皇女は隣国へ出張中

彩柚月

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うたかた の

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ディック様は黙って聞いていた。
そして、少し首を傾げて、何かを考えているようだった。

それはとても長い時間のようで、ほんの少しだったのかもしれない。

そして、ディック様は口を開いた。

「たくさん、苦しいね」

子供みたいに喚いた自分が恥ずかしいのか言ってしまった後悔か、彼に見られたくないから彼の方を向くことができない。だから今、彼がどんな表情をしているのかはわからない。


「……いろいろ難しいな。言いたいことはたくさんあるような気もするけれど、何を言えば良いのかわからない。」


なんて頼りないことを言うのだろう。私は今、告白をしたのも同然なのに。好きだと言ったのに。是とも非とも応えることはできないと、この人は言っているのだ。何て憎らしい。すがりついて彼を力の限り揺さぶって、どちらでも良いから答えを頂戴と叫び泣きたい。

自分の気持ちに対して反応が欲しいと思ったことは今までなかった。言葉ににしてしまうことで応えて欲しいと思ってしまったのだと気づいた。返事を求めたら、もっと強く反応が欲しいと思ってしまう。これ以上の欲求を表に出してしまったら、きっと自分ではもう抑えられない感情に育ってしまうだろう。

やはり言うべきではなかった。
きっと困らせてしまったわ。

深呼吸をして、涙を引っ込めて、感情を整えて、そうして澄ました顔を作って彼を見る。


「取り乱しました。…忘れてください。」


彼は
困ったような、笑顔のような。
そんな顔をしていた。

「そろそろ戻ろうか。風が冷たいからね。長く居ると身体に良くない。」

そう言って手を差し出してくれる。何もなかったことにしてくれるようだ。その手を取って帰り道を歩く。そのまま離宮の入り口まで送り届けてくれた。

「目元を冷やしてから寝るんだよ」

紳士として振る舞ってくれているのだとはわかっていながらも、本当に何もなかったように接してくる彼に少し無神経さも感じて、ムッとしながら澄まして答える。

「…わかっていますわ。子供じゃありませんもの。」

ふふん。仮にも皇女だもの。私だって淑女のフリはプロ級なのよ。

「さっきは子供みたいに泣きじゃくっていたけどね」

「…っ!なんっ…!」

それは忘れてくれるはずなのでは!と抗議を込めて軽く睨む。慌てて言い訳を試みる。

「それは…!雰囲気に飲まれて…いえ、嘘ではありませんけど、そもそも、聞いたのは、ディック様で…「今は」」




「今は何も約束はできないけれど。」
「まだ、泡沫は消えてないよ」



どこか、遠い景色の一部になってしまったような彼の声をぼんやり聞いていた。

私が扉の中に入るのを見届けずに、彼は背中を向けて戻って行った。


「ほうまつ…?泡沫(ほうまつ)ってなんでしたっけ…?ああ…うたかた?…消えてない…とは?」



泣くと眠くなるのは生理現象。
濡れタオルを目元に当てながらベッドに入り、ほどなく眠りについた。







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