会えてよかった

千野恵

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第一部 会えてよかった

8.このまま住んで

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8.このまま住んで

イリスとの生活はとても楽だった。

 僕は今まで家族としか暮らしたことがなかったので、結婚する以外に他人と暮らすのは一生ないだろうと思っていた。ましてや男と暮らすなんて、思ってもいなかったことだ。

 初めて会って数時間で宿泊を勧め、さらには滞在中は泊っていくように誘うなんてことは、普段の僕なら考えられない行動だ。意気投合した友人が出来たことは嬉しいけれど、別れが来るのは確実だから僕は落ち込んでしまった。

 イリスはたいてい一つの町には一週間から十日滞在すると言っていた。

 初めはイリスがこの町に滞在する間だけのことだと思っていたのだが、あまりにも彼との暮らしが楽しいので、このままずっとこの町で暮らせばよいのに、と思ってしまった。
 けれど、彼は吟遊詩人だ。一所ひとところには留まれない。街から街、国から国へと旅する旅人なのだ。僕のわがままに付き合わせることはできない。わかってはいるけれど。ないものねだりではないけれど、このまま一緒に・・・、と思わずにはいられなかった。

 彼と会ってから六日たってしまった。ということは、普通なら後一日から四日しか彼はいないのだ。彼ははっきりといつまでいるとは言っていないけれど、近々ここを立っていくだろう。
 彼が旅立つ日を何とか伸ばす方法はないだろうか。彼にもう少しだけでもここにいてもらうにはどうしたらよいだろう。あまりよくない頭を一生懸命働かせて考えたけれど、一向に良い考えが浮かばず今日まで来てしまった。

 イリスは今、今日も唄い終ったあとに、有力商家のサロンの夕食会に招かれて行っている。
 彼が帰ってくるまでまだ少し時間があるから、引きとめられる方法をもう少し考えてみよう。



 「いま帰りました~」

 少し酔ったような声で、ご機嫌な様子でイリスが帰ってきた。

 「お帰り。ご機嫌だね。飲んできた?」

 「うん。ご飯だけじゃなくて、南の地方の葡萄酒が手に入ったからぜひとも試飲してほしい、って言われちゃったから~、ちょっと、のつもりがぁ~、えへへへ~、気分良いよ~。」

 「そうか。良かったな。ちょっと話が合ったけど、今日はもう遅いから明日の朝に話そうか。盥に湯を張るから使って寝たらいいよ。もうちょっと待っててくれたら湯も沸くから・・・。」

 振り向きながら彼に話かけていたら、彼は食卓に突っ伏して寝息を立てていた。

 ここ毎日唄っては色々な人の家に呼ばれては、さらに何曲か唄ってくるというのが続いたから疲れがたまっていたのだろう。葡萄酒も入っているし、起こさずに湯は使わせないでこのまま寝かせてやろうか。 
 
 でもベッドに連れて行けるかな。

 「イリス、ほら寝室に行かないと。」

 「う?あよれ・・・」

 すでに言葉になってない。泥酔するとこうなっちゃうんだなぁ。

 仕方ない。抱えて行こう。
 うん軽いし大丈夫だな。

 イリスの両脇に手を入れて後ろ向きに抱え、足を引きずりつつ寝室に向かった。

 ブーツを脱がせて横たえると彼はそのまま本格的に寝入ってしまった。幸せそうな顔をして。
 僕はしばらく寝顔を見ていたが、静かに扉を閉めて自分の部屋へ戻った。


 翌朝、いつもより早く起きた僕よりイリスは早く起きていた。

 「あれ、おはよう。今日は早いね?まだ朝飯の用意してないよ。昨日湯を使ってないから体を洗いたい?今から沸かそう。」

 僕がそう言うと、イリスは暗い顔で言った。

 「ううん。今はいいよ。ところで昨日言ってた話ってなに?」

 「ああ、うん。半分寝てたのに覚えてたんだ?でも後でいいよ。長くなるし、朝飯まで時間もあるし、とりあえず湯を使ってからにしたほうが良いかも。」

 僕がそう言うと彼はさらに暗い顔をして、下を向いたまま、じゃあそうする、と言ってもう一度部屋に戻っていった。

 なんで暗いんだろう。昨日眠る前は機嫌がよかったのに。

 その理由に思い当たることもなく、僕は不思議に思いつつも、朝飯の支度したくと湯を沸かすために火を起こした。


 湯を盥に張って用意が整ったので、彼の名前を呼んだがなかなか出てこなかったので、彼を呼びに部屋に行くと、彼は寝台にうつぶせで肩を震わせていた。

 「え、どうしたの?」

 びっくりして問うと、彼は起き上がったがその瞳は濡れており、肩を震わせていたのは泣いていたのだと分かった。


 「出て行かなきゃいけないってわかってるけど、いざその時になったら悲しくなって。ゴメンね。長いこと泊めてもらったのに。今日出ていくことにするから。」

 「え、なんで。僕悪いことした?それともなんか気に入らない事でもしたのかな。それだったらゴメン。いきなり出ていくなんて言わないでくれ。君がずっとこの町にいてくれないかと思っていたくらいなのに、いくらなんでも今日出ていくなんて急すぎる!」

 僕がそう言うと、彼は涙に濡れた瞳を瞬かせていった。

 「え、ここを出て行ってくれっていう話をするんじゃないの?」

 「は?なんで?」

 「いや、昨日話があるって。」

 「いやいや。その反対でもうしばらくこの町に、っていうか僕の家にいて欲しいって話。旅に出なきゃいけないのは知ってるけど、このままこの町に住むのはどうかなって提案したいと思ったんだけど。簡単に言ってしまえばそれが話なんだけど。」

 「・・・・・えっと?じゃあ、僕はまだここにいても良いの?」

 「君が嫌じゃなければこのままここに住んじゃえばどうかな。」

 「ここって、君の家に住んでいいの?」

 「そう。君は僕の大事な友人だ。ここに住んで欲しいんだ。」

 僕がそう言うと、彼はあっけにとられた顔でいたがしばらくして笑い出した。

 「そっか。ありがとう。友人か。大事な友人ね。そっか。」

 ひとしきり笑った後、彼は涙を拭いてこういった。

 「言われてわかったよ。最初から君は僕を友人にしか見てなかったよね。僕は違うけど。うん。分かった。やっぱりいつも通り、十日でこの町を去ることにしたよ。」

 僕は言葉もなく息もつけずに彼を見つめ、冗談だよ、と彼が笑ってくれるのを待ったが、いつまでもその言葉を撤回することはなかく、ただ時間だけが過ぎて行った。
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