お願い!猫神さま

春音優月

文字の大きさ
上 下
3 / 4

3、恋の行方

しおりを挟む
あれから数日が過ぎたが、優は猫神様から言われたことをずっと考えていた。

神様には、人間の心のあり方を変えることはできない。

(結局は、自分が変わらないと何も変わらない……)

「一歩を踏み出す勇気、か……」

考えすぎて、図書室の当番の最中もついそんな言葉が口を出てしまう。

図書委員は昼休みと放課後に図書当番を二人でやることになっているが、昼休みはともかく、放課後の図書室はほとんど人がこなかった。

やることもなく、なぜかもう一人の図書当番の子もこないので、暇を持て余してついつい優は考え事をしてしまっていたが……。

「どうかしたの?」

「わわっ!藤堂先輩!?どうして、……っ?」

綾が突然目の前に現れて、優はガタタッと椅子から立ち上がる。

優の学校では、一年生と二年生がペアになって当番をすることに決まっていたが、今日のもう一人の当番は綾ではなかったはずだ。

予想外に想いびとが現れ、優は動揺が隠しきれない。

「今日の当番の子が風邪を引いてお休みらしいから、私が代わりにきたの。ごめんね、遅れちゃって」

綾は理由を説明すると、椅子から立ち上がったまま座ろうとしない優に座るように促す。

綾も優の隣の椅子に座り、当番の業務につくが、相変わらず図書室には人がこない。

「人、こないね。
お昼休みに本を借りていく人がほとんどだからかな?」

「そ、そうですね……。ひまですよね……」

「そうね。でもね、私は静かな図書室でゆっくり過ごす時間も好きよ」

「そうなんですか……」

気を遣ってくれたのか綾が話しかけてくれたが、優が即座に話を終わらせたため、少しも盛り上ることなく話は終わってしまった。

(あああ……!何をやってるんだ、僕は。
せっかく先輩と二人きりというまたとないチャンスなのに!話を終わらせてどうする)

優は一人で猛省していたが、自分から話しかける勇気はもちろんない。

ちらりと綾の様子を伺うと、手持ち無沙汰な状況にも関わらず綾は背筋を伸ばし、その横顔は凛として美しかった。

綾はしっかりしていて真面目だけど、お堅すぎるわけでもなく、優みたいな一年生にも気軽に話しかけてくれる。やはり綾は、優から見たら完璧に見えた。

優のようなごく普通の高校生にとっては手の届かない高嶺の花なのだろうか?

(先輩と僕じゃ釣り合わないのは分かってる、けど……)

叶わない恋だとは分かっていても、優は綾のことが大好きだった。このまま諦めるのは簡単なように思えるかもしれないが、簡単に諦められないからこそ神社通いまでしていたのだ。

告白まではいかなくても、せめて少しでも親しくなれたら……。優はそんなことを思いながら何度も隣の綾に話しかけようとしたが、ギリギリのところで出かかった言葉が出てこない。

「何をやっておるのじゃ、お主は」

優がうだうだと悩んでいると、どこからか猫神様の声が聞こえてきて、優はとっさに立ち上がって辺りを見回す。

すると、綾と優のちょうど真上の辺りに猫神様が浮かんでいて、優は思わずあんぐりと口を開けてしまった。

「な、……!?どうしてここに……!?」

「水沢くん、どうかしたの?」

優の目にははっきりと猫神様のお姿がうつっていたが、綾には何も見えていないようだ。立ち上がって、天井を凝視している優を不思議そうに見つめている。

「あ……いや、何でもないです」

なぜだか分からないが綾には何も見えていないようだし、ここで猫神様がどうこうと言い出したら、完全におかしいと思われるだろう。

優は苦笑いを浮かべながら椅子に座ると、今度は隣の綾に気づかれないように、口パクでこっそりと猫神様に話しかける。

どうしてここにいるんですか、と。

「そんなことはどうでもよいから、早う話しかけよ。せっかくの好機じゃろう」

(で、でも……)

「ええい、まだるっこしいやつじゃのう」

まだうじうじしている優に猫神様は舌打ちしてから、思いきり優の背中を押した。体のバランスを崩した優は、隣にいる綾の肩に手を乗せてしまい、ちょうど呼びかけるような形になってしまう。

「ん?何?どうかしたの?水沢くん」

(うわー、うわー!!
さすがにこれは強硬手段過ぎる)

自分に出来るのは、人間が前に踏み出す勇気を与えることだけだと猫神様は言っていたが、まさかこんな物理的な手段だと思っていなかった優はパニック寸前だった。

しかし、すでに綾は振り向いてしまっているし、何か話しかけなければいけない。

(何か話題、話題、……、そうだ!)

真っ白になりそうな頭で色々考えた結果、優の頭に浮かんできたのはたった一つだった。

「あの、あの、……、先輩は、どんな猫が好きですか!?」

「……それはないじゃろう」

猫神様が大きくため息をついた瞬間、優本人もため息をつきたい気分だった。

(またやらかした……!
いくらなんでも唐突すぎるだろ、僕。
会話下手すぎない!?)

「どんな種類の猫も大好きだけど、一番好きなのは短毛種の猫なの。三毛猫や、トラ猫が好きよ。活発でやんちゃなところもあるけど、元気でとっても可愛いでしょう?」

またも優は猛省していたが、意外なことに綾は目を輝かせ、食い付いてきた。どうやら前情報の通り、根っからの猫好きらしい。

「ふむ……。
綾は見る目があるのぅ。
最近ではおとなしい長毛種も人気なようじゃが、三毛やトラは日本古来から親しまれている日本猫じゃからの。日本人には一番馴染みのある猫じゃろう」

猫神様も綾の答えを聞いて、納得したように何度も頷いている。

「え、あ、ですよね……!
毛が短い方が手入れしやすそうですし、さっぱりしてていいですよね」

「ふふ、夏はとくにそうよね」

相変わらず優はから回っていたが、それでも綾は大好きな猫の話を出来るのがよほど嬉しいのか、楽しそうにクスクス笑っている。

それから、図書室が閉まるまでの間、綾はイキイキと猫の話を続け、優は会話を膨らませるまではできなかったが、盛り下げないようにひたすら相づちを打ち続けた。

「今日は楽しかったわ。
私ばっかり話していて、ごめんね?」

「いえいえ!そんな!僕もめちゃくちゃ楽しかったです。勉強になりましたし!あ、あの……」

図書室の施錠をしながら、綾に笑顔を向けられ、優も即座に返事をするが、そこでいったん言葉をとめた。

(ここで何も言わずに別れたら、また昨日までと同じだ。せっかく猫神様が勇気をくれたんだから、僕だって……)

優は一大決心をすると、大きく息を吸い込む。

「……、もしよければ、また猫のこと教えてくれませんか?」

「何をやっておるのじゃ、お主は……。
そこは連絡先を聞かぬか!」

上を見なくても、猫神様が盛大にずっこけている様子が目に浮かぶようだったが、それは優の精一杯の勇気だった。

「ええ、もちろんよ。
また猫の話いっぱいしましょうね?」

ふわりと笑った綾は、今までで一番綺麗で、優はその笑顔に釘づけになってしまった。

「想像と違ったが、まあ良いか。
一歩前進じゃのぅ?」

猫神様が優に話しかけていたが、嬉しさと綾の美しさに固まってしまった優の耳には、それは届いていなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冷たい舌

菱沼あゆ
キャラ文芸
 青龍神社の娘、透子は、生まれ落ちたその瞬間から、『龍神の巫女』と定められた娘。  だが、龍神など信じない母、潤子の陰謀で見合いをする羽目になる。  潤子が、働きもせず、愛車のランボルギーニ カウンタックを乗り回す娘に不安を覚えていたからだ。  その見合いを、透子の幼なじみの龍造寺の双子、和尚と忠尚が妨害しようとするが。  透子には見合いよりも気にかかっていることがあった。  それは、何処までも自分を追いかけてくる、あの紅い月――。

離縁の雨が降りやめば

月ヶ瀬 杏
キャラ文芸
龍の眷属と言われる竜堂家に生まれた葵は、三つのときに美雲神社の一つ目の龍神様の花嫁になった。 これは、龍の眷属である竜堂家が行わなければいけない古くからの習わしで、花嫁が十六で龍神と離縁する。 花嫁が十六歳の誕生日を迎えると、不思議なことに大量の雨が降る。それは龍神が花嫁を現世に戻すために降らせる離縁の雨だと言われていて、雨は三日三晩降り続いたのちに止むのが常だが……。 葵との離縁の雨は降りやまず……。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

処理中です...