上 下
11 / 18

10

しおりを挟む
 
 ◇◇


『初夜から三日目の朝までは、あまり早起きをしてはいけません。旦那様が起き出すのを確認してからベッドを出るくらいでOKです。
 夜の気怠が雰囲気を引きずるくらいのゆったりとした動作を心がけるのがコツ。
 ただし見送りだけは必ず庭先まで行いましょう。

「お気を付けていってらっしゃいませ」
「お帰りをお待ちしております」

 など、見送りのセリフはありきたりで充分です。
 むしろあまりしつこくならないように気をつけて。
 セリフの際はしっかりと視線を合わせて、その後、思わせぶりに旦那様の胸あたりまで視線を落としましょう。
 袖を少し掴むや、そっと二の腕に触れるというのもおすすめです。』

『三日目を過ぎれば、そろそろ新妻らしい気遣いを見せる時期です。
 朝は少し先に起きて旦那様とモーニングティーはいかがでしょうか?その時は是非侍女任せにせず自分の手でポットからカップに注いでくださいね』

『十日目にもなると新婚生活にも少しずつ慣れた頃。
 ただそろそろお互いに新たな生活の疲れが出てきたり、相手の粗が見えてくる頃です。――――――――――――――――――――――――――――――――』
 


「ね~ぇ、ミリー」

 熟読していた書物から顔を上げ、アリシアは部屋の済に控えていたミリーに声を掛けた。

「はい」
「新妻っていつまで有効なのかしら?」
「――はい?」

 いきなり何を言い出すのか、と顔に書いて聞き返すミリーに、アリシアはぷっくりした下唇に指先を当てて言う。

「だから、私ってば一応今日で新婚十日目になるわけじゃない?」
「そう、ですねぇ。一応」

 旦那は現在進行形で別の女性と愛の逃避行中であるが。
 ついでに無断で侯爵家の金銭を『借りて』いったので、窃盗罪で手配中でもある。

「つまり新妻ってことでしょう?でも新妻っていつまでが新妻なのかしら?ひと月?それとも一年くらい?」

 コテン、と可愛らしく小首を傾げて訊いてくるのに、ミリーは内心「いや、知らんわ」と思いつつ、素知らぬ顔で話を逸らした。

「さあ、ところで先ほどから熱心に何の本を読んでらっしゃるんです?」
「これ?ふふん『新妻の朝の心得20日間コレで貴女も愛され妻!』よ」
「…………はぁ」
「ほら、しばらくは新婚生活送んなきゃなんない予定だったんだから。どうせならイヤイヤなだけよりも新妻気分盛り上げて楽しまなきゃやってらんないと思って。買っといたのよ~」
「なるほど、買ったからには読むだけでもですか」
「笑える内容で案外面白いわよ~。最後まで読む気にはならないけど。こんなんでホントに愛され妻になれるんだったら楽なもんよね~」

 ケタケタと笑いながら、アリシアは本を閉じる。

「あ~平和。平穏だわ。隣に害虫がいないってだけで毎日空気が清々しいわ」
「だからといって、この十日間――少々だらけ過ぎな気もしますが」

 別邸から子爵家がいなくなってからというもの、アリシアはわかりやすく気を抜いていた。
 当主としての仕事だけはしているものの、それ以外はほぼゴロゴロダラダラしている。

「さすがに一日寝間着で過ごすというのは淑女として」
 
 と苦言を口にしていたミリーの唇が言葉半ばで止まる。
 わずかに開いて、風を通していた窓の外から、かすかな馬の嘶きが聞こえたのだ。

「客人でしょうか」
「来客の予定はなかったはずだけどね?」
「「とりあえず着替えましょう」か」
  
 と、主従は顔を見合わせた。
 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄のお返しはお礼の手紙で

ルー
恋愛
十五歳の時から婚約していた婚約者の隣国の王子パトリクスに謂れのない罪で突然婚約破棄されてしまったレイナ(侯爵令嬢)は後日国に戻った後パトリクスにあててえ手紙を書く。 その手紙を読んだ王子は酷く後悔することになる。

私の婚約者が、記憶を無くし他の婚約者を作りました。

霙アルカ。
恋愛
男爵令嬢のルルノアには、婚約者がいた。 ルルノアの婚約者、リヴェル・レヴェリアは第一皇子であり、2人の婚約は2人が勝手に結んだものであり、国王も王妃も2人の結婚を決して許さなかった。 リヴェルはルルノアに問うた。 「私が王でなくても、平民でも、暮らしが豊かでなくても、側にいてくれるか?」と。 ルルノアは二つ返事で、「勿論!リヴェルとなら地獄でも行くわ。」と言った。 2人は誰にもバレぬよう家をでた。が、何者かに2人は襲われた。 何とか逃げ切ったルルノアが目を覚まし、リヴェルの元に行くと、リヴェルはルルノアに向けていた優しい笑みを、違う女性にむけていた。

子供の言い分 大人の領分

ひおむし
恋愛
第二王子は、苛立っていた。身分を超えて絆を結んだ、元平民の子爵令嬢を苛む悪辣な婚約者に。気持ちを同じくする宰相子息、騎士団長子息は、ともに正義の鉄槌をくださんと立ち上がろうーーーとしたら、何故か即効で生徒指導室に放り込まれた。 「はーい、全員揃ってるかなー」 王道婚約破棄VSダウナー系教師。 いつも学園モノの婚約破棄見るたびに『いや教師何やってんの、学校なのに』と思っていた作者の鬱憤をつめた作品です。

罪なき令嬢 (11話作成済み)

京月
恋愛
無実の罪で塔に幽閉されてしまったレレイナ公爵令嬢。 5年間、誰も来ない塔での生活は死刑宣告。 5年の月日が経ち、その塔へと足を運んだ衛兵が見たのは、 見る者の心を奪う美女だった。 ※完結済みです。

今更何の御用でしょう? ウザいので止めて下さいませんか?

ノアにゃん
恋愛
私は3年前に幼馴染の王子に告白して「馬鹿じゃないの?」と最低な一瞬で振られた侯爵令嬢 その3年前に私を振った王子がいきなりベタベタし始めた はっきり言ってウザい、しつこい、キモい、、、 王子には言いませんよ?不敬罪になりますもの。 そして私は知りませんでした。これが1,000年前の再来だという事を…………。 ※ 8/ 9 HOTランキング 2位 ありがとう御座います‼ ※ 8/ 9 HOTランキング  1位 ありがとう御座います‼ ※過去最高 154,000ポイント  ありがとう御座います‼

幼馴染は不幸の始まり

mios
恋愛
「アリスの体調が悪くなって、申し訳ないがそちらに行けなくなった。」 何度目のキャンセルだろうか。 クラリッサの婚約者、イーサンは幼馴染アリスを大切にしている。婚約者のクラリッサよりもずっと。

婚約者様は連れ子の妹に夢中なようなので別れる事にした。〜連れ子とは知らなかったと言い訳をされましても〜

おしゃれスナイプ
恋愛
事あるごとに婚約者の実家に金の無心をしてくる碌でなし。それが、侯爵令嬢アルカ・ハヴェルの婚約者であるドルク・メルアを正しくあらわす言葉であった。 落ち目の危機に瀕しているメルア侯爵家であったが、これまでの付き合いから見捨てられなかった父が縁談を纏めてしまったのが全ての始まり。 しかし、ある日転機が訪れる。 アルカの父の再婚相手の連れ子、妹にあたるユーミスがドルクの婚約者の地位をアルカから奪おうと試みたのだ。 そして、ドルクもアルカではなく、過剰に持ち上げ、常にご機嫌を取るユーミスを気に入ってゆき、果てにはアルカへ婚約の破談を突きつけてしまう事になる。

もう我慢する気はないので出て行きます〜陰から私が国を支えていた事実を彼らは知らない〜

おしゃれスナイプ
恋愛
公爵令嬢として生を受けたセフィリア・アインベルクは己の前世の記憶を持った稀有な存在であった。 それは『精霊姫』と呼ばれた前世の記憶。 精霊と意思疎通の出来る唯一の存在であったが故に、かつての私は精霊の力を借りて国を加護する役目を負っていた。 だからこそ、人知れず私は精霊の力を借りて今生も『精霊姫』としての役目を果たしていたのだが————

処理中です...