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2、いつになったらいいの?

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 円香さんの書類を一緒に探して、数日ほど経った日の夜のことだった。

 円香さんの家で一緒に飲む約束をしていたから、バイトが終わって急いで駆けつけたのに。

 円香さんは、すでに出来上がっていた。
 脱ぎ散らかした服がかけられたソファーの上で、泥酔してグダグダになり、横になっている。

「円香さん。寝るなら、ベッド行きなよ」

 ソファーの近くに丸くなっていたクロの背を撫でてから、円香さんに声をかける。

「ん~……」

 口では『分かってる』と言いながらも、円香さんはソファーでウダウダしている。完全に行く気ないな。

 テーブルの上に放置された大量の缶ビールに視線を向けて、もう一度円香さんを見る。

「ヤケ酒?」
「デートで失敗して、フラれちゃったの」
「また?」

 流し台の下からゴミ袋を取り出し、テーブルの上のアルミ缶を捨てながら、円香さんに言葉を返す。

 三十を越えたぐらいから、円香さんは急に『結婚したい』と言い始めて、婚活を始めた。

 正直めちゃめちゃ嫌だし、やめてほしい。

 とはいえ、彼氏でもない俺が止められるわけもなく、円香さんは婚活アプリで知り合った男とデートをしては、毎回撃沈している。円香さんは見た目綺麗で可愛いのに、生活能力皆無だからな。
 
 今のところは全敗してるみたいだけど、俺としては気が気じゃない。

「もうやめなよ。どうせフラれるんだから」
「そんな風に言わないでよぉ。私だって努力してるのよ」
「努力の結果がコレと」

 机の上には色々なものが散乱している上に、相変わらず足の踏み場もない部屋。一緒に片付けても、三日も経てば元通りだ。この部屋じゃ、俺以外の男連れ込めないだろ。
 
「いつもボロが出ちゃうの~」

 どこを見ているのか分からない目で、円香さんが叫ぶ。

 外でだけ取り繕っても、本性がバレるのも時間の問題だっていつも言ってるのに。そんな無駄な努力してるよりも、円香さんの全部を分かってて、それでも好きでいてくれる男じゃなきゃダメだよ。

 たとえば、俺とか。

 ゴミ袋の口を縛って床に置き、ソファーで寝転がっている円香さんの近くでしゃがみ込む。
 
「だから~、俺と結婚しようって言ってるじゃん」

 ここぞとばかりに、俺は自分を売り込む。

 顔を近づけると、酒臭い円香さんの息がかかる。
 化粧をしている時よりもあどけない顔、赤らんだ頬、無防備で無警戒な姿。着古したゆるゆるのスウェットから、わずかに見える胸の谷間。
 
 酔ってグダグダになって、部屋の片付けもしないで、婚活してはフラれてばっかりのダメなお姉さん。

 彼女のだらしないところさえも可愛いなんて思ってるのは、俺だけでいい。他の男は表面的な魅力ばかり見て、円香さんの可愛さに一生気づかなければ良いんだ。

 円香さんの火照った頬をそっと撫でて、ウェーブがかったモカブラウンの長い髪を耳にかける。

「今の忍くんとは結婚できないかなぁ」

 くすぐったそうに身を捩ってから、円香さんはクスクス笑う。

「なんでだよ。俺、絶対良い夫になるよ。家事も全部やるし」

 俺は料理も掃除も嫌いな方じゃないし、円香さんのためなら何だって出来る。
 
 大学生になってからはバイトで貯めた金で服にも髪型にも気をつかってるし、顔だって悪くないと思うんだ。

「だって、忍くん大学生だもん」

 またそれかよ。
 小学生だから、中学生だから、高校生だから。
 もっと大人になったらね、って円香さんはいつもそれだ。いつになったら、俺を男として見てくれるんだよ。

 俺、もう二十歳になったんだけどな。
 
 初めて会った時は、162センチの円香さんよりも俺の方が10センチ近く小さかった。でもあれから身長が伸びていない円香さんに対し、今の俺は176センチだ。
 
 背も円香さんよりずっと高くなったし、俺たちが初めて会った時の円香さんと同じ年になったよ。まだダメなの?

「大学卒業したらいいの?」
「そうだねぇ。もし忍くんが大人だったら、すぐに付き合ってたかも」

 円香さんは笑みを浮かべながら、曖昧にはぐらかす。
 
 そんなこと言うなら、今付き合ってよ。
 円香さんは、ずるい。期待を持たせるようなことを言うくせに、絶対に俺の告白を受け入れてくれないんだ。

 それでも、好きなんだ。

「あと三年待ってよ」

 円香さんの手を握って、訴える。

 それまで誰とも付き合わないで。
 お願いだから、他の男のものにならないで。

「三年も待ってたら、オバサンになっちゃう」
「たった三年で何も変わらないよ」

 円香さんは一瞬だけ俺の手を握り返してから、すぐに離す。そして、伏し目がちに言った。
 
「三年後には、忍くんはまだ二十三。でもね、私はもう三十五なんだよ」
「そんなの、」

 気にしないって言おうとしたら、円香さんは目をつむっていた。しかも、スヤスヤと寝息まで立てている。

「はぁ~……」

 どっと身体の力が抜けて、ため息しか出てこない。

 十歳以上年の差があったって、今時フツーだろ。
 男が年下ってのも、めずらしくないし。

 テーブルの上に置きっぱなしだったビール缶に手を伸ばす。円香さんが飲み残したビールはまだ半分ほど残っているけど、缶はもうひんやりしていなかった。

「ぬる……」

 冷えていないビールほどマズイものもない。
 一口だけ飲んで、飲みかけのソレを流しに全部捨てた。
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