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「もうここには二度と来たくない…かもしれない」

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「そう…ですね。

変な話をしてすみませんね…」

シュンとしているが、酷いことをして別れたくせに未だに忘れられないって自分に酔っているのか?

尋常じゃないくらいの怒りが沸いてくる。

確かに子供の頃や若い頃は、経験値や想像力が乏しく、時にとんでもない方法で人を傷付けてしまうことは多々ある。

姫華だって、妊娠させられて逃げられているのだ。

確かに妊娠は女性側だけの責任じゃない。

けれども、男性に責任がないわけじゃないし、逃げるなんてもってのほかだ。

姫華がされた仕打ちを思うと、頬が赤くなり、頭に血が昇るのを感じる。

胸糞だと顔をしかめるのを堪え、

「レシートは必要ありません」

と時計屋さんの顔も見ず、言葉も聞かないようにと歩くパンプスの音が鈍臭い。

否、不快な言葉を言われても聞こえないようにわざと音を立てて歩いているのだ。

時計店から出ると、落ちかけた太陽の眩しさと夜を孕んだ雲の暗さ。

「もうここには二度と来たくない…かもしれない」

時計店さんの話にもやっとして感情的になりかけてから、他の時計店の方が高かったり店員さんの感じが悪かったらどうしよう、と思い、慌てて【かもしれない】を付けた。

美容院予約アプリのレビューで、正直イマイチだったけれど他の美容院がもっとイマイチだった場合、また行くかもしれないと悪い内容のレビューを書くのを躊躇っている時の気持ちに似てる。

そう、一度自分の外側に出してしまった言葉というのは二度と取り消せないのだから。

そして、夕方の生暖かいような冷たいような空気の中歩いていると、だんだん怒りが落ち着いてきた。

「よくある世間話のひとつじゃん。

いちいち腹立ててバカバカしいっ」

私の独り言と頬の熱は、夕方の街に掻き消されていった。
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