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第1話 出戻り姫と腹黒王
4.衣装選びに参りましょう(2)
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「あの」
シャルンが声をかけると、レダンは我に返ったように近づいてきた。さっきからじっとシャルンのことを見つめていたらしいとわかって、無意識に顔が熱くなる。
こんな状況になったことはないし、レダンが何を求めているのかわからなくて不安になる。求められていることがわかれば、ギースのの時のように、それに応じなければ相手に不快を招ける。
だが、普通なら手を叩いて喜ぶだろう衣装選びに困惑と拒否を示しても引いてくれず、挙句に付き添いを望むなどと王の仕事を邪魔するようなことを訴えても、それはいいと楽しげに同意されてしまった。
逆にシャルンが、見つめられながらドレスを選ぶという窮地に追い込まれて、緊張するし汗は出るし、さっきから喉が渇いて仕方がない。
「このドレスはいかがでしょう」
「ああ綺麗ですね、あなたの白い肌を引き立てる色だ」
嬉しそうに笑われて、どきりとした反面しまったと臍を噛む。急いで不満足なところを見つけようとしてドレスを眺め直し、無理やり理由を作り出して訴える。
「でもっ、あの、このリボンが白いともっと」
「じゃあすぐに手直しさせましょう、おい」
レダンがすぐに商人を呼びつけそうになって慌てた。手直しさせてまで気に入ったものを作らせたと言うことになりそうでうろたえる。手にしたドレスを掴んだまま、移り気な様子で別の1着に顔を向ける。
「あっ、あのっ、あのドレスは」
「ふむ、ちょっと胸元が広いけれど…まあ、私としては嬉しいかな」
ちらりと流された視線が胸を掠めて体が熱くなった。何を考えているのか、透けそうなのはわざとかもしれない。蠱惑的なことばを重ねられてはたまらないと急いで口を開いたが。
「あ、あっ、あのっあの…っごほっ」
「お疲れですね、一休みしましょう」
レダンの合図ですぐさま手近に席が作られ、飲み物が運ばれる。ルッカは小物を見繕ってくると姿を消したまま、まだまだ戻ってきそうにない。ルッカなりに気をまわしたのか、それとも、この妙に鋭いレダンがうまく言いくるめて別用を言いつけたのか。
席に腰を下ろしたシャルンをレダンは微笑みながら眺めている、大切な女性が自分にどんなわがままを言ってくれるのかと待ち構えているような表情で。ドレス選びの間感じていたような甘い視線が、時々首筋や胸元、指先に投げられて、そこにくすぐったいような熱が生まれる。顔が熱くなる。
「あ、あの」
「気に入ったのはありましたか?」
わくわくと弾むような声で問われ、シャルンはまともにレダンの顔さえ見られずに俯いた。
「…とても無理です」
「選ぶのが?」
「はい」
「じゃあいっそ、全部買い占めましょうか」
「えっ」
シャルンは顔を上げてレダンの凝視に息を詰めた。まさかと思いつつ問い返す。
「全部?」
「はい、全部買っておいて、毎日着替えてから、お気に入りを選ぶと言うのは」
「冗談はやめてください」
思わずハイオルトの街並みが蘇った。これだけの衣装を全部買い占めるほどのお金があれば、直したい場所、新たに作りたいものがいっぱいある。飢えた子ども達の数が減らせ、病に倒れた老人への手当が出せる。
「そんなことできません」
「じゃあ逆は?」
「逆?」
「この商人達全てに罰を与えましょう、あなたに選ばれるようなドレスを1着も準備できなかったのだから」
「そんな」
シャルンはレダンを見返し、少し震えた。さっきまでの笑みを消した真面目な表情、相手が本気だとわかったし、シャルンの選択ひとつに商人達の運命を任せる気配なのも感じられた。
嫌われるためには言いなりになってはならない。レダンの望みを叶えてはならない。けれど、レダンの示した選択肢には商人達の命がかかってくる。
「お茶はいかがですか」
手ずから注いでくれる相手は不安がる様子もない。
王妃に甘いだけではない。決断を示し、それを実行する意志と力を兼ね備えている。シャルンを最大限に甘やかせようとしているが、それで国を傾けるような判断はしないだろう。もし商人達の命を全部奪うようなことになっても、その咎を十分引き受けてくれる気なのだろう、シャルンのために。そして、きっとその上で、レダンはシャルンを信じてくれている、商人達の命を奪うようなことはするまい、と。
今までに会ったことのない王だ。
このような王の側に傅けたら。
己の存在がこの王にとってかけがえがないと思えたら、どれほど誇らしいだろう。
応えたい。
シャルンの胸の中に願いが芽生える。
この人に、応えたい。
でも。
……でも。
「あの、それでは、一つお願いしても?」
「何なりと」
シャルンはできるだけ嬉しそうに笑って見せた。
「すべての商人から1着ずつ、私のために選んでくださいますか。そのドレスを私は着てみたいと思います」
シャルンが声をかけると、レダンは我に返ったように近づいてきた。さっきからじっとシャルンのことを見つめていたらしいとわかって、無意識に顔が熱くなる。
こんな状況になったことはないし、レダンが何を求めているのかわからなくて不安になる。求められていることがわかれば、ギースのの時のように、それに応じなければ相手に不快を招ける。
だが、普通なら手を叩いて喜ぶだろう衣装選びに困惑と拒否を示しても引いてくれず、挙句に付き添いを望むなどと王の仕事を邪魔するようなことを訴えても、それはいいと楽しげに同意されてしまった。
逆にシャルンが、見つめられながらドレスを選ぶという窮地に追い込まれて、緊張するし汗は出るし、さっきから喉が渇いて仕方がない。
「このドレスはいかがでしょう」
「ああ綺麗ですね、あなたの白い肌を引き立てる色だ」
嬉しそうに笑われて、どきりとした反面しまったと臍を噛む。急いで不満足なところを見つけようとしてドレスを眺め直し、無理やり理由を作り出して訴える。
「でもっ、あの、このリボンが白いともっと」
「じゃあすぐに手直しさせましょう、おい」
レダンがすぐに商人を呼びつけそうになって慌てた。手直しさせてまで気に入ったものを作らせたと言うことになりそうでうろたえる。手にしたドレスを掴んだまま、移り気な様子で別の1着に顔を向ける。
「あっ、あのっ、あのドレスは」
「ふむ、ちょっと胸元が広いけれど…まあ、私としては嬉しいかな」
ちらりと流された視線が胸を掠めて体が熱くなった。何を考えているのか、透けそうなのはわざとかもしれない。蠱惑的なことばを重ねられてはたまらないと急いで口を開いたが。
「あ、あっ、あのっあの…っごほっ」
「お疲れですね、一休みしましょう」
レダンの合図ですぐさま手近に席が作られ、飲み物が運ばれる。ルッカは小物を見繕ってくると姿を消したまま、まだまだ戻ってきそうにない。ルッカなりに気をまわしたのか、それとも、この妙に鋭いレダンがうまく言いくるめて別用を言いつけたのか。
席に腰を下ろしたシャルンをレダンは微笑みながら眺めている、大切な女性が自分にどんなわがままを言ってくれるのかと待ち構えているような表情で。ドレス選びの間感じていたような甘い視線が、時々首筋や胸元、指先に投げられて、そこにくすぐったいような熱が生まれる。顔が熱くなる。
「あ、あの」
「気に入ったのはありましたか?」
わくわくと弾むような声で問われ、シャルンはまともにレダンの顔さえ見られずに俯いた。
「…とても無理です」
「選ぶのが?」
「はい」
「じゃあいっそ、全部買い占めましょうか」
「えっ」
シャルンは顔を上げてレダンの凝視に息を詰めた。まさかと思いつつ問い返す。
「全部?」
「はい、全部買っておいて、毎日着替えてから、お気に入りを選ぶと言うのは」
「冗談はやめてください」
思わずハイオルトの街並みが蘇った。これだけの衣装を全部買い占めるほどのお金があれば、直したい場所、新たに作りたいものがいっぱいある。飢えた子ども達の数が減らせ、病に倒れた老人への手当が出せる。
「そんなことできません」
「じゃあ逆は?」
「逆?」
「この商人達全てに罰を与えましょう、あなたに選ばれるようなドレスを1着も準備できなかったのだから」
「そんな」
シャルンはレダンを見返し、少し震えた。さっきまでの笑みを消した真面目な表情、相手が本気だとわかったし、シャルンの選択ひとつに商人達の運命を任せる気配なのも感じられた。
嫌われるためには言いなりになってはならない。レダンの望みを叶えてはならない。けれど、レダンの示した選択肢には商人達の命がかかってくる。
「お茶はいかがですか」
手ずから注いでくれる相手は不安がる様子もない。
王妃に甘いだけではない。決断を示し、それを実行する意志と力を兼ね備えている。シャルンを最大限に甘やかせようとしているが、それで国を傾けるような判断はしないだろう。もし商人達の命を全部奪うようなことになっても、その咎を十分引き受けてくれる気なのだろう、シャルンのために。そして、きっとその上で、レダンはシャルンを信じてくれている、商人達の命を奪うようなことはするまい、と。
今までに会ったことのない王だ。
このような王の側に傅けたら。
己の存在がこの王にとってかけがえがないと思えたら、どれほど誇らしいだろう。
応えたい。
シャルンの胸の中に願いが芽生える。
この人に、応えたい。
でも。
……でも。
「あの、それでは、一つお願いしても?」
「何なりと」
シャルンはできるだけ嬉しそうに笑って見せた。
「すべての商人から1着ずつ、私のために選んでくださいますか。そのドレスを私は着てみたいと思います」
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