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その九
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●その九
翌朝、昨晩の豪雨が嘘のように晴れ渡った。
キャンプ場を出たのは八時過ぎ。早めにチェックアウトして、朝食を取ってから先だって話をしていた富美山湖に向かっていた。
湖としてはかなり大きく、遊覧船も最大で一時間にもなるコースがある。今回はそのコースに予約を入れてある。そのコースの目玉の一つに船でしか行けない巨大洞窟があった。その洞窟の最深部には天井部が落盤によって開いており、そこから見える空も中々に幻想的な景色になるということで、人気のあるものでもあった。
夏休み期間中とあって、駐車場もかなり混んではいたが、早く出た事が奏してか、まだ四、五台の空きはあった。
翔太はここに来るまでに、大輔と裕美の二人の様子を見ていたが、昨日までとは違うものを感じていた。違和感ではない。より気心が知れたような雰囲気であり、ベタベタしてはいないが、仲が深まった事が感じられた。
車を降りて、遊覧船に向かう。こちらの方にも、昨晩の雨は来ていたようで、あちこちに水溜りが残っていた。
遊覧船が出発すると、周辺の見どころなどの案内が放送されて、船内を移動する人が増えた。そんな中、裕美は美鈴と何か話をしており、大輔は翔太のところに来て、少しの間無言でいたが、おもむろに話を始めた。
「俺たち、結婚することにしたよ」
「そうか。今日は何か昨日までと雰囲気が変わっていたのは、そうだったのか」
「違っていたか」
「ああ。でも、いい感じにだ」
「そうか。なら良かった」
そこで一旦会話は途切れたが、大輔が違う話題を振ってきた。
「なあ、三法屋さんって、どういう人なんだ」
「何かあったか」
「まあ、あったと言えば、あった。いい意味でだけどな」
大輔は裕美の話した、美鈴とのことを話した。
「そういうわけで、三法屋さんには感謝してる。それは裕美も同じなんだが、三法屋さんに興味が湧いてしまったというか、多分、裕美はその事で突っ込んだ話をしに行ってるんだと思う」
「なるほどなあ。でも、それなら、本人に直接聞くといいよ。岩坂さんにも話はしたと思うけど、特別隠すようなこともないからね」
「でだ」
「?」
「お前自身は、どう思ってるんだ。三法屋さんを」
翔太自身、そろそろ、その話題に飛ぶんじゃないかとは、予想はしていた。二人が収まるところに収まったのなら、周囲に目が行くのは当然の成り行きであろう。
「好きだよ。でも、あくまで友人としてな」
当たり障りのない回答、というやつである。
「本当にか」
「付き合いは長いよ。でも、あくまで…」
翔太は言い淀んでしまった。考えてみれば、友人がらみとはいえ、ここまで長く美鈴と共に過ごしたことはなかった。二人きりで居た時間ならば、これまでにないといえるだろう。それでいて、退屈だと思えた事などなにもなかった。レジャーの行動内であるとしても、自分自身、美鈴と共にいた、今もまだその内であるこの四日間は、掛け替えのないものだと思える。今はっきりとその事を思い知らされた。
だが、美鈴の気持ちを無視することはできない。美鈴がどう考えているか。
普段の美鈴のことはわかっているつもりではあったが、自分をどう思っているかについては、親しい友人である以上の感情があるのかどうかは、自信がなかった。
「家と神社が昔から関係があって、俺も神社の事務関係で働くことになった。美鈴は神社の催事を取り仕切ることもたまにあるから、顔を合わせる機会が多いというだけだよ」
遊覧船はコースの半分を過ぎて、いよいよ洞窟へと進入していった。
洞窟と銘打ってはいるが、幅はもちろん、高さも充分に余裕のあるところで、船舶関係の設備を入れたら、ドックにでもなりそうだった。この遊覧船も普通の船とは違う、観光用の装飾でマストなどを設置した船である。高さだけはかなりのものがあり、それが余裕で入っていけるのだ。
内部には、照明も設置されているが、雰囲気を壊さぬようにかなり暗いものになっている。
洞窟の最奥にある、上部が貫通している場所は、上空からの光が差し込んで、その中央がスポットライトでも当たっているかのように見える。
その場所に入ると、船全体から歓声が上がった。そして遊覧船はゆっくりと中央まで進んで、青空の見える場所で停止した。
四人も船首に近い場所で外を眺めていた。
音もなく、穴の壁面の一部がずり落ちた。そしてその場所から、水が噴き出した。昨日の豪雨が一時的に溜まったものだったのだろう。水の量は大したものではなく、ものの2~3秒で止まったが水の音で上を仰ぎ見た人は多く、それが陽光に照らされ虹を作り出し、船上にいた人たちから歓声が上がった。
だが、翔太の目線は違っていた。
咄嗟に少し前にいた美鈴を後ろに投げ飛ばすような感じで全力で体勢を入れ替えた。美鈴は急に後ろに引っ張られて、よろめきながら船の中央側に後ろ向きに走っているような感じになった。しかし、その先には大輔と裕美がいて受け止めてくれた。
その一方で翔太は、勢いのまま欄干に当たったのだが、少し浮いた感じで腰の位置で当たってしまい、半回転してそのまま欄干を越えてしまった。手すりに捕まる余裕もなく、船外へと落ちてしまった。
その直後、さっきまで翔太と美鈴がいた辺りに落石が降り注いだ。大きいものは人の頭くらいもあり、鋼鉄製の甲板で轟音を立てて跳ね、船外に落ちた。悲鳴も聞こえたが、岩が落ちてきた事に驚いてのものだったのだろう。
甲板には大きな凹みができており、人に直撃していたら、ひとたまりもなかったであろう。
「翔太は?」
美鈴は自分に何があったか把握することができたが、今自分の視界にいない翔太のことが気にかかった。
「船から落ちた。でも、大きな岩がそこで跳ねて、翔太の方に落ちていったんだ」
三人は急いで翔太の落ちた付近を見るべく、船縁に行った。
「翔太!」
「ここだよ~」
翔太は船から少し離れた所で頭だけを出して浮いていた。
「ケガはないの」
「大丈夫だ。落ちた時にうまい具合に頭が下になったんで、飛び込めて船から離れることができたんだ。デカい岩が落ちるのも見えたよ。船の近くだったら危なかったかもしれない」
「無事なのね」
「痛いところもないよ」
それを聞いて、美鈴はその場にへたり込んで、泣き出してしまった。
「よかった。よかったあ」
「裕美、美鈴さんを見ていてやってくれ。俺は船員に知らせてくる」
「わかった」
その後、翔太も無事に引き上げられて、船は帰路に着いた。船の損傷は例の甲板の凹みだけで、翔太が落ちた以外にケガ人もなかった。
真夏であるとはいえ、高原の湖である。危険なほどではなかったが水温は低かった。それでも毛布にくるまって温かい飲みものを貰って少しすると翔太も落ち着いてきた。傍には美鈴が付き添ってくれている。
翔太自身も特に問題になる点はなかったが、船は甲板に岩の直撃を受けていることもあって、観光のルートではなく、直行で帰還していた。
翌朝、昨晩の豪雨が嘘のように晴れ渡った。
キャンプ場を出たのは八時過ぎ。早めにチェックアウトして、朝食を取ってから先だって話をしていた富美山湖に向かっていた。
湖としてはかなり大きく、遊覧船も最大で一時間にもなるコースがある。今回はそのコースに予約を入れてある。そのコースの目玉の一つに船でしか行けない巨大洞窟があった。その洞窟の最深部には天井部が落盤によって開いており、そこから見える空も中々に幻想的な景色になるということで、人気のあるものでもあった。
夏休み期間中とあって、駐車場もかなり混んではいたが、早く出た事が奏してか、まだ四、五台の空きはあった。
翔太はここに来るまでに、大輔と裕美の二人の様子を見ていたが、昨日までとは違うものを感じていた。違和感ではない。より気心が知れたような雰囲気であり、ベタベタしてはいないが、仲が深まった事が感じられた。
車を降りて、遊覧船に向かう。こちらの方にも、昨晩の雨は来ていたようで、あちこちに水溜りが残っていた。
遊覧船が出発すると、周辺の見どころなどの案内が放送されて、船内を移動する人が増えた。そんな中、裕美は美鈴と何か話をしており、大輔は翔太のところに来て、少しの間無言でいたが、おもむろに話を始めた。
「俺たち、結婚することにしたよ」
「そうか。今日は何か昨日までと雰囲気が変わっていたのは、そうだったのか」
「違っていたか」
「ああ。でも、いい感じにだ」
「そうか。なら良かった」
そこで一旦会話は途切れたが、大輔が違う話題を振ってきた。
「なあ、三法屋さんって、どういう人なんだ」
「何かあったか」
「まあ、あったと言えば、あった。いい意味でだけどな」
大輔は裕美の話した、美鈴とのことを話した。
「そういうわけで、三法屋さんには感謝してる。それは裕美も同じなんだが、三法屋さんに興味が湧いてしまったというか、多分、裕美はその事で突っ込んだ話をしに行ってるんだと思う」
「なるほどなあ。でも、それなら、本人に直接聞くといいよ。岩坂さんにも話はしたと思うけど、特別隠すようなこともないからね」
「でだ」
「?」
「お前自身は、どう思ってるんだ。三法屋さんを」
翔太自身、そろそろ、その話題に飛ぶんじゃないかとは、予想はしていた。二人が収まるところに収まったのなら、周囲に目が行くのは当然の成り行きであろう。
「好きだよ。でも、あくまで友人としてな」
当たり障りのない回答、というやつである。
「本当にか」
「付き合いは長いよ。でも、あくまで…」
翔太は言い淀んでしまった。考えてみれば、友人がらみとはいえ、ここまで長く美鈴と共に過ごしたことはなかった。二人きりで居た時間ならば、これまでにないといえるだろう。それでいて、退屈だと思えた事などなにもなかった。レジャーの行動内であるとしても、自分自身、美鈴と共にいた、今もまだその内であるこの四日間は、掛け替えのないものだと思える。今はっきりとその事を思い知らされた。
だが、美鈴の気持ちを無視することはできない。美鈴がどう考えているか。
普段の美鈴のことはわかっているつもりではあったが、自分をどう思っているかについては、親しい友人である以上の感情があるのかどうかは、自信がなかった。
「家と神社が昔から関係があって、俺も神社の事務関係で働くことになった。美鈴は神社の催事を取り仕切ることもたまにあるから、顔を合わせる機会が多いというだけだよ」
遊覧船はコースの半分を過ぎて、いよいよ洞窟へと進入していった。
洞窟と銘打ってはいるが、幅はもちろん、高さも充分に余裕のあるところで、船舶関係の設備を入れたら、ドックにでもなりそうだった。この遊覧船も普通の船とは違う、観光用の装飾でマストなどを設置した船である。高さだけはかなりのものがあり、それが余裕で入っていけるのだ。
内部には、照明も設置されているが、雰囲気を壊さぬようにかなり暗いものになっている。
洞窟の最奥にある、上部が貫通している場所は、上空からの光が差し込んで、その中央がスポットライトでも当たっているかのように見える。
その場所に入ると、船全体から歓声が上がった。そして遊覧船はゆっくりと中央まで進んで、青空の見える場所で停止した。
四人も船首に近い場所で外を眺めていた。
音もなく、穴の壁面の一部がずり落ちた。そしてその場所から、水が噴き出した。昨日の豪雨が一時的に溜まったものだったのだろう。水の量は大したものではなく、ものの2~3秒で止まったが水の音で上を仰ぎ見た人は多く、それが陽光に照らされ虹を作り出し、船上にいた人たちから歓声が上がった。
だが、翔太の目線は違っていた。
咄嗟に少し前にいた美鈴を後ろに投げ飛ばすような感じで全力で体勢を入れ替えた。美鈴は急に後ろに引っ張られて、よろめきながら船の中央側に後ろ向きに走っているような感じになった。しかし、その先には大輔と裕美がいて受け止めてくれた。
その一方で翔太は、勢いのまま欄干に当たったのだが、少し浮いた感じで腰の位置で当たってしまい、半回転してそのまま欄干を越えてしまった。手すりに捕まる余裕もなく、船外へと落ちてしまった。
その直後、さっきまで翔太と美鈴がいた辺りに落石が降り注いだ。大きいものは人の頭くらいもあり、鋼鉄製の甲板で轟音を立てて跳ね、船外に落ちた。悲鳴も聞こえたが、岩が落ちてきた事に驚いてのものだったのだろう。
甲板には大きな凹みができており、人に直撃していたら、ひとたまりもなかったであろう。
「翔太は?」
美鈴は自分に何があったか把握することができたが、今自分の視界にいない翔太のことが気にかかった。
「船から落ちた。でも、大きな岩がそこで跳ねて、翔太の方に落ちていったんだ」
三人は急いで翔太の落ちた付近を見るべく、船縁に行った。
「翔太!」
「ここだよ~」
翔太は船から少し離れた所で頭だけを出して浮いていた。
「ケガはないの」
「大丈夫だ。落ちた時にうまい具合に頭が下になったんで、飛び込めて船から離れることができたんだ。デカい岩が落ちるのも見えたよ。船の近くだったら危なかったかもしれない」
「無事なのね」
「痛いところもないよ」
それを聞いて、美鈴はその場にへたり込んで、泣き出してしまった。
「よかった。よかったあ」
「裕美、美鈴さんを見ていてやってくれ。俺は船員に知らせてくる」
「わかった」
その後、翔太も無事に引き上げられて、船は帰路に着いた。船の損傷は例の甲板の凹みだけで、翔太が落ちた以外にケガ人もなかった。
真夏であるとはいえ、高原の湖である。危険なほどではなかったが水温は低かった。それでも毛布にくるまって温かい飲みものを貰って少しすると翔太も落ち着いてきた。傍には美鈴が付き添ってくれている。
翔太自身も特に問題になる点はなかったが、船は甲板に岩の直撃を受けていることもあって、観光のルートではなく、直行で帰還していた。
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