途轍もなくしょうもない題名が多い短編集

霧の立ちこめる森の奥深くに住む謎の老人が旦那を蝋人形にした

読み切り

　霧の立ちこめる森の奥深く、一人の老人が住んでいました。彼はただの老人ではなく、人々からデーモンと恐れられた存在でした。そのデーモンの名は未だ語られず、ただ彼の存在だけが語り継がれていたのです。

　一方、森の外では、ライオスという名の貴族が国を治めていました。彼は六芒星の家紋を持つ名家の生まれで、救国の英雄として広く知られていました。しかし、ある日彼は突然、森の奥深くに住むデーモンを討伐に行きました。

　しかし、ライオスが出て行った晩、アデリーンの前に突如、デーモンが現れました。彼の手には小さな蝋人形が握られていました。その人形は驚くほどリアルにライオスを再現しており、まるで彼自身が縮小されたようでした。

「お前の愛する夫だ」とデーモンは冷たい声で言いました。

「魔法で蝋人形にしてやったぞ。ヌハヌハハハハ」

　彼はその言葉と共に、高笑いを上げて闇の中へと消えていきました。

　アデリーンはその場にひざをつき、涙が溢れてきました。彼女の心は悲しみと怒りで満ちていました。デーモンを恨み、無力感に打ちのめされました。

　しかし、その時、小さな手が彼女の手を握りしめました。それは息子ラファエルの手でした。彼は母親の涙を見て、何も言葉を発することなくただそばにいました。

　その瞬間、アデリーンは誓いました。彼女は悲しみに打ちのめされていても、息子ラファエルのために生きることを。彼女は自分が強くならなければならないと感じ、涙を拭いました。

　次の日、ライオスの消息が広まると、彼の友人や同僚たちはアデリーンの家を訪れました。彼らは彼女とラファエルそして蠟人形になったライオスを見て、心からの同情と援助を申し出ました。

「私たちはライオスの友人として、そして同僚として、あなたとラファエルを援助します」と彼らは誓いました。

　その後、アデリーンの家に一人の男が訪れました。彼の名前はオグレ。彼は自分を有能な執事と名乗り、アデリーンの家族に仕えることを申し出ました。彼の態度は落ち着いており、一見するとまるで彼が長年の執事であるかのようでした。

　彼は文武両道の人物で、さまざまな技術を持っていました。彼は料理から掃除、庭の手入れから子供の教育まで、何でもこなすことができました。さらに、彼は剣術や騎馬も得意としており、必要とあらばアデリーンとラファエルを守ることもできるのです。

「私の技術と経験が、あなたと若いマスターの生活を少しでも楽にできるなら、それが私の望みです」とオグレは言いました。アデリーンは彼の言葉に感謝し、彼を家族に迎え入れることを決めました。


　数十年後、ラファエルは立派な青年に成長しました。彼の力強さと賢さは、彼が持って生まれたものだけでなく、オグレの教えによるものでもありました。

　ある日、ラファエルとオグレは広い庭で相撲をしていました。二人は力と技術を競い合い、互いに一歩も引かずに戦っていました。ラファエルの若々しい力と、オグレの経験と技術がぶつかり合う様子は、見ている者すべてを魅了しました。

　その光景を見つめていたアデリーンは、息子の成長に感慨深い表情を浮かべていました。

「ああ、ラファエル、あなたは本当に大きくなったわ」と彼女は心の中で独白しました。

「あなたはあんなに小さかったのに、今では立派な青年になった。あなたの父親が生きていれば、どれほど誇りに思ったでしょう」

　相撲が終わった後、オグレはアデリーンとラファエルの前で深く頭を下げました。

「私は、今日をもって執事の仕事を辞めさせていただきます」

　彼がそう言った時、アデリーンとラファエルの顔色は一変しました。

「あなたがいないなんて考えられません」

　アデリーンの声は震えていました。ラファエルもまた、目に涙を浮かべながらオグレを見つめていました。

　しかし、オグレは静かに頷きました。

　オグレが屋敷を去る前に、ラファエルに向かって言いました。

「あなたの武芸は、私が知る者の中でも最高のものです。あなたは一人前の騎士になった。あなたの父上も、きっと誇りに思うでしょう」

　そして、オグレは一礼して屋敷を後にしました。アデリーンとラファエルは彼の背中を見送り、彼の存在が屋敷から消えるまで動かないでいました。

　その言葉を胸に刻み、ラファエルはオグレの背中を見送りました。その後の数十年間、彼は父を超える英雄となりました。彼は勇敢さと賢さで人々から尊敬され、多くの戦いで勝利を収めました。

　その頃、アデリーンはすでに老婆となり、余命いくばくもないと宣告されていました。しかし、彼女は孫の顔を見て、幸せな表情を浮かべていました。彼女は孫と一緒に過ごす時間を大切にし、息子ラファエルが英雄として成長するのを見守りました。


　ある夜、アデリーンはランプの下でライオスの蝋人形を見つめていました。彼女の目からは涙がこぼれ、静かな部屋には彼女の鳴き声だけが響いていました。

　突然、蝋人形は光を放ち、そのままライオスの姿に変わりました。アデリーンはその姿を見て、驚きと喜びで涙を流しました。

「あなたが戻ってきた...」

　彼女はうっすらと笑いながら、ライオスに向かって言いました。

「あのデーモンが憎かった。あなたを奪ったデーモンが...」

　しかし、ライオスはアデリーンの手を握りながら、ゆっくりと言葉を紡ぎました。

「アデリーン、我が家の家紋、この六芒星の意味を知っているかい？」

　彼女は首を横に振りました。ライオスは深呼吸をして、続けました。

「この六芒星は、我が家がかつて悪魔と契約し、力を手に入れたことを象徴しているんだ」

　アデリーンは驚きの表情を浮かべましたが、ライオスはまだ話すことを止めませんでした。

「そして、そのデーモンこそが、我が家族を守る存在だったんだ」

　彼の言葉に、アデリーンは深い驚きと戸惑いを隠せませんでした。しかし、彼女は口をつぐんで、ライオスが話すのを待ちました。

　ライオスはアデリーンの目を見つめながら、静かに言いました。

「あの日、私は自分の余命が幾ばくもないことを知った。そして、私が亡くなった後、君は途方に暮れるだろうとわかっていた」

　彼は悲しそうに微笑みました。

「他の貴族たちは、君たちの苦境を見て見ぬふりをすることが目に見えていた。そこで、デーモンは一計を案じたんだ」

　彼は手元の六芒星を見つめながら、続けました。

「デーモンは私を蝋人形の呪いにかけることで、君に"活力"を与えることを計画したんだ。そして、悪魔によって不幸に陥れられた家族を演出したんだ」

　その告白に、アデリーンは深い驚きと戸惑いを隠せませんでした。

　アデリーンはライオスの手を握りながら言いました。

「でも、私たちは二人だけで頑張ってきた。寂しかったわ」

　ライオスは微笑んで彼女を見つめました。

「ほんとに二人だけだったのかい？」彼の言葉にアデリーンは一瞬、困惑した表情を見せました。

　すると、彼女の頭の中に一つの顔が浮かびました。オグレ。彼が何年にもわたって家族を支え、ラファエルの育ての親となり、そして彼女自身の支えとなってくれた人物。その時、彼女はふと気づきました。

「オグレ...彼は...」アデリーンの声は震えていました。彼女はオグレの正体に気づき、その事実に驚きと感謝の気持ちで満たされました。

　その夜、風が館の周りを吹き抜けていきました。月の光が薄暗い庭に影を落とし、そこには一人の老紳士が立っていました。彼は．．．有能な執事、オグレでした。

　彼は静かに館を見つめ、低く声を出しました。

「ろうそくの長さはそろえたぞ。お前らを蠟人形にしてやらん。一緒に燃え尽きろ。ヌハヌハハハハ！」

　その言葉が風に運ばれ、館の中に響きました。

　そして、彼は闇に消えていきました。彼の姿が見えなくなると、館の中からは何も音が聞こえてこなくなりました。ただ風が静かに吹き抜けていくだけでした。


　※この話はフィクションです。実在の人物や出来事、団体などとは関係ありません。