3 / 10
1-3
しおりを挟む
「きゃあっ」
第二書庫に入ってきた時は、誰もいないと思っていたのに。とっさに飛び起きる。すると、相手の方も同じようにしたみたいで、10センチ以上は高い位置にあるお顔が私を見下ろしていた。
プラチナブロンドの髪。涼しげなエメラルドグリーンの瞳。少し冷たい印象だけど端正な顔立ちの男性は、第三王子殿下のオーフェンさまだった。
以前伺った話によると175センチはあるらしいけど、今はもう少し背が伸びたのかもしれない。最近新調された、黒襟と金色ボタンのついたグレーの軍服がよくお似合いだった。
何度拝見しても、私が子どもの頃に小説を読んだ時にイメージしていた王子様みたいな方だと思う。本からそのまま出てきたみたいな理想の王子様。
「オーウェンさま」
オーウェンさまを拝見すると、自然と顔が熱くなってしまう。気づかれていないと良いのだけれど。
「ここは寝るところじゃない」
オーウェンさまがため息まじりにおっしゃった。またみっともない姿をお見せして、呆れられてしまったかも。
「ミーシャさまの行方を占おうと思っていましたの」
あわてて笑顔を作って、取り繕うように申し上げる。
「ミーシャ?」
「宰相令嬢さまの愛猫さまです」
「占うために、書庫の床に這いつくばる必要があったんだね」
オーウェンさまはさっきまで私が這いつくばっていた床に視線を落とされ、もう一度私の顔を注視される。……うっ。
「ええ、それは、その、猫の気持ちになりきる必要があったんです」
苦し紛れに言い訳をして、笑って誤魔化す。
「へぇ。大変そうだね」
オーウェンさまは私をお見つめになられたまま、そっけなくおっしゃった。
オーウェンさまの緑色の瞳は全てを見透かすかのようで、時々全てご存知なのではないかと思ってしまう。でも、もしエセ魔術師だとバレていたら、とっくに私は王宮を追い出されているんだろうけど。
「そうなのです。では、私はこれで……」
これ以上話していたら、ボロが出そう。オーウェンさまに背を向け、そそくさと立ち去ろうとする。
「それで、どんな猫なの?」
けれど、後ろから声をかけられ、振り向く。
「イエローとブルーのオッドアイで、首に赤いリボンを巻いた長毛の白猫さまです」
「その猫なら、見かけたかもしれないな」
言いながら、オーウェンさまは本棚の裏に移動された。――と思ったんだけど、裏側にもお姿が見当たらない。
「オーウェンさま?」
どこにいかれたのだろう。
キョロキョロと辺りを見渡してみても、オーウェンさまがいらっしゃる気配もない。
「いたよ、フェリシア」
「ひゃあっ」
なぜか前からオーウェンさまが現れて、身体がビクリと飛び跳ねた。どうしてそんなところから……。
不思議に思いつつ、二度見する。
オーウェンさまは、白猫のミーシャさまを抱えていた。オーウェンさまの腕の中に、フワフワの白猫。あまり想像出来ない組み合わせなのに、なんだか――。
「か、かわ……」
うっかり『可愛い』と口走りそうになってしまった口を、あわてて両手で押さえる。
「この猫で合ってる?」
オーウェンさまはそんな私を不審な目で見ながらも、そう質問された。
「ええ。宰相令嬢さまもきっと安心なさいます」
ずっと書庫に隠れてたのかな。とにかく見つかってよかった。私は大きく頷いてみせる。
「猫は苦手だから、早く受け取って」
苦手と言いつつ、ミーシャさまを抱くオーウェンさまの手はお優しい。
オーウェンさまから渡されたミーシャさまをそっと抱き抱える。小さな声で『ニャー』と鳴いただけで、何の抵抗もなく、腕の中におさまってくれた。
お利口で、可愛い猫だ。ちょっと王宮の中を散歩していただけだったのかな?
オーウェンさまに頭を下げて、今度こそ立ち去ろうとする。
「それと、またフェリシアの意見を聞かせてほしい」
踵を返す直前、オーウェンさまはそうおっしゃった。
「時間が空いた時でいいから」
私がお答えする前に、彼は言葉を重ねる。
「私でよろしければ」
ミーシャさまを抱えながら、返事をした。
他の王宮の方と同じように、オーウェンさまからのご相談も時々受けることがある。オーウェンさまからのご相談は他の方々とは少し違っていて、彼が携わられている外交や内政の話がほとんどだった。
オーウェンさまは、とても聡明なお方だ。私よりも一つ年下なのに、そうは思えないほどしっかりしていらっしゃって、いつでも冷静で。
正直私のような政治のせの字も分からない者の意見なんてわざわざ聞かなくても、とは思うのだけど。『政治に関わっていない人の意見が聞きたいから』と、なぜかよく私にお声がけくださる。
大変光栄でありがたいことではあるものの、もう白魔術なにも関係ないような……。
オーウェンさまのことは昔から存じているのに、いまだにお考えが理解出来ない。女性にもそっけなくて政治以外は興味はなさそうなのに、不思議と私には話しかけてくださるのはどうしてなのかな。
やっぱり白魔術師としての技量を疑われていて、私をはかられているのかな。私が魔術師として王宮に招かれたのはオーウェンさまがきっかけだったから、責任を感じられているのかもしれない。
オーウェンさまと初めてお会いしたのは、今から八年前。オーウェンさまは十歳、そして私は十一歳の時だった。
第二書庫に入ってきた時は、誰もいないと思っていたのに。とっさに飛び起きる。すると、相手の方も同じようにしたみたいで、10センチ以上は高い位置にあるお顔が私を見下ろしていた。
プラチナブロンドの髪。涼しげなエメラルドグリーンの瞳。少し冷たい印象だけど端正な顔立ちの男性は、第三王子殿下のオーフェンさまだった。
以前伺った話によると175センチはあるらしいけど、今はもう少し背が伸びたのかもしれない。最近新調された、黒襟と金色ボタンのついたグレーの軍服がよくお似合いだった。
何度拝見しても、私が子どもの頃に小説を読んだ時にイメージしていた王子様みたいな方だと思う。本からそのまま出てきたみたいな理想の王子様。
「オーウェンさま」
オーウェンさまを拝見すると、自然と顔が熱くなってしまう。気づかれていないと良いのだけれど。
「ここは寝るところじゃない」
オーウェンさまがため息まじりにおっしゃった。またみっともない姿をお見せして、呆れられてしまったかも。
「ミーシャさまの行方を占おうと思っていましたの」
あわてて笑顔を作って、取り繕うように申し上げる。
「ミーシャ?」
「宰相令嬢さまの愛猫さまです」
「占うために、書庫の床に這いつくばる必要があったんだね」
オーウェンさまはさっきまで私が這いつくばっていた床に視線を落とされ、もう一度私の顔を注視される。……うっ。
「ええ、それは、その、猫の気持ちになりきる必要があったんです」
苦し紛れに言い訳をして、笑って誤魔化す。
「へぇ。大変そうだね」
オーウェンさまは私をお見つめになられたまま、そっけなくおっしゃった。
オーウェンさまの緑色の瞳は全てを見透かすかのようで、時々全てご存知なのではないかと思ってしまう。でも、もしエセ魔術師だとバレていたら、とっくに私は王宮を追い出されているんだろうけど。
「そうなのです。では、私はこれで……」
これ以上話していたら、ボロが出そう。オーウェンさまに背を向け、そそくさと立ち去ろうとする。
「それで、どんな猫なの?」
けれど、後ろから声をかけられ、振り向く。
「イエローとブルーのオッドアイで、首に赤いリボンを巻いた長毛の白猫さまです」
「その猫なら、見かけたかもしれないな」
言いながら、オーウェンさまは本棚の裏に移動された。――と思ったんだけど、裏側にもお姿が見当たらない。
「オーウェンさま?」
どこにいかれたのだろう。
キョロキョロと辺りを見渡してみても、オーウェンさまがいらっしゃる気配もない。
「いたよ、フェリシア」
「ひゃあっ」
なぜか前からオーウェンさまが現れて、身体がビクリと飛び跳ねた。どうしてそんなところから……。
不思議に思いつつ、二度見する。
オーウェンさまは、白猫のミーシャさまを抱えていた。オーウェンさまの腕の中に、フワフワの白猫。あまり想像出来ない組み合わせなのに、なんだか――。
「か、かわ……」
うっかり『可愛い』と口走りそうになってしまった口を、あわてて両手で押さえる。
「この猫で合ってる?」
オーウェンさまはそんな私を不審な目で見ながらも、そう質問された。
「ええ。宰相令嬢さまもきっと安心なさいます」
ずっと書庫に隠れてたのかな。とにかく見つかってよかった。私は大きく頷いてみせる。
「猫は苦手だから、早く受け取って」
苦手と言いつつ、ミーシャさまを抱くオーウェンさまの手はお優しい。
オーウェンさまから渡されたミーシャさまをそっと抱き抱える。小さな声で『ニャー』と鳴いただけで、何の抵抗もなく、腕の中におさまってくれた。
お利口で、可愛い猫だ。ちょっと王宮の中を散歩していただけだったのかな?
オーウェンさまに頭を下げて、今度こそ立ち去ろうとする。
「それと、またフェリシアの意見を聞かせてほしい」
踵を返す直前、オーウェンさまはそうおっしゃった。
「時間が空いた時でいいから」
私がお答えする前に、彼は言葉を重ねる。
「私でよろしければ」
ミーシャさまを抱えながら、返事をした。
他の王宮の方と同じように、オーウェンさまからのご相談も時々受けることがある。オーウェンさまからのご相談は他の方々とは少し違っていて、彼が携わられている外交や内政の話がほとんどだった。
オーウェンさまは、とても聡明なお方だ。私よりも一つ年下なのに、そうは思えないほどしっかりしていらっしゃって、いつでも冷静で。
正直私のような政治のせの字も分からない者の意見なんてわざわざ聞かなくても、とは思うのだけど。『政治に関わっていない人の意見が聞きたいから』と、なぜかよく私にお声がけくださる。
大変光栄でありがたいことではあるものの、もう白魔術なにも関係ないような……。
オーウェンさまのことは昔から存じているのに、いまだにお考えが理解出来ない。女性にもそっけなくて政治以外は興味はなさそうなのに、不思議と私には話しかけてくださるのはどうしてなのかな。
やっぱり白魔術師としての技量を疑われていて、私をはかられているのかな。私が魔術師として王宮に招かれたのはオーウェンさまがきっかけだったから、責任を感じられているのかもしれない。
オーウェンさまと初めてお会いしたのは、今から八年前。オーウェンさまは十歳、そして私は十一歳の時だった。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーレットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーレットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーレットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーレットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーレットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーレットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーレットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーレットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーレットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。
尾道小町
恋愛
登場人物紹介
ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢
17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。
ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。
シェーン・ロングベルク公爵 25歳
結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。
ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳
優秀でシェーンに、こき使われている。
コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳
ヴィヴィアンの幼馴染み。
アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリアン・スチール公爵令嬢18歳デビット王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。
ご都合主義のハッピーエンドのSSです。
でも周りは全くハッピーじゃないです。
小説家になろう様でも投稿しています。

【完結済】姿を偽った黒髪令嬢は、女嫌いな公爵様のお世話係をしているうちに溺愛されていたみたいです
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
王国の片田舎にある小さな町から、八歳の時に母方の縁戚であるエヴェリー伯爵家に引き取られたミシェル。彼女は伯爵一家に疎まれ、美しい髪を黒く染めて使用人として生活するよう強いられた。以来エヴェリー一家に虐げられて育つ。
十年後。ミシェルは同い年でエヴェリー伯爵家の一人娘であるパドマの婚約者に嵌められ、伯爵家を身一つで追い出されることに。ボロボロの格好で人気のない場所を彷徨っていたミシェルは、空腹のあまりふらつき倒れそうになる。
そこへ馬で通りがかった男性と、危うくぶつかりそうになり──────
※いつもの独自の世界のゆる設定なお話です。何もかもファンタジーです。よろしくお願いします。
※この作品はカクヨム、小説家になろう、ベリーズカフェにも投稿しています。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる