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12話 ごめん
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放課後、予定通り渡辺くんの家に行くと、前田くんの顔を見て渡辺くんのお母さんが家にあげてくれた。だけど……。
「ごめんなさいね、あの子誰にも会いたくないって。せっかく和也くんたちがきてくれたっていうのに……」
肝心の渡辺くん自身は、完全にシャットアウト状態みたい。
渡辺くんのお母さんが困ったような顔で首を横に降る。お母さんの話によると、学校から帰るなり部屋に閉じこもってしまって、何があったか聞いても一言も答えてくれないらしい。
「そう、ですか。嫌だったらすぐ帰るから、少しだけでも話せないかって伝えてもらえませんか?」
前田くんはそう言って、渡辺くんのお母さんに頭を下げる。
「……あ! それと、何があっても友だちだから大丈夫だって伝えてください」
前田くんがそう付け足すと、渡辺くんのお母さんは少しだけ涙ぐみつつも笑顔を返し、二階に上がっていく。
*
空気が重い……。渡辺くんのお母さんが二階に行ってしばらく経ったけど、全く戻ってくる気配もないし、前田くんとの会話も一言もない。
やっぱり渡辺くんと話すのは無理なのかな……。
前田くんもずっとうつむいてるけど、大丈夫かな……。
入れてもらった紅茶もとっくに飲み終わってしまい、壁時計のカチカチという音だけが異様に響く。
渡辺くんに会えないのは残念だけど、いつまでも居座るのも申し訳ないし、渡辺くんのお母さんがリビングに戻ってきたらもう帰った方がいいのかもしれない。
そんなことを考えながら気まずい時間を過ごしていると、渡辺くんのお母さんが戻ってきた。
「あの子、やっぱり会うって……。どうぞ二人とも上がって」
わ、やった……! お母さんが説得してくれたのか、気が変わったのか分からないけど、とにかく渡辺くんが会う気になってくれた。
前田くんと顔を見合せてうなずくと、彼の後について階段を上がる。
「圭佑? 俺。入ってもいい?」
階段を上がって、前田くんが固く閉ざされているドアをノックすると、すぐに中から渡辺くんの声が返ってきた。
「どうぞ。開いてるから勝手に入ってきて」
私たちはまたまた顔を見合せ、前田くんがためらいがちにドアを開ける。
「俺じゃなくて、ちゃんと名前を名乗ってくれない? 恋人じゃないんだから、声だけじゃ分からないよ」
私たちが入ってくるなり、渡辺くんはベッドにもたれかかったまま真顔でそんなことを言った。
お母さんから私と前田くんが来ていることは聞いてたはずだけど……。冗談……、なのかな?
冗談なのか本気なのかもよく分からないけど、制服とは違ってスウェットを着ているというだけで、渡辺くんはいつもと大して変わらないように見える。数時間前の渡辺くんとは別人みたい。
部屋もきちんと片付いていて、いかにも渡辺くんの部屋だなぁって感じだし……。
「あ~、ごめんごめん。あのさ……、圭佑って、彼氏……いたんだな。うちの学校のやつ?」
苦笑いを浮かべながらも、いきなり核心部分に切り込んでいった前田くんに思わずぎょっとしてしまった。いきなりそこ聞いちゃうの?
「彼氏?」
「昨日の夜デートしてたって聞いたけど、違うの?」
「……ああ。デートはしてたけど、まだ彼氏じゃないよ。出会いアプリで知り合った人」
「出会い系? 危なくないの? それって。知らない人と会うんだろ?」
「まあ、中には危ないのもいるらしいけど、俺は今のとこ大丈夫。それにこうでもしないと、なかなか出会えないから。自然な出会いがあるなら俺だってそれがいいけど、そんなの奇跡に近いし」
「そうなのか……」
いきなり核心部分に切り込んでいった前田くんにはハラハラしたけど、思いのほか渡辺くんも普通に会話してくれている。
「それよりさ、ふたりともいつまで突っ立ってるつもりなの? 座ったら?」
……座って良かったんだね。
てっきり早く帰ってとか言われるかと思ってたけど、なんだか意外と心を開いてくれてる?
いつまでも立ちっぱなしでいる私たちを呆れたような目で見てくる渡辺くんに促されるように、前田くんも私も床の上に座った。
座った途端にまた会話がなくなっちゃったけど、いい加減私も何か話した方がいいのかな。
ここにきてから一言も言葉を発してないけど、私って何のためにきたんだろう。
いや、でも、やっぱりここは、親友の前田くんに任せた方がいいのかな。私が口を開くと、また不用意なこと言って傷つけるかもしれないし......。
.....でも、そしたら、本当に私何のためにここにきたの?何にも役に立ってないよね。う~ん、でも......。
人の家にきているというのに、またぐるぐると考え込んでしまっている。こんなことを考え込んでる場合じゃないのに。
「ごめんっ!!」
また永遠に終わらない一人反省会に突入しそうだったけど、突然前田くんが床に手をついて土下座みたいなことを始めたので、思考が中断される。
......え? 前田くんどうしちゃったんだろう?
「いきなり何?」
「今日の朝、圭佑がみんなに色々言われてる時に何も言えなくてごめん。俺が一番に圭佑のことをかばってやるべきだったのに、俺も混乱して何も言えなかった。本当にごめんな」
「……別に謝る必要ないよ。それが普通だと思う」
頭を下げ続ける前田くんをチラッと見てから、渡辺くんはため息をついて視線をそらした。
「普通がどうとかじゃなくて! 俺自身が嫌だったんだよ。大切な友だちの圭佑をかばえなかった自分が許せなかったから……っ。だから、……謝りたい」
前田くんはガバッと顔をあげると、まっすぐに渡辺くんを見つめる。
前田くんって……、すごくまっすぐな人だな。元々憧れてけど、思った通りの……、ううん、思っていた以上にまっすぐな人で、なんだか……。
私に言われているわけでもないのに、すごくグッときてしまって胸が熱くなる。もしこんな風に自分のことを大切に思ってくれる人がいたら、絶対嬉しいよね……。
「もういいよ」
渡辺くんもそんな前田くんを見てハッとしたように瞳をうるませていたけど、再び視線をそらしてしまう。
「いいって、何が?」
「もう無理だろ、友達でいるの。あいつらだって、お前だって」
やっぱり渡辺くんは、今朝男子たちが友達でいるのはもう無理って言っていたことを気にしてるのかな。
前田くんはそんなこと思ってないよってつい言いそうになってしまったけど、やっぱりここは前田くんにまかせようと思って口を閉じる。私から言うよりも、前田本人の口からちゃんと聞いた方が絶対いいよね。
渡辺くんだって、きっと本心ではそう望んでるんじゃないかな......。
「何でだよ、これからも友達だ。何も変わらないよ」
「じゃあ聞くけど、お前これからも俺と今まで通り学校でも一緒にいれるの?」
「もちろん」
「今日のことが広まったら、俺と一緒にいるお前まで変な目で見られるかもしれない。それでも平気なの?」
「気にしない」
「……俺とハイタッチとかできるの? 気持ち悪いと思わないの?」
「できるよ。何で気持ち悪いんだよ」
「じゃあ……」
何の迷いもなくできると言われて、渡辺くんは言葉を探しているみたいだった。困ったように視線を宙に漂わせている。
「無理して友だちでいられない理由を探すなよ。俺は圭佑と今まで通り友だちでいたい。お前は違うの?」
「俺は……。……じゃあ何ですぐにそう言ってくれなかったんだよ。混乱してたって言うけど、本当は俺に引いてたんだろ?」
二人の会話を黙って聞いてたけど、ようやく渡辺くんの本音が聞けて胸が詰まったように苦しくなる。
渡辺くんも前田くんの反応が普通だって理解を示してたし、頭では仕方ないって思ってるんだろうけど、本心では悲しかったんだね……。
「ごめん、それは本当にごめん。本当のこと言うと、最初ちょっとだけ引いた。……ちょっとだけだからな?
でも授業中もずっと考えてたんだけど、好きになるのが男か女かの違いぐらいで、そんなにたいした問題でもないよな。……たいした問題かもしれないけど、俺と圭佑が友達でいるのにはそれって関係ないと思うんだ。俺のことが好きとか言われたら、そりゃ対応に困るけど、それは女子の友達でも同じことだよな。
とにかく圭佑とはこれからも友達でいたいし、ハイタッチでもなんでもできるよ。なんならキスだってできる」
……えっ。キス? それまでじっと見守っていたけれど、予想外の前田くんの発言に驚いて、思わずまじまじと前田くんの顔を見てしまった。
だって、キスって……。
「は? なんで俺が和也とキスしなきゃいけないの?そんなこと頼んでない。
男なら誰でもいいわけじゃないんだけど。逆にバカにしてるだろ、それ」
「分かってるよ! 本当にするとかそういうのじゃなくて、それくらいの勢いでってことだよ。あ~……! 上手く言えないけど、それくらい圭佑が大事だし失いたくないってこと!」
「意味はよく分からないけど、なんとなく言いたいことは伝わってきた。はぁ……、もう本当にお前って……」
渡辺くんは両手で覆うように顔を隠して、それから絞り出すような声で「ありがとう」と言った。
「なんだよ~。泣くなよ~」
顔を隠してしまった渡辺くんの背中を、前田くんはニヤニヤしながらたたく。
「泣いてない!」
嫌そうにそれを振り払う渡辺くんの目はどことなく潤んでるようにも見えるし、本気で嫌がってるようにもみえない。そんな二人のやりとりを見ていると、なんだかまた胸が熱くなってきて……。
「それで、何でまた斉藤さんは泣いてるわけ?」
うっかり涙ぐんでしまった私に、渡辺くんはすっかりあきれている。
今朝もよく分からないとこで泣いたばっかりだし……。きっと、よく分からないとこで泣き出す変な女のイメージがついてしまったに違いない。
「ごめ……なんか感動して……」
「ハハッ、なにそれ。斉藤さんって面白いな!」
渡辺くんには呆れられ、前田くんにはなぜか笑われちゃった。
ああもう、穴があったら入りたい。
入るだけじゃなくて、二度と出てこれないように自分を埋めたい。
結局何の役にも立ってないし、私一体何のためにここにきたのかな。
「斉藤さんも……、ありがとう」
「えっと……なにが?」
またいつものように自己嫌悪に陥ってると、渡辺くんから意外な言葉をかけられて、ぱっと顔をあげる。
私、何かお礼を言われるようなことしたかな。
「今朝言ってくれたこと、嬉しかった。あんな風に言ってもらえるなんて思ってなかったから」
「今朝?」
「かっこいい人だと思ったって言ってくれたこと」
「あれは……」
「一部の人は分かってくれても、学校では普通の振りしてないと浮くよね。だからずっと隠してたけど、本当は.......、本当の自分を分かってほしかったんだ。女子を好きになれないのに興味がある振りをするのも、彼女がほしい振りをするのも嫌だった」
「うん」
分かるよ、と言おうとして、言うのをやめた。
今まで一人で苦しんできた渡辺くんの苦しみがどれほどのものかも知らないくせに、軽々しく「分かるよ」なんて言うのは違う気がしたから。
だから言えないけど......、でも、分かるよ。
みんなから浮きたくなくて、普通の振りをしてる気持ちも。必死で普通の振りをしながらも、本当は普通ではない自分、本当の自分を認めてほしい気持ちも。
……分かるよ。
「あのとき、もし違うと言い通せば、もしかしたらまだ隠しておけたかもしれない。だけど、無理だったんだ。もうこれ以上隠せなかった。みんなにどう思われるかはすごく不安だったけど」
静かな声で話していた渡辺くんは、そこで言葉をとめてうつむいた。不安だったけど、もう隠すのもつらくなっちゃったんだね……。
勇気を出してカミングアウトしたら、男子たちには非難の目を向けられるし、すごく傷ついたよね……。
渡辺くんの気持ちを考えるだけで胸が苦しくなるけど、何を言ったらいいのか分からない。前田くんも同じなのか、何も口をはさまずに黙って聞いている。
「だから、斉藤さんが言ってくれたことは嬉しかったよ。あんな風に思ってくれる人もいるんだね」
渡辺くんと目が合ったかと思えば、少し照れたように笑いかけてくれた。初めて渡辺くんに笑いかけてもらえて、なんだかすごくホッとする。渡辺くんが笑ってくれて、よかった。
カミングアウトするのもしないのも本人の自由だし、本当の自分を知ってほしいひともいれば、知られたくないひともいると思う。
だけど、私はあのとき、本心から渡辺くんをかっこいいと思ったんだよ。すごく勇気があって、戦える人なんだと思ったんだ。
私は渡辺くんみたいに本当の自分を認める勇気はないけど、もし私も渡辺くんみたいに自分を認められたら……。
「本当は、ずっとカミングアウトしたかったの?」
「……うん、ずっと悩んでた。スクールカウンセラーにも相談してたんだけど相性が合わなくて、保健室の酒井先生に話を聞いてもらってたんだ」
「そうだったんだね」
年上キラーだとか不倫だとか噂になってたけど、真相はそういうことだったんだ……。
「そういうこと。あ~あ……、なんかしんみりしちゃったね。この話はもうおしまいにしようか。
そういえば、昨日のブラジル戦見た?」
渡辺くんの話に前田くんは何かを考えこんでいるみたいだったけど、その話題を振られた途端にパッと顔を輝かせる。
「見た! すごかったよな、特に後半」
何のブラジル戦だろう?
この話題になったとたんに前田くんも渡辺くんも急に楽しそうだけど、オリンピックとか何かやってたかな? 普段スポーツ見ないからな……。
二人の話には全くついていけないけど、二人がすっかり仲直りして楽しそうにしている様子を見ていると私まで嬉しくなっちゃう。
「ごめん、俺たちばっかり盛り上がっちゃって。斉藤さんは、昨日のサッカー見た?」
「サッカーはあんまり見ないっていうか……、ルールもよく分からなくて……。ゴールにボールを入れたらいいんだよね?」
一人蚊帳の外状態になっている私を気遣ってくれたのか、前田くんが話しかけてくれたけど、とんちんかんな答えしかできない自分を呪う。
うぅ……。前田くんと話す機会があるなら、サッカーの勉強くらいしとけばよかった。
自分の無知さを呪っていると、いきなり前田くんが吹き出した。
「そこから? やっぱ斉藤さんって面白いな! いちいちツボる」
ええ……っ? どこらへんがツボにはまったんだろう?
お腹を抱えて笑いはじめた前田くんに、渡辺くんも笑いをこらえるように肩を震わせている。
何か変なこと言ったかな?
「え、と、私間違ってた?」
「合ってる合ってる。なぁ、圭佑?」
「まあ大体合ってるな」
なんか……からかわれてる?
なんで笑われてるのかいまいち分からないけど、でもいいかな? ふたりとも楽しそうだし。
今朝あんなことがあったなんて信じられないくらいに息ぴったり。
しばらく三人で話していると、バイトを終わらせてきたという珠希ちゃんも合流して、そこからは時間も忘れてみんなで盛り上がった。
「ごめんなさいね、あの子誰にも会いたくないって。せっかく和也くんたちがきてくれたっていうのに……」
肝心の渡辺くん自身は、完全にシャットアウト状態みたい。
渡辺くんのお母さんが困ったような顔で首を横に降る。お母さんの話によると、学校から帰るなり部屋に閉じこもってしまって、何があったか聞いても一言も答えてくれないらしい。
「そう、ですか。嫌だったらすぐ帰るから、少しだけでも話せないかって伝えてもらえませんか?」
前田くんはそう言って、渡辺くんのお母さんに頭を下げる。
「……あ! それと、何があっても友だちだから大丈夫だって伝えてください」
前田くんがそう付け足すと、渡辺くんのお母さんは少しだけ涙ぐみつつも笑顔を返し、二階に上がっていく。
*
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やっぱり渡辺くんと話すのは無理なのかな……。
前田くんもずっとうつむいてるけど、大丈夫かな……。
入れてもらった紅茶もとっくに飲み終わってしまい、壁時計のカチカチという音だけが異様に響く。
渡辺くんに会えないのは残念だけど、いつまでも居座るのも申し訳ないし、渡辺くんのお母さんがリビングに戻ってきたらもう帰った方がいいのかもしれない。
そんなことを考えながら気まずい時間を過ごしていると、渡辺くんのお母さんが戻ってきた。
「あの子、やっぱり会うって……。どうぞ二人とも上がって」
わ、やった……! お母さんが説得してくれたのか、気が変わったのか分からないけど、とにかく渡辺くんが会う気になってくれた。
前田くんと顔を見合せてうなずくと、彼の後について階段を上がる。
「圭佑? 俺。入ってもいい?」
階段を上がって、前田くんが固く閉ざされているドアをノックすると、すぐに中から渡辺くんの声が返ってきた。
「どうぞ。開いてるから勝手に入ってきて」
私たちはまたまた顔を見合せ、前田くんがためらいがちにドアを開ける。
「俺じゃなくて、ちゃんと名前を名乗ってくれない? 恋人じゃないんだから、声だけじゃ分からないよ」
私たちが入ってくるなり、渡辺くんはベッドにもたれかかったまま真顔でそんなことを言った。
お母さんから私と前田くんが来ていることは聞いてたはずだけど……。冗談……、なのかな?
冗談なのか本気なのかもよく分からないけど、制服とは違ってスウェットを着ているというだけで、渡辺くんはいつもと大して変わらないように見える。数時間前の渡辺くんとは別人みたい。
部屋もきちんと片付いていて、いかにも渡辺くんの部屋だなぁって感じだし……。
「あ~、ごめんごめん。あのさ……、圭佑って、彼氏……いたんだな。うちの学校のやつ?」
苦笑いを浮かべながらも、いきなり核心部分に切り込んでいった前田くんに思わずぎょっとしてしまった。いきなりそこ聞いちゃうの?
「彼氏?」
「昨日の夜デートしてたって聞いたけど、違うの?」
「……ああ。デートはしてたけど、まだ彼氏じゃないよ。出会いアプリで知り合った人」
「出会い系? 危なくないの? それって。知らない人と会うんだろ?」
「まあ、中には危ないのもいるらしいけど、俺は今のとこ大丈夫。それにこうでもしないと、なかなか出会えないから。自然な出会いがあるなら俺だってそれがいいけど、そんなの奇跡に近いし」
「そうなのか……」
いきなり核心部分に切り込んでいった前田くんにはハラハラしたけど、思いのほか渡辺くんも普通に会話してくれている。
「それよりさ、ふたりともいつまで突っ立ってるつもりなの? 座ったら?」
……座って良かったんだね。
てっきり早く帰ってとか言われるかと思ってたけど、なんだか意外と心を開いてくれてる?
いつまでも立ちっぱなしでいる私たちを呆れたような目で見てくる渡辺くんに促されるように、前田くんも私も床の上に座った。
座った途端にまた会話がなくなっちゃったけど、いい加減私も何か話した方がいいのかな。
ここにきてから一言も言葉を発してないけど、私って何のためにきたんだろう。
いや、でも、やっぱりここは、親友の前田くんに任せた方がいいのかな。私が口を開くと、また不用意なこと言って傷つけるかもしれないし......。
.....でも、そしたら、本当に私何のためにここにきたの?何にも役に立ってないよね。う~ん、でも......。
人の家にきているというのに、またぐるぐると考え込んでしまっている。こんなことを考え込んでる場合じゃないのに。
「ごめんっ!!」
また永遠に終わらない一人反省会に突入しそうだったけど、突然前田くんが床に手をついて土下座みたいなことを始めたので、思考が中断される。
......え? 前田くんどうしちゃったんだろう?
「いきなり何?」
「今日の朝、圭佑がみんなに色々言われてる時に何も言えなくてごめん。俺が一番に圭佑のことをかばってやるべきだったのに、俺も混乱して何も言えなかった。本当にごめんな」
「……別に謝る必要ないよ。それが普通だと思う」
頭を下げ続ける前田くんをチラッと見てから、渡辺くんはため息をついて視線をそらした。
「普通がどうとかじゃなくて! 俺自身が嫌だったんだよ。大切な友だちの圭佑をかばえなかった自分が許せなかったから……っ。だから、……謝りたい」
前田くんはガバッと顔をあげると、まっすぐに渡辺くんを見つめる。
前田くんって……、すごくまっすぐな人だな。元々憧れてけど、思った通りの……、ううん、思っていた以上にまっすぐな人で、なんだか……。
私に言われているわけでもないのに、すごくグッときてしまって胸が熱くなる。もしこんな風に自分のことを大切に思ってくれる人がいたら、絶対嬉しいよね……。
「もういいよ」
渡辺くんもそんな前田くんを見てハッとしたように瞳をうるませていたけど、再び視線をそらしてしまう。
「いいって、何が?」
「もう無理だろ、友達でいるの。あいつらだって、お前だって」
やっぱり渡辺くんは、今朝男子たちが友達でいるのはもう無理って言っていたことを気にしてるのかな。
前田くんはそんなこと思ってないよってつい言いそうになってしまったけど、やっぱりここは前田くんにまかせようと思って口を閉じる。私から言うよりも、前田本人の口からちゃんと聞いた方が絶対いいよね。
渡辺くんだって、きっと本心ではそう望んでるんじゃないかな......。
「何でだよ、これからも友達だ。何も変わらないよ」
「じゃあ聞くけど、お前これからも俺と今まで通り学校でも一緒にいれるの?」
「もちろん」
「今日のことが広まったら、俺と一緒にいるお前まで変な目で見られるかもしれない。それでも平気なの?」
「気にしない」
「……俺とハイタッチとかできるの? 気持ち悪いと思わないの?」
「できるよ。何で気持ち悪いんだよ」
「じゃあ……」
何の迷いもなくできると言われて、渡辺くんは言葉を探しているみたいだった。困ったように視線を宙に漂わせている。
「無理して友だちでいられない理由を探すなよ。俺は圭佑と今まで通り友だちでいたい。お前は違うの?」
「俺は……。……じゃあ何ですぐにそう言ってくれなかったんだよ。混乱してたって言うけど、本当は俺に引いてたんだろ?」
二人の会話を黙って聞いてたけど、ようやく渡辺くんの本音が聞けて胸が詰まったように苦しくなる。
渡辺くんも前田くんの反応が普通だって理解を示してたし、頭では仕方ないって思ってるんだろうけど、本心では悲しかったんだね……。
「ごめん、それは本当にごめん。本当のこと言うと、最初ちょっとだけ引いた。……ちょっとだけだからな?
でも授業中もずっと考えてたんだけど、好きになるのが男か女かの違いぐらいで、そんなにたいした問題でもないよな。……たいした問題かもしれないけど、俺と圭佑が友達でいるのにはそれって関係ないと思うんだ。俺のことが好きとか言われたら、そりゃ対応に困るけど、それは女子の友達でも同じことだよな。
とにかく圭佑とはこれからも友達でいたいし、ハイタッチでもなんでもできるよ。なんならキスだってできる」
……えっ。キス? それまでじっと見守っていたけれど、予想外の前田くんの発言に驚いて、思わずまじまじと前田くんの顔を見てしまった。
だって、キスって……。
「は? なんで俺が和也とキスしなきゃいけないの?そんなこと頼んでない。
男なら誰でもいいわけじゃないんだけど。逆にバカにしてるだろ、それ」
「分かってるよ! 本当にするとかそういうのじゃなくて、それくらいの勢いでってことだよ。あ~……! 上手く言えないけど、それくらい圭佑が大事だし失いたくないってこと!」
「意味はよく分からないけど、なんとなく言いたいことは伝わってきた。はぁ……、もう本当にお前って……」
渡辺くんは両手で覆うように顔を隠して、それから絞り出すような声で「ありがとう」と言った。
「なんだよ~。泣くなよ~」
顔を隠してしまった渡辺くんの背中を、前田くんはニヤニヤしながらたたく。
「泣いてない!」
嫌そうにそれを振り払う渡辺くんの目はどことなく潤んでるようにも見えるし、本気で嫌がってるようにもみえない。そんな二人のやりとりを見ていると、なんだかまた胸が熱くなってきて……。
「それで、何でまた斉藤さんは泣いてるわけ?」
うっかり涙ぐんでしまった私に、渡辺くんはすっかりあきれている。
今朝もよく分からないとこで泣いたばっかりだし……。きっと、よく分からないとこで泣き出す変な女のイメージがついてしまったに違いない。
「ごめ……なんか感動して……」
「ハハッ、なにそれ。斉藤さんって面白いな!」
渡辺くんには呆れられ、前田くんにはなぜか笑われちゃった。
ああもう、穴があったら入りたい。
入るだけじゃなくて、二度と出てこれないように自分を埋めたい。
結局何の役にも立ってないし、私一体何のためにここにきたのかな。
「斉藤さんも……、ありがとう」
「えっと……なにが?」
またいつものように自己嫌悪に陥ってると、渡辺くんから意外な言葉をかけられて、ぱっと顔をあげる。
私、何かお礼を言われるようなことしたかな。
「今朝言ってくれたこと、嬉しかった。あんな風に言ってもらえるなんて思ってなかったから」
「今朝?」
「かっこいい人だと思ったって言ってくれたこと」
「あれは……」
「一部の人は分かってくれても、学校では普通の振りしてないと浮くよね。だからずっと隠してたけど、本当は.......、本当の自分を分かってほしかったんだ。女子を好きになれないのに興味がある振りをするのも、彼女がほしい振りをするのも嫌だった」
「うん」
分かるよ、と言おうとして、言うのをやめた。
今まで一人で苦しんできた渡辺くんの苦しみがどれほどのものかも知らないくせに、軽々しく「分かるよ」なんて言うのは違う気がしたから。
だから言えないけど......、でも、分かるよ。
みんなから浮きたくなくて、普通の振りをしてる気持ちも。必死で普通の振りをしながらも、本当は普通ではない自分、本当の自分を認めてほしい気持ちも。
……分かるよ。
「あのとき、もし違うと言い通せば、もしかしたらまだ隠しておけたかもしれない。だけど、無理だったんだ。もうこれ以上隠せなかった。みんなにどう思われるかはすごく不安だったけど」
静かな声で話していた渡辺くんは、そこで言葉をとめてうつむいた。不安だったけど、もう隠すのもつらくなっちゃったんだね……。
勇気を出してカミングアウトしたら、男子たちには非難の目を向けられるし、すごく傷ついたよね……。
渡辺くんの気持ちを考えるだけで胸が苦しくなるけど、何を言ったらいいのか分からない。前田くんも同じなのか、何も口をはさまずに黙って聞いている。
「だから、斉藤さんが言ってくれたことは嬉しかったよ。あんな風に思ってくれる人もいるんだね」
渡辺くんと目が合ったかと思えば、少し照れたように笑いかけてくれた。初めて渡辺くんに笑いかけてもらえて、なんだかすごくホッとする。渡辺くんが笑ってくれて、よかった。
カミングアウトするのもしないのも本人の自由だし、本当の自分を知ってほしいひともいれば、知られたくないひともいると思う。
だけど、私はあのとき、本心から渡辺くんをかっこいいと思ったんだよ。すごく勇気があって、戦える人なんだと思ったんだ。
私は渡辺くんみたいに本当の自分を認める勇気はないけど、もし私も渡辺くんみたいに自分を認められたら……。
「本当は、ずっとカミングアウトしたかったの?」
「……うん、ずっと悩んでた。スクールカウンセラーにも相談してたんだけど相性が合わなくて、保健室の酒井先生に話を聞いてもらってたんだ」
「そうだったんだね」
年上キラーだとか不倫だとか噂になってたけど、真相はそういうことだったんだ……。
「そういうこと。あ~あ……、なんかしんみりしちゃったね。この話はもうおしまいにしようか。
そういえば、昨日のブラジル戦見た?」
渡辺くんの話に前田くんは何かを考えこんでいるみたいだったけど、その話題を振られた途端にパッと顔を輝かせる。
「見た! すごかったよな、特に後半」
何のブラジル戦だろう?
この話題になったとたんに前田くんも渡辺くんも急に楽しそうだけど、オリンピックとか何かやってたかな? 普段スポーツ見ないからな……。
二人の話には全くついていけないけど、二人がすっかり仲直りして楽しそうにしている様子を見ていると私まで嬉しくなっちゃう。
「ごめん、俺たちばっかり盛り上がっちゃって。斉藤さんは、昨日のサッカー見た?」
「サッカーはあんまり見ないっていうか……、ルールもよく分からなくて……。ゴールにボールを入れたらいいんだよね?」
一人蚊帳の外状態になっている私を気遣ってくれたのか、前田くんが話しかけてくれたけど、とんちんかんな答えしかできない自分を呪う。
うぅ……。前田くんと話す機会があるなら、サッカーの勉強くらいしとけばよかった。
自分の無知さを呪っていると、いきなり前田くんが吹き出した。
「そこから? やっぱ斉藤さんって面白いな! いちいちツボる」
ええ……っ? どこらへんがツボにはまったんだろう?
お腹を抱えて笑いはじめた前田くんに、渡辺くんも笑いをこらえるように肩を震わせている。
何か変なこと言ったかな?
「え、と、私間違ってた?」
「合ってる合ってる。なぁ、圭佑?」
「まあ大体合ってるな」
なんか……からかわれてる?
なんで笑われてるのかいまいち分からないけど、でもいいかな? ふたりとも楽しそうだし。
今朝あんなことがあったなんて信じられないくらいに息ぴったり。
しばらく三人で話していると、バイトを終わらせてきたという珠希ちゃんも合流して、そこからは時間も忘れてみんなで盛り上がった。
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