四大国物語

マキノトシヒメ

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始まり

第二話乃三

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 この日は、イオン国営放送中央局で週に一度放送されている「テー女史予報の時間」の放送日である。これは生放送で送られるリアルタイム情報番組である。放送時間は10分。夜のメインニュースの前の時間帯で放送されている。
「…そして、来年はインフルエンザの流行が予測されます。各関係機関、準備を怠りなきよう、お願いします」
「ありがとうございました。それでは今週のテー女史予報の時間を終了いたします」
「カット」
「お疲れ様でした」
 テーはスタジオを出て、次の放送局へ向かう。
「お疲れ様でした。はい、どうぞ」
「ありがとう。今日はもうひとつあるんだったわね」
 テーはマネージャーのルルーからお茶を受け取り、一口飲む。
「はい。次はZBCの「トークの間」ですね」
「ああ…また面倒そうな番組ねえ」
「テー様、テレビ出演はみんなめんどくさいって、言ってるじゃないですか」
「そうよ。あたしは人と顔を突き合わせてるのが好きなの。あら、このお茶いつもとちょっと違うわね。美味しいけど」
「わかりますか? 最近話題になってる、セイオウのバーズ茶を仕入れてみたんです」
 これからテーが向かう局の番組は、過去にも何度か制作されていた、テー女史の歴史を紐解く的な番組である。何番煎じかわからないくらいの番組だが、テー出演の番組は視聴率が高く、数字を取りたい局がテー様頼みで作るわけである。

 元々、テーことフミヲ・ムラカは、魔法とは何の関係もなく、普通にイオンの商社に就職した、普通の女子高生だった。ジプルヤンニ出身である。
 昔のジプルヤンニはその特異な地形から、外交を禁じた鎖国の時代もあったのだが、今では外交に積極的な国のひとつになっている。鎖国時代に独特の文化を作り上げ、現在でもジプルヤンニ独特の文化は海外からもたらされたものと一部融合した面もあるが、その文化に惹かれて来訪する者も多い。
 その他国にない特徴的な文化を守るものがいる一方で、広大な世界に目を向け、世界に出て行く者もいる。フミヲはそんな中の一人であった。
 ところが、就職一年後に商社があっさり倒産。まだ若いフミヲはめげることなく、アルバイトで生計を立てつつ、次の就職先を探していた。しかし、なかなか就職先は見つからない。資格も何もない女子にとって、当時の就職事情はかなり厳しかった。それでもなんとか借金はせずに生活するだけの収入は得ていた。
 そして番組制作やら出版本向けの表現としては「運命の」とされる仕事との出会いがある。
 占い師である。
 テーが占術師であるから、感嘆の声を上げる者もいようが、占術師と占い師は似ているようで、全く異なるものなのである。
 占術師は占術系魔法によって、答えを出す。確かに未来を予測する予測術は的中確率はさほど高くないが、物品や人の過去を見る過去問術や、物品の内部探査、不明な物品や人物を探る現視術はかなり精度が高い。残念ながら、状況を細かく表現できる回答ではなく、過去問術は、その物や人物に関連した単語が二つから多くとも三つ浮かび、現視術は同様にイメージが二つから三つ浮かぶだけで、そこから予想しなくてはならないという点はあるのだが。
 一方、予測術はイメージであったり単語であったり、時には文章であったりと様々だが、これは未来を予測する方向が多岐にわたるためである。
 そのように魔法によって得られたものを、いかに依頼者のいる状況に合わせてゆくか、その情報を依頼者から引き出す話術も重要となってくる。
 これに対して、この世界における占いというのは、基本的な手法としては、いわば全肯定である。
 気になる人との相性を求められれば、悪いこと、良いことの内容を両方あげて、悪いことに関しては、それをいかに努力して解消してゆくかという言い方をし、良いことには、それを伸ばせばよいと言う。
 そして総じて内容も曖昧で、はっきりとしたハズレにならない文言になっている。だから、相談者もなんとなく当たったような気になるわけである。これは対話の一手法でもあり、自分の問題となる事を話して、気分が落ち着くという効能が大きい。それゆえ、先程にような内容であっても、詐欺師呼ばわりされるようなことはないのである。
 さて、フミヲの行った占い師のアルバイトであるが、これも正確には占い師の場所取りだったのである。占い師には魔術師にあるような協会組織や組合のようなものはなく、個人営業である。
 占いを行なおうとする場所は届け出が必要であり、管理する地域組織へ、公共の場であれば警察へ、個人の土地であればその所有者への届出をして行われる。そして、営業場所というのは、通例的に占有権はあるが、早い者勝ちであるとも言える。私有地の占有契約なら別だが、公共の場所では三日も休むと他の者に場所を取られてしまう事もある。フミヲの行ったアルバイト元の占い師は、一週間ほど実家に戻らなばならない用事があり、その間の場所取りを募集したのであった。これは営業活動の安定を図る内容の一つとして、申請すればほとんど認められている。ただし、申請なしに連続二日以上他者に任せるのは違法となる。
 そのアルバイトもフミヲとしては、条件が合って、他よりも実入りが良かったからという理由で選んだだけだった。
 そこでのアルバイトは、場所取りにただ座っていればいいというわけではない。占い師らしい格好でいなければならない。もちろん、アルバイトがそんな格好の衣装を持っているはずもないので、占い師の服のサイズに合う者が条件であった。
 確かに服のサイズはほとんどぴったりではあったのだが、実のところ、バストサイズが豊かなフミヲには胸のところが結構…きつかったのだが、占い師もフミヲの他に応募がなく、ちょっとばかり複雑な気分でフミヲに場所を任せた。占い師がフミヲにレクチャーしたのは、基本的にやんわりとした断りと再度の来店を促すセールストークである。それでも、何かできることがあるのであれば、占いのようなものをしても良いとは言った。
 しかし、四日目になって状況が変わった。客が来るようになったのである。フミヲの顔だちはよく言えば素朴。悪く言えば田舎っぽい。だが目はぱっちりとしていて、印象的である。それが目についてか、四人ほどの学生の団体が来て、フミヲと話をした。フミヲは始めから自分はアルバイトであり占いはできないことを話したが、彼らも横柄な態度でなく、単にフミヲとの会話を楽しんでいる様子であった。フミヲの方もここ数日ほとんど例のセールストークばかりで、ちょっとばかりうんざりしていたので、同年輩の学生との会話は楽しかった。その中で半ば冗談で占いの真似事をして、手を取って何か適当な事を言って、ちょっと笑いでも取ろうとか考えた。しかし、である。
「トラジマの猫? シュレンプさん?」
「えーなにそれ?」
 笑いながら言ったのは手を取った人とは別の男性である。しかし、フミヲが手を取った女性は、びっくりした表情でフミヲを見つめていた。
「その猫の他のこと何かわかる?」
 女性が食い下がってくる。フミヲも自分に何があったのかよくわからない。しかし、見えたものは覚えていた。
「え、ええと、目の色が左右違う」
「ミーコだぁ。シュレンプさんって言った? ああそれならきっと大丈夫」
 聞くと、彼女の家の飼い猫がここ数日帰ってこなく、心配していたとのことだった。シュレンプというのは、近所のネコ屋敷の人なのだが、飼い方はきちんとしていて、周辺に迷惑をかけるような事はしていないという。
「すごいじゃん。これって占い? 魔法じゃないの?」
「いえ、あたしは魔法なんて何も知らないです」
 次の日、昨日の女性が礼をしに来てくれた。ミーコは足に怪我を負っていて、くだんの家に保護されていたのだという。この事が口コミで広まり、六日目にはその日が日曜日であったこともあり、結構な数の客が来た。ほとんどは何も見ないで、追い返すに近い状況だったのだが、これは周辺の魔術師の客を奪う形にもなってしまった。
 本来は自由競争であり、良いと思ったところを客が選択するのであるから、文句をつける筋合いはないのだが、急激な集客は、違法な景品などの何か不正規な内容があるのではないかと疑いを持たれたのである。
 その状況を探るために、当時のザムテーク魔法協会会長が直接にフミヲのところを訪れた。いくらなんでもいきなり何かやっているだろうでは、対応に問題があるので、客として様子を見ることとしたのである。
 七日目、フミヲにとってはアルバイトの最終日である。それでも衣装など、きちんと準備を整えて、夕刻に店を広げた。周辺の会社はまだ終わっておらず、人通りもまばらだ。
「昨日はまいったなあ。結局あれってなんだったのかしらん。神様が? 頑張ってるご褒美に? いやいや、ないって。今日は最後だし、また断りのセールストークで過ごそ」
 まだフミヲにとって魔法は、自分と関係のない他の所の事という認識であったため、学生に魔法ではないかと言われたことすら頭に残っていなかった。
「お願いできますかな」
 早速客が現れる。上品な感じの白髪の男性は、ザムテーク魔法協会の会長である。それにしても、会長職の者がわざわざ出動する事案なのかと言われれば、そうとは言えないのだが、まあ、言ってみれば「ちょっと暇だったからたまたま耳に入った事案をやってみた」というわけで。
 無論、経験のないことを強引にやろうとしたわけではなく、過去にこういった折衝関連の仕事の経験もあっての事なのだが。
「あ、すいません。私はアルバイトで」
「いえ、是非お願いします」
「あのう…」
「お願いします」
 会長の言動は静かであったが、押しはかなり強かった。フミヲはあきらめて息を一つ深呼吸して、客としてきちんと対応するように気持ちを切り替えた。
「それでは何を見ましょうか」
 この問いに、ちょっと会長は詰まった。そういう事は考えていなかったのである。結構迂闊な人である。
「ええと…家内とケンカをしてしまって、どうしたらいいものかと」
 とっさに会長の頭に浮かんだのが、三日ほど前の奥さんとの口喧嘩だった。始まりは些細なことだったのだが、今でも家の空気がちょっと微妙である。
「あら、そのお歳で奥様とケンカができるなんて、お互いを認められているからこそですわ。それでは手を」
 意外とスラスラと褒め言葉が出てくるが、話術は商社時代に培ったテクニックで、こういう人との対話には重宝する。元々、人見知りしない性格でもある。フミヲは、女学生にやった時と同じように会長の手を取った。が、今度は何も浮かばない。仕方なく、レクチャーを受けていた、褒め方向の曖昧な言葉でお茶を濁す事を考えた。だがその瞬間、フミヲの脳裏に二つのイメージが浮かんだ。
(なんと!)
 そして、会長の目には色とりどりの光がフミヲの体から発せられ、特に手の光は凄まじい強さの光を放ったのが見えた。少しの間、視界がくらむほどであった。
 会長は魔力が「見える」人であった。この能力は百万人に一人とも、一千万人に一人とも言われている。魔力の可視化については様々な方法が模索されているが、現代においてもまだ実現化していない。魔力を蓄積する魔石というものを利用した測定装置は開発されたが、可視化はまだまだである。
 この時代では「見える」人の存在は証明されていたのだが、それも二十年ほど前の話で、その数のあまりの少なさゆえに未だに信用しない者もいる。古い時代では、魔力が「見える」などということは、妄想でしかなく、力説するものは狂人扱いを受けていた。それゆえ「見えて」いた人もその事をひた隠しにし、一生その事を何も表さずに終えた人も多かったと考えられている。事実、会長も当初は誰にも「見える」事の話はしていなかった。
 エンガル王国のランベン教授の論文(これも抹消される危険にさらされていた)と教授の弟子たちとの出会いがなければ「見える」ことの証明も、まだかなえられていなかったかもしれない。
 「見える」事が何の役に立つかと言われれば、はっきりと言えば、ほとんど何もないこともその一因であろう。そういった諸々のことから、魔力が「見える」能力に対する固有名詞もなく、このような表現になるのである。
 魔力が「見える」事の詳細も判明していない。目で見ているわけでないことは確認されているが、どこが魔力を「見て」、どのように視覚化しているか、わからないことだらけなのである。
 そして、フミヲの脳裏に浮かんだものとは。
「桜…マナカスルの桜、それから、ハルグンパイ(ハルガン松の実のパイ)」
「ああ…」
 会長の顔に笑みが浮かぶ。その答えにもまた満足していた。
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