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4話 珠希ちゃんと渡辺くん

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「そういやさぁ、保健室にくるくらいなんだから、つっきー体調悪かったんだよね。
ごめんね~、あたしの話に付き合わせちゃって。あたし、夢中になるとすぐにまわりが見えなくなるんだ。ほんとごめんっ」
 
 保健室を出たとたん、珠希ちゃんに目の前でごめん!と手を合わせられたけど、笑いながら首を横にふる。
 
「ううん、大丈夫だよ。
珠希ちゃんと話してたら、逆に元気が出た」
 
 珠希ちゃんと話していたら、いつのまにか頭の中のザワザワも止まっていた。きっと珠希ちゃんがいなかったら、私は保健室でも延々と一人反省会の続きをしていたと思う。
 
 珠希ちゃんがいてくれて良かった。
 
「本当~? それならよかったぁ」
 
 笑顔を向ける珠希ちゃんに私も笑顔を返す。普段は中々笑えなくて、無理矢理笑顔を作ってるのに、珠希ちゃんといると自然に笑顔になってしまう。
 
 珠希ちゃんって本当に明るくて、裏表もなくていいな。どうしたらこんなに明るい性格になれるんだろう。
 
「あの、珠希ちゃんは大丈夫なの?
失恋……」
 
 私ばっかり元気をもらっちゃったけど、そういえばと珠希ちゃんの失恋話を思い出す。
 それを切り出すと、珠希ちゃんは大げさに泣き真似を始める。
 
「大丈夫、……じゃな~い。え~ん、悲しい……あっ! 圭佑じゃん!」
 
 大げさに泣き真似をしてたけど、向こうのほうからうちのクラスの渡辺くんが歩いてきたのを見つけると、珠希ちゃんは勢いよく手を振った。
 
 渡辺くんの方も小さく手をあげて、それからいつものクールな表情をほんの少しだけゆるませる。
 
 渡辺くんでも、あんな顔するんだ。
 渡辺くんでも、って言い方は失礼かもしれないけど、渡辺くんが女子に笑いかけるの初めて見た気がする。
 
「なに~? また保健室?
またなんかあったの?」
 
「いや、今回は良いこと」
 
「ふ~ん? 今度あたしにも教えてよ?」
 
 渡辺くんと珠希ちゃんはすれ違う時にそんなことを話していたけど、なんだか二人にしか分からない会話という感じですごく親密そう。
 
 なんとなく渡辺くんを目で追っていると、渡辺くんは慣れた様子で保健室に入っていった。みんなが言っていたように、休み時間にはよく保健室に行くのかな。
 
 それも気になるけど、渡辺くんと珠希ちゃんがずいぶん仲良さそうだったのも気になる。
 
「珠希ちゃんと渡辺くんって仲良かったの?」
 
 教室までの階段を上りながら、気になったことを聞いてみると、珠希ちゃんはにやりと笑う。
 
「まあね。ていうか、元カレ?
あれ、知らなかった?」
 
「ええっ? そうなの?」
 
「一年の時にちょっとだけ、ね~。
でもすぐ別れたから、つっきーは知らないか」
 
 珠希ちゃんと渡辺くんが付き合ってた?
 何でもないことのようにさらっと衝撃的なことを暴露されて、さすがにびっくりしてしまった。
 
「そうなんだ。別れたのに友だちでいられるなんてすごいね」
 
 誰とも付き合ったことがないから分からないけど、そういうものなのかな? さっぱりしてて珠希ちゃんらしいと言えば、らしいけど……。
 
「あ~、あたしも元カレと友だちになるとかムリ~。圭佑だけはなぜか友だちなんだよね。
あいつもさっぱりしてるし、意外とイイヤツだからさ」
 
 渡辺くんのことを話す珠希ちゃんは、いつもの元気で明るい珠希ちゃんとは少し違って、おだやかな笑顔を浮かべている。

 よく分からないけど、元カレの中で渡辺くんだけが特別なんだね。
 渡辺くんもなんとなくいつもと違ってて、珠希ちゃんには優しかったような気もする。
 
 本当にもうお互い友だちとしか思ってないのかな?
 
「もしかして、今でもちょっと好きだったりするの?」
 
「え~アハハハハ、なにそれやめてよ~。
やだやだ、ナイナイ。あたし前カレ一筋だったもん」
 
 渡辺くんのことをまだ好きなのか聞くと、珠希ちゃんはおかしそうにケタケタ笑いながらもきっぱりとそれを否定した。  
 珠希ちゃんは笑い過ぎて出た涙をぬぐうと、私の顔をおかしそうにじっとのぞき込む。
 
「あたしだよ?
好きな気持ちを隠して、友だちでいられると思う?もし今でも圭佑のこと好きだったら、もっとがつがついってるって」
 
 それもそうかも……。
 珠希ちゃんって良くも悪くも嘘がつけないタイプだし、もしもまだ渡辺くんのことが好きだったら隠せないだろうな。
 
 そもそもわざわざ隠したりしないで、積極的にアピールしてそう。
 
 納得してそうだねと頷くと、珠希ちゃんは分かればよろしい!となぜか得意気な顔をした。
 
 もう今はただの友だちみたいだけど、珠希ちゃんと渡辺くんは昔付き合ってたんだ。

 やっぱり噂って当てにならないな。
 みんなは渡辺くんが人妻キラーだとか年上しか好きになれないみたいなこと言ってたけど、普通に同世代の珠希ちゃんと付き合ってたんだね。
 
「じゃ、あたしここだから。またね」
 
「うん、またね」
 
 珠希ちゃんは二年二組の教室の前で一度足をとめ、私に手を振ってから教室に入っていく。
 
 珠希ちゃんのおかげか、私が教室に戻る足取りも、保健室に行く前よりも軽くなっている気がした。
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