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 ウィルバートン侯爵家の王都のタウンハウス。
 その敷地に隣接した別邸には、三年ほど前から害虫親子が住み着いている。


「思ったより遅いわね~。すぐ乗り込んで来ると思ったのに」

 グラスのアイスティーは底にわずかに残っているだけになった。
 クルクルとグラスを手で翫ぶと、溶けかけの氷がカラカラと音を立てて回る。

「おかわりをお持ちしましょうか?」

 ミリーの問いに、アリシアは「ん~」と少し思案した。
 ヒンヤリとしたアイスティーはスッキリとして美味しいのだけれど……飲み過ぎるとお腹がタプタプになりそうだ。

「アレがいいわ。この前オーエンおじ様に少し譲っていただいた東方の」

 オーエンおじ様は母方の伯父で、母の実家である伯爵家を継いでいる。伯爵領は港があるので、他国との貿易が盛んなのだ。
 おかげでちょくちょく珍しい品を我が家にもお裾分け頂ける。

「緑茶でございますね。すぐにご用意いたします」

 頷いたミリーがメイドに指示を出していると、にわかに外が騒がしくなった。
 車輪が壊れるのではないかという勢いでガシャガシャガラガラと馬車が走ってくる音がする。
 窓の閉められた部屋の中でこれなのだから、中に乗っている人間はさぞかし煩くも揺られもしているだろう。

「来たわね」

 アリシアはぱっちりとした蜂蜜色の瞳を細めて、ニンマリと笑う。

「ふふっ。奥様お顔が悪代官ですわよ」

 年若い婦女子に対して失礼な例えだ。だって悪代官といえばハゲ散らかして小太りで油ギッシュなオッサン(偏見)と相場が決まっていると思うのだ。が、気分はまさしくそんな感じだからあながち間違いでもない。

「嫌ね。私って結婚式で愛を誓ったその夜に夫に駆け落ちをされてしまった悲劇の新妻なのよ?」

 よよよと泣き真似をしているうちに、車輪の音は邸の入口で喚き散らす甲高い声になり、ドスドスという地響きのような複数の足音になり……ついでに途中で何か固い陶器のようなものが倒れ割れたらしい音にもなった。

「…………今のも確認して賠償の中に加えておくようにしっかり伝えておいて」
「もちろんですわ」

 そうこうしているうちに、足音はすぐ部屋の外まで近づき、

 ドバンッ!!

 と猛烈な音と勢いで扉が開け放たれた。


 ノックもなく無言で入って来たのは三人。
 先頭に立つのは悪趣味で派手なドレスの赤毛の夫人。
 その後ろに続くのは服装の趣味も見た目も似た息子と娘。そのまた後ろから慌てて追いかけてきた邸の護衛が二人。

 真っ赤な顔でズカズカと近づいてくる女とアリシアの間にミリーが入り、道を塞ごうとして――乱暴に突き出された両手に押されて軽くたたらを踏む。

「邪魔するんじゃないよっ!使用人風情がっ!!」

 がなり声を上げて手を振り上げた女に、アリシアは「メイルズ子爵夫人」と声をかけた。

 執務机から立ち上がり、一歩一歩ゆっくりと近づいていく。手には底にわずかに溶け残った氷の沈むグラスを持って。

 

 

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