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35トマス神官と対面

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 次の日、ベルに連れられて、一般応接室の前で止まっていた。この扉の向こうには、既におじいちゃんとシルフィのトマス神官が居るはずだ。ここまで来て、また恐怖が湧いてきた。何が怖いのかわからない。

 ただ、会って、トマス神官が話す内容が私にとって嫌なことなら拒否するだけだ。それがわかっているのに、何故か無性に怖い。

 その時、私の顔は半分泣いていたのだと思う。

 「目を閉じて深呼吸して。落ち着いて。自分の呼吸の音を聞くんだよ。」
 ベルがそう言うので、その通りにしてみた。不思議と落ち着いてくる。

 「大丈夫。入って神官を見て、やっぱり辛ければすぐ戻ろう。でも入る前に、ここで帰ったらダメだ。一歩は出さないと。僕が一緒に行くから大丈夫。」

 そうだ。逃げたらもう、何でもかんでも逃げてしまうようになるかもしれない。行くだけ行って、ダメなら帰れば良い。

 そして、別のことを考え始めた。と言っているのはベルもエイダンと同じなのに、なぜエイダンの言葉は責められているように、ベルの言葉は励まされているように聞こえるのだろう。この違いはどこで変わるのかしら。


ベルが私の手をとって、
 「さあ、入ろうか。」
 と、言った。

 「失礼します。」
 ドアを開けて入る。

 ハッと息を呑む音が聞こえた。おそらくトマス神官のものだろう。おじいちゃんの隣に座り、お茶が運ばれるのを待つ。ベルはわたしのすく後ろに立つようだ。
 
 「さて。では、始めようかの。」
 「トマス神官と言ったか?要件を聞こうか?」
 おじいちゃんがこう切り出した。
 
 「メラニアと、2人で話したいのですが。」
 トマス神官そう言った瞬間、わたしの体は無意識に強張った。

 「それはできぬと言ってあるだろう。」
 おじいちゃんは拒否してくれた。
 「聖女が望まぬ限りは、2人きりにはできぬ。」
 「望めば良いのですよね?望むはずです。そうだろう?メラニア。」
 神官は強い視線で私を見た。
 「お前は誤解をしているのだ。婚約のことや家族のことを聞きたいだろう?」

 じんわり背中に汗が滲むのを感じる。
 心臓が音を立てているのがわかる。
 怖い。嫌だ。聞きたくないと言えばいいだけなのに、口の中が乾いて言葉が出てこない。

 そっと、肩に手が置かれた。
 途端に金縛りが解けたように緊張から解放された。ようやくおじいちゃんの方に首を向けて見る余裕ができた。目が合うと、いつものように、うむと頷いて見せてくれる。

 手を置いてくれたのはベルだ。後ろに立ってくれている。おじいちゃんも居てくれる。大丈夫。私は、

 「申し訳ありませんが、トマス神官と2人きりにはなりたくありません。」

 はっきり、ゆっくり、まっすぐ目を見て言うことができた。

 「なっ……!あなたには聖女としての自覚がないのか?祖国はあなたが消えたことで大騒ぎなんだぞ?黙って消えたことに皆がどれほど心配したと思うのだ。」

 「心配、ですか?牢に入れておいて?それに、飲食を与えない。死んでも良いと言われました。悪いことをした覚えはないのに、殺されるかもしれないと恐怖しました。そこから逃げることは、そんなに悪いことですか?」

 「なんてことを言うんだ!私はそんなことを言っていない。君を守るためにしたことだ。」

 「聖女の譲渡を迫ったわ。その結果、力が失われても構わないと言った。」

「違います大神官。そんなことはしていません。この娘は恐怖で夢でも見たのでしょう。私はこの娘を守るために、聖人の秘密を話してもらえるよう、要求しただけです。」
 
 おじいちゃんに言い訳をするトマス神官を見て、メラニアは何処か、不思議なものを見ている気分になった。牢に入れられたり、脅迫されたのは私なのに、何故この人は私にではなく、おじいちゃんに言い訳をするのだろう。

 「言うべきことがたくさんありすぎて、何を指摘するべきかがわからん。が、これは指摘せざるをえない。聖人の秘密を聞いてはならんと習わなかったのかね?」
 おじいちゃんは、トマス神官とは対照的に、落ち着いた物腰でこう聞いた。

 「え、それは確かにそうですが……。しかし、国としてこの貴重な力を守るためには必要なことです。王家と紐づかせることで、ますます崇められるようになります。力を永劫に継承していくために、その制約などを知っておくことは神官として必要なことです。」

 「制約は、何人たりとも、聖人の意思を妨げてはならん。これだけだと習わなかったかね?」
 「もちろん知っています。そして継承は同族内、アシュリーの中でのみ行われるということも。だから、アシュリーの血を引くリリィに譲渡をお願いしたのです。そう、のです。強制はしていません。」
 
 「王様の前で、力が消えても問題ないと言ったじゃない!確かに、飲食を与えないと言ったのも死んでも良いと言ったのも伯父で、トマス神官ではないけど、牢に入れられた私に、話しなさいと命令したわ。リリィに力を譲渡するのは都合がいいとも。」

 「それは君が話さないからだろう。」

 「無理ですと言ったら、神の力を独り占めすることは神の意思に逆らうことだと、気が変わるまで牢に居ろって言ったわ。」

 「だから、君が素直に話せばそんなことはしなかったと言っているだろう。メラニア、君は何か誤解しているんだ。その力はアシュリーの中で継承されるものなのだろう?なら、リリィに渡しても問題はないはずだ。王太子妃が聖女だなんて素晴らしいことだと思わないか?もちろん、君の今後の生活についても心配はいらない。王陛下はそれなりの生活を保証すると言っていたではないか。だから祖国のために従うんだ。そうすれば皆が幸せになれるんだよ。」

 「私は幸せじゃないわ。」
 「強欲を捨てなさい。君は自分の我儘で皆が不幸になっても構わないというのか?それが本当に聖女のすることかを考えなさい。」

 「そこまでじゃ。」
 おじいちゃんが、会話を止めた。
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