会えてよかった

千野恵

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第二部 ずっと一緒に暮らしたい

9.恋の駆け引き

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9.恋の駆け引き

 イリスが留守の時に来た貴族らしい男たちは、ひとしきり喚わめきちらして四半時ぐらいそこにいた。もやもやとした嫉妬もあって彼らの話を半分も聞いていなかったが、聞いているとだんだん面倒になり、早く終わらないかと相槌を打ちながらおざなりに返事をしていた。

 そして、僕が、僕こそが、本当にイリスの恋人だと分かると、嫌味だけでなく自分の自慢と罵詈雑言の嵐だった。

 さっき聞いた話を繰り返し、繰り返し何度も言うのだ。

 二人ともなんとかいう名前のどこそこの領主の跡取りでうんたらかんたら・・・。
 とか。

 自分達は貴族であり平民と違って高貴であるから、イリスと釣り合いが取れている・・・。
 とか。

 イリスは皆に愛されており、夜も情熱的的だったので引く手あまたで・・・。
 とか。

 美しいイリスがいかに宮廷でもてはやされていたか・・・。
 とか。

 宮廷での恋の駆け引きで、イリスは一夜以上続けて夜を共にした者はいない・・・。
 とか。

 で、結局は

 お前はイリスに似つかわしくない。

 ということを言いたかったらしい。

 だからなんだというのだろう。
 彼らが何を言いたいのか、分ってはきたけれどいい加減うんざりしてしまった。

 「要するに、僕がイリスの恋人というのが気に食わないわけですね。」

 僕がそう言うと二人は我が意を得たりと、さらに声高に言いつのった。
 「そうだ。美しくもなく貴族でもないお前ごときが、イリスの傍にいることが良い訳がないのだ。」

 「とっととイリスと別れて自分の国へ帰るが良い。」

 もういい加減にしてほしい。僕はそう思って二人を扉の外に押し出しながら言った。

 「はあ。そうですね。僕たちが別れたら僕は帰国します。ただ、イリスが僕に愛想を尽かさない限りは帰りませんけど。今日のところはイリスは帰ってきませんけど、帰ってきたらお二人が来られたことを伝えておきます。では、良い夜を。」

 もうこれ以上聞いていたくなかった。

 確かに僕は宮廷でイリスがどう過ごしていたかは知らない。
 宮廷での恋の駆け引きだと?
 一夜限りで続けて夜を共にした者はいない、だと?
 それがなんだっていうのか。
 僕がここに来てから、イリスは毎日帰ってくるし、僕と毎日してるから、と大声でいいたい。
 胸糞が悪かった四半時だったけど、彼らのおかげでわかったことがある。
 つまりは、僕には本気なんだ、ということが。

 イリスのいない夜は寂しい。早く帰ってこないだろうか。
 僕には恋の駆け引きなんてできない。イリスを満足させられるようなそんなテクニックなんて持ってないかもしれない。
 けれど、イリスを愛すのは誰にも負けない。
 夜の方も、愛し合うときには「頑張らなくても僕たちは相性がいいからお互いが気持ちよくなるように楽しもう」と言ってくれてる。

 まあ、それに気を良くして努力しない、なんてことはしていない。それなりに努力はしている。
 ただ、されっぱなしでは気後れしてしまうので、イリスが時々ニヤッと笑ってからかって「やるね」とか言ってくれるけど。

 とにかく、僕もああいう手合いが今後も来ることを覚悟して、撃退法を考えておかなければならない。
 僕だって、イリスに似合わないのはわかってるけど、釣り合いが取れていないのはわかってるけど、せめてイリスに愛想を尽かされないようにしなければいけないとは思っている。

 宮廷でのイリスの姿を思い浮かべながら、僕は彼が帰ってくるのを夜更けまで待った。

 そして、イリスが宮廷での宴会が終わって帰ってきたのは、もう余が白み始めるころだった。

 イリスは酔っているようだったが、足取りはしっかりしていた。
 扉の自分で開けて、静かに屋敷の中に入ろうとしていたようだったが、僕が扉の手前で突っ立っていたのでびっくりしたみたいだった。

 「アズ君?起きてたの?今日は遅くなるから先に寝ててっ言ったのに。こんなに遅くなったから怒ってるの?ごめん・・・ね?」

 僕の顔を見上げながら上目づかいで、少し青ざめた顔でイリスは言った。

 「君に怒ってるわけじゃない。さっきまで別の事で怒ってたんだけど、今は怒ってない。ただ心配だったんだ。」
 「帰りは馬車で送ってもらったから、大丈夫だったよ。じゃ、なんで怖い顔してるの?」

 「そうじゃないんだ。イリスが宮廷で恋の駆け引きとやらに巻き込まれていないか心配だったんだ。」
 「恋の駆け引き?って何?」

 そこで僕は夕方に、二人の貴族が押しかけてきたこと、国へ帰れと言われたことなどを話した。
 するとイリスはどんな奴がそんなことを言ったのか、と憤慨した。そんなことを言った奴は、歌でギタギタにコケおろしてやる、と言ってくれた。

 僕はそれを聞いて、ちょっと安心してしまった。
 一緒に怒ってくれた。

 だから、僕には、あいつ等が欲しくても貰えないイリスの愛情がある、弱犬の遠吠えっていうのはよく聞くけど、あんなのにかまったらこちらが損する。
 それに、僕をコケにした貴族の名前は聞いたけれど、あんな品性の下品な人間の名前なんか覚えてない、と言ったらぽかんと口を開けあっけにとられていたが、けらけらと笑いだした。

 「そっか、そっか。品性下劣な人たちかあ。そうだね。でも、アズ君は優しいけど、僕はちょ~っと意地が悪いから、軽く報復はするよ。今度から、アズ君に迷惑がこうむらないようにきっちりと落とし前つけてもらおう。他の馬鹿貴族もこういうことをしないように、痛い目に合わせなきゃ。」
 「はあ~ぁ。まあほどほどに。」

 「うん。任せて。それと、今は恋の駆け引きとかないからね。僕は今はアズ君だけだからね?」
 「わかってる。イリスのことは信じているけれど、周りが放っておかないだろう。変なことに巻きもまれないか、それが心配なんだ。」

 「大丈夫。うまく立ち回るから。それより、なんか飲みたい。のどがカラカラ。」
 「ああ、葡萄ジュースがあるよ。持って来よう。」

 「ありがと。そのあとは今日も楽しも?」
 「いや疲れてるんじゃ・・・。」

 「疲れてるからしたいの。だめ?」

 イリスのお願いに、僕にだめなはずがあろうものか。

 僕はこれからのイリスとの夜を(いやもう朝か)楽しむことを期待して、逸はやる体をなだめつつ、急いでジュースを取りにいった。
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