリシア王国からの招待についても詳細を知っているのだろうか。一応どこの国を尋ねるか、何の目的かは話しているが、アリシア王国の武闘会の意図については話していない。
「シャルン?」
「はい」
 無邪気に見上げる瞳に初めてカースウェルに来た時の表情を思い出した。
「俺がダンスの練習の時、何を考えていたと思っている?」
「…あの…」
「正直に話して」
「何度も先生の足を踏みつける、ダンスの下手さにお怒りかと。剣まで用意なさっておられたので、国益に関わる行事に失敗をするようならば、いっそ切り捨てるとまでお考えかと」
「……はあ」
「? ……あ、きゃっ」
 レダンはぐったりしつつ、おもむろにシャルンを抱きかかえて背後に倒れた。派手な音と背中に広がる衝撃、しばらく堪えてから深く吐息をつく。
「陛下、陛下!」
「…あーいて」
「当たり前です、どうなさったのです、今退きますからお待ち下さい……?」
 体の上でうろたえるシャルンを見上げる。ぎゅ、と力を込めたレダンにシャルンが戸惑って見下ろしてくるのにねだる。
「キスを」
「…え?」
「今のは自罰行為。あなたに不安を与えた自分が情けなかっただけ。けれど、予想以上に痛かったから、キスして慰めてくれないか?」
 ついでに体を起こそうとしたシャルンが際どい姿勢で馬乗りになっているところで、とんでもない妄想を膨らませかけたのを、必死に耐えているあたりも労って欲しい、とはさすがに言えないが。
「キス、しては、私だけが嬉しいのでは…」
「シャールーン……頼むから」
 さっきからキスを繰り返しているのを、この人は何だと考えているのか。
 レダンは苦しくて顔を歪める。
「キスをくれ」
「でも」
「いろいろ言いたいことがあるんだ」
「はい」
「さっきの奴の足は3回も踏んだのに、俺の足は1回も踏んでくれなかったなとか」
「はい、頑張りました、私!」
「さっきの奴の手は絶対離さなかったのに、俺の手はすぐ離そうとするんだなとか」
「陛下が握りたいと思っていらっしゃるかは別ですもの…」
「俺の名前はなかなか呼んでくれないし」
「……陛下…」
「俺はあなたに嫌われてるの?」
「そんな、陛下!」
 唇を尖らせた瞬間に、きつく目を閉じたシャルンが口を合わせてくれてほっとした。
「お慕いしています……レダン」
 優しい囁きにもう一度抱き寄せて強く口づける。
「時々、そうやって教えてくれ。不安になる」
「はい…レダン……でも、あの」
 シャルンが潤んだ瞳で見下ろしつつ、ためらいがちに口を開いた。
「ん?」
「あんまり近づきすぎると、体が熱くなって、もっと近づきたいと思ってしまうので、度々は無理です…」
「っ…」
 レダンは轟沈した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

未亡人となった側妃は、故郷に戻ることにした

星ふくろう
恋愛
 カトリーナは帝国と王国の同盟により、先代国王の側室として王国にやって来た。  帝国皇女は正式な結婚式を挙げる前に夫を失ってしまう。  その後、義理の息子になる第二王子の正妃として命じられたが、王子は彼女を嫌い浮気相手を溺愛する。  数度の恥知らずな婚約破棄を言い渡された時、カトリーナは帝国に戻ろうと決めたのだった。    他の投稿サイトでも掲載しています。

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃

紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。 【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。

処理中です...