君に伝えたい言葉

マキノトシヒメ

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翔太編

十二月

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 まあ、十二月で世間一般のイベントといえば、まずは、クリスマスですよね。
 でも、どうせだったら、あと一週間早くやってくれたら、年末年始が少しは楽なんですけどねえ? そうでしょう松蔭さま。
「もうクリスマスと言ったら、日本じゃお祭りだよ。誰もキリスト様に祈りもしてないだろ? それなら別に神社でやったって」
 いいわけあるかい! と、ここで仕事をしている立場だったら言っていたんでしょうけどね。ああ、子供の頃、何の疑いもなく「神社のクリスマス会」なんぞに参加して、はしゃいでいた自分が恨めしい。
 今年も将来そのような気分に苛まれる犠牲者が集まって…いかんいかん。年末年始のデスマーチを考えると心持がネガティブになっている。
 もう恒例になってしまっている、上塚岡神社クリスマス会ももう一週間後である。そうなんだよなあ。俺が物心ついた時にはすでに当たり前のようにやっていたわけで。一時はキリスト教会の方からの苦情があったらしいけど、俺の記憶では教会の方々もいっしょに楽しそうに参加していたのだから、松蔭さまもそうだが、この町内の風土も恐るべしと思わざるを得ない。

 それでも、この時期はまだ大きな仕事はなく、ゆったりと過ごすことができる。
 うん? 美鈴はどうしたんだろう。朝一から受付奥の休憩所で座ってるけど、なんかボーッとしてる感じで…元気がないというのとは違うんだけど、ちょっと心ここにあらずな感じにも見える。でも、調子が悪そうでもないし。
「美鈴、どうかした?」
 俺に声をかけられて、ゆっくりこちらを向いた。苦しそうとか痛そうといった表情じゃない。本当にただボーッとしてるみたいな。
「あ、翔太…。あのね…」
 そこまで言って、黙ってしまった。目線をちょっと横に向けてからまた俺の方を見て、近寄って来る。顔は寄せて来てるけどまっすぐ俺の顔にではなく、少し横に向かってだったので、俺はそのまま動かずにいた。
 そして美鈴は俺の耳元に口を寄せた。
「…2ヶ月…だって」
 ん? 何が? いや、いつから? じゃなくて? え?え? えええええ!!
 元の場所に座った美鈴の顔を見て、視線を下に向けてからまた顔を見ると、美鈴は小さく頷いた。

 ま、ま、ま、先ずは落ち着け、俺。自問自答、自問自答。それは、まずいことか? 否。困ることか? 否。うれしいことか? 是!!
 しかし、全然「冷静」の「れ」の字にも到達していなかった俺の行動が次の通り。
 美鈴の手をとって「おめでとう」とか言ったのだった。
「ぷっ」
 美鈴はこらえきれずに噴き出す始末。その様子を見て、やっと俺はほんのちょっと冷静になることができた。これでそのほんのちょっとの冷静さすらなかったら、よくあるような最低なことを口走っていたかもしれない。「俺の子なのか?」とか。

「美春さんや松蔭さまには」
「ううん。まだ」
「じゃあ、ちゃんと報告に行かなきゃ。いっしょに」
「うん」

 松蔭さまと美春さんの前で、美鈴の妊娠を報告する。美春さんは本当に嬉しそうに、祝福してくれた。一方、松蔭さまは…たましい抜けてますけど。
「今晩、うちの方にも行ってくれる?」
「ええ。もちろん」
 そして、やっと、ずっと伝えたかった言葉を言う事ができた。
「美鈴、愛してるよ」
「私もよ」

 大事な話があるから、とだけ家には連絡しておいて、両親の前で同じく報告をすると、二人とも嬉しそうに受け入れてくれた。婚約は済ませているし、俺たちの仲がいい事は知っていたから驚いた様子はなかったものの、そっちが先に来たかとは言われてしまった。美春さんや松蔭さまもだが、うちの両親もこういう状況に世間体がとか、順序というものがというような格式ばったことは言わない、おおらかな人たちでよかった。
 俺もできる限り早くとは考えていたが、入籍を一応急かされたくらいで、あとはこれからの生活をどうするかを聞かれたくらいだ。
 細かいことについては、美鈴と相談しながらおいおいと、である。

 久留間のところにも連絡を入れる。
「お前がまさか、子どもの作り方を知ってたとはなあ」
「うをい!」
 まあ、俺と大輔の会話はこの程度。あとは美鈴と裕美さんが一時間以上話をしていた。かなり夜も遅い時間だったので、そこらでさすがに止めたのであるが、二人ともまだ話し足りない感じだった。

 そして、今年の神社のクリスマス会が、やっと正気に戻った松蔭さまの手で、俺と美鈴の結婚祝賀会に変えられてしまったことには、さすがに閉口しましたよ。
 入籍はちゃんと済ませましたけど、結婚式とかはまだ何も決まってないんですけどね。
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