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1、社長令嬢、(元)社長令嬢になる

一話 一寸先は闇

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 社長令嬢として生まれた私は、お金に困ったことなんて今まで一度もなかった。何不自由なく悠々自適に生きてきた私にとって、それはまさに、死刑宣告にも近い出来事だったわ。
 
「ごめんね美妃(みき)ちゃん、パパの会社倒産しちゃったの」
 
 夕食の後のリビングで困ったような笑顔でそう言い放ったママに、私は思わず言葉を失う。
 
 今、なんて言ったの?
 とう、さん? 倒産って、会社がダメになったってことよね?
 
「う、うそでしょ? 何それ、全然笑えない」
 
「残念だけど、本当なんだ。美妃ちゃんには言えなかったが、実は以前から経営が危なかったんだよ」
 
 絞り出すように言った私の言葉に、パパは元々の下がり眉をさらに下げる。
 
 な、なによそれ。そんなの、全く聞いてない!
 
「そんな……。で、でも、明日からまた新しいお仕事を探すんでしょ?
貯金だってたくさんあるし、今まで通りこのお家で暮らせるわよね? そうよね?」
 
 そうじゃなきゃ困るわ。
 だって、私は、私は......。
 
 ほしいものは、何でも買ってもらえた。
 手に入らないものなんて何もなかった。
 
 国内でも有名なお嬢様女子大学を卒業して二年、今までまともに働くどころかアルバイトさえしたことない。

 だって、お嬢様の私が庶民に混じってくだらない店や会社で働けるわけないでしょ? 第一お金なんて腐るほどあったから、そんなことする必要はなかったもの。
 
 パパの会社の名ばかり社員として気楽に生きてきたのに、突然貧乏人として生きていけなんて無理に決まってるじゃない!
 
「それがね、社員さんへの退職金でほとんど貯金を使い果たしちゃったの。お家も一ヶ月後に売ることになっちゃったのよ。
私とパパは少しだけ残ったお金を元手に、外国で一から新しくやり直すことにしたわ」
 
「え!? わ、私は? 私はどうすればいいの? 住む家もなくなって、パパたちもいなくなったら、私はどうやって生きていけばいいのよ」
 
「これからは自分で働いて、自分で生活していくんだよ」
 
「ふざけないでよ。会社を潰したあげく、私を置いて、自分たちは海外逃亡!? いくらなんでも無責任すぎるでしょ!!」
 
 経営を破綻させただけじゃ飽き足らず、一人娘の私を放置して自分たちだけで外国でやり直す? それはいくらなんでも親として無責任すぎるんじゃないの?
 
 私の快適お嬢様生活を返して!
 
 私が悲痛な叫び声をあげると、パパもママも可哀想なものでも見るような目で私を見た。
 
「ごめんなさいね美妃ちゃん。私たちが甘やかしすぎたばっかりに、こんなにも無責任でワガママな子に育っちゃって......」
 
「無責任はそっちでしょ! 私のどこが無責任だって言うのよ」
 
「パパの会社で任された仕事も一週間も続かず、社員だったのは名前だけだったでしょう?
それどころか責任もってお世話すると言ったワンちゃんやネコちゃんさえも、いつの間にかお手伝いさんに全部お世話させてたわよね? 他にも手間のかかることは全部お手伝いさんに任せて、何一つ自分でやりきったことはないんじゃないの?」
 
「......っ、それはそうだけど、ママだってそうでしょ。私と同じで会社役員なのは名前だけだし、家事も全部お手伝いさんに任せて何もやってなかったじゃない」
 
 お上品な口調で困ったように私を責め立てるママに言い返すと、そうね本当にごめんなさいねとママがため息をつく。
 
 エステにネイル、地域の婦人会の集まり。
 地域の発展に貢献すると言えば聞こえはいいけど、結局のところ婦人会の名目で集まっては雑談や噂話ばかりしていたママには言われたくない。
 
 言われてみれば、ママも私も無責任の塊のような人間だけど、それでもケンカなんて一度もしたことがなかった。
 
 お金持ちだった頃はこんな風に言い合いをしたことなんて一度もなかったのに、貧乏は心さえも貧しくするというのは本当だったのね。
 
「美妃ちゃんがワガママな子になってしまったのも、全て私とママの責任だ。本当に申し訳なかった。
私とママはこれから心を入れかえて心機一転やり直すから、美妃ちゃんも一人で強く生きていってほしい。
それでもこのご時世に何のスキルも経験もない美妃ちゃんにいきなり一人で生きていきなさいというのも酷だろう。そこで、私の昔からの知り合いに便宜を図ってもらえるようにしておいたから、困ったらそこを頼りなさい。これが父親としてできる最後のことだ」
 
 パパもママも申し訳ないとは言いながらも、もう決定事項だと言わんばかりの有無を言わせない態度ね。怒り心頭の私は二人に何を言ってやろうか考えていたけれど、そうこうしているうちにパパたちはいつの間に準備したのか、それぞれのスーツケースを携え、じゃあお元気でと立ち去ろうとする。
 
 え? 今? もう行くの? 急すぎない?
 心の準備もできてないし、展開が急すぎてついていけない。
 
「ちょっ、待ってよ。待ってってば。せめてどこの国に行くかぐらい教えてよー!!!」
 
 ひき止めてもまるで聞いてもらえず、一ヶ月後までには家を出ていってねとだけ言い残し、二人はあっさりと出ていってしまう。
 後には、私の叫び声だけがむなしく響き渡った。
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