68 / 86
カランコエの花言葉。
5
しおりを挟む
♢♢♢♢♢
たまに、奇妙な夢を見る。
幼い頃のとある日の夢。
『リル』と別れた日の夢だ。
わたしは『リル』と離れたくなくて、朝からずっとずっと『リル』にしがみついている。
朝起きて、いつも通り『リル』と一緒に朝食を取って、蜂蜜入りのホットミルクを飲んで。
さあ散歩へ出かけようと意気揚々なわたしに、突然知らされた『リル』との別れ。
幼かったわたしは、その時まで『リル』との別れがこんなに早く来るなんて想像もしていなかった。
お家は見つかったし、怪我が治ればお家に帰るのだ、と何度も聞いていたけど、まだ本当に子供なわたしは「よかったねー、リル!お怪我が治ったらお父さんがお迎えに来てくれるね!」なんて口先では言いつつ、全然わかっていなかった。
お家に帰る、ということは『リル』がわたしの側からいなくなってしまうとということなのだ、という当たり前のことを。
わかっている顔をして、これっぽっちもわかっていなかったのだ。
だからだろう。
『リル』の怪我が治るにつれて進められていたお別れの段取りも何も、わたしには何一つ知らされていなかった。
いよいよお別れだというその日の朝まで。
今にして思えば、わたしに何も言ってくれなかった周りの態度もわかるのだ。
あの頃のわたしは、『リル』が大好きな子供で、きっと事前に知らされていれば『リル』を連れて家出くらいはしていたかも知れない。
それこそ自分が病気にでもなれば『リル』だって心配して留まってくれるくらいのことは思って仮病に走るかも知れなかったし、自室に閉じこもって扉を塞いで籠城くらいはしていたかも知れなかった。
そういったわたしの行動を防ぐためにギリギリに、本当にギリギリになるまで告げられなかったのだ。
夕刻には迎えが来る。
共にいられるのはあと数時間というその朝まで。
わたしは泣いて、泣いて『リル』にしがみついた。
ずっと、ずっとそれこそ何時間も。
恥ずかしながらお手洗いに行く時でさえ『リル』に扉の前までついて来させた。
だけどいざ時間になると、わたしと『リル』は大人たちに引き離されて、わたしは泣いてばっかりでまともにお別れの言葉さえも言えなかった。
引き離されて、泣いて、いつの間にかベッドの上で泣き疲れて眠っていた。
それが『リル』とわたしの別れの日。
しがみつくばかり、泣いてばかりで、ろくに話も出来なかった別れ。
そのはずなのに。
夢の中の『リル』は人の姿をしている。
『リル』とさよならしたあの日、空は晴天の青で雨など一滴も振っていなかった。
新月の日ではあったと思う。
けれど『リル』は夜になる前に去って行ったのだ。
そしてわたしはその夜、泣き疲れて眠っていた。
なのに夢の中の『リル』は人の姿で、わたしの手を優しく握っている。
泣き濡れて赤く腫れたまぶたに唇を落として何かを言う。
何を言っているのかはわからない。
けれど、確かに何かを言って笑うのだ。
たまに、奇妙な夢を見る。
幼い頃のとある日の夢。
『リル』と別れた日の夢だ。
わたしは『リル』と離れたくなくて、朝からずっとずっと『リル』にしがみついている。
朝起きて、いつも通り『リル』と一緒に朝食を取って、蜂蜜入りのホットミルクを飲んで。
さあ散歩へ出かけようと意気揚々なわたしに、突然知らされた『リル』との別れ。
幼かったわたしは、その時まで『リル』との別れがこんなに早く来るなんて想像もしていなかった。
お家は見つかったし、怪我が治ればお家に帰るのだ、と何度も聞いていたけど、まだ本当に子供なわたしは「よかったねー、リル!お怪我が治ったらお父さんがお迎えに来てくれるね!」なんて口先では言いつつ、全然わかっていなかった。
お家に帰る、ということは『リル』がわたしの側からいなくなってしまうとということなのだ、という当たり前のことを。
わかっている顔をして、これっぽっちもわかっていなかったのだ。
だからだろう。
『リル』の怪我が治るにつれて進められていたお別れの段取りも何も、わたしには何一つ知らされていなかった。
いよいよお別れだというその日の朝まで。
今にして思えば、わたしに何も言ってくれなかった周りの態度もわかるのだ。
あの頃のわたしは、『リル』が大好きな子供で、きっと事前に知らされていれば『リル』を連れて家出くらいはしていたかも知れない。
それこそ自分が病気にでもなれば『リル』だって心配して留まってくれるくらいのことは思って仮病に走るかも知れなかったし、自室に閉じこもって扉を塞いで籠城くらいはしていたかも知れなかった。
そういったわたしの行動を防ぐためにギリギリに、本当にギリギリになるまで告げられなかったのだ。
夕刻には迎えが来る。
共にいられるのはあと数時間というその朝まで。
わたしは泣いて、泣いて『リル』にしがみついた。
ずっと、ずっとそれこそ何時間も。
恥ずかしながらお手洗いに行く時でさえ『リル』に扉の前までついて来させた。
だけどいざ時間になると、わたしと『リル』は大人たちに引き離されて、わたしは泣いてばっかりでまともにお別れの言葉さえも言えなかった。
引き離されて、泣いて、いつの間にかベッドの上で泣き疲れて眠っていた。
それが『リル』とわたしの別れの日。
しがみつくばかり、泣いてばかりで、ろくに話も出来なかった別れ。
そのはずなのに。
夢の中の『リル』は人の姿をしている。
『リル』とさよならしたあの日、空は晴天の青で雨など一滴も振っていなかった。
新月の日ではあったと思う。
けれど『リル』は夜になる前に去って行ったのだ。
そしてわたしはその夜、泣き疲れて眠っていた。
なのに夢の中の『リル』は人の姿で、わたしの手を優しく握っている。
泣き濡れて赤く腫れたまぶたに唇を落として何かを言う。
何を言っているのかはわからない。
けれど、確かに何かを言って笑うのだ。
0
お気に入りに追加
769
あなたにおすすめの小説
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
悪役令嬢は二度も断罪されたくない!~あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?~
イトカワジンカイ
恋愛
(あれって…もしや断罪イベントだった?)
グランディアス王国の貴族令嬢で王子の婚約者だったアドリアーヌは、国外追放になり敵国に送られる馬車の中で不意に前世の記憶を思い出した。
「あー、小説とかでよく似たパターンがあったような」
そう、これは前世でプレイした乙女ゲームの世界。だが、元社畜だった社畜パワーを活かしアドリアーヌは逆にこの世界を満喫することを決意する。
(これで憧れのスローライフが楽しめる。ターシャ・デューダのような自給自足ののんびり生活をするぞ!)
と公爵令嬢という貴族社会から離れた”平穏な暮らし”を夢見ながら敵国での生活をはじめるのだが、そこはアドリアーヌが断罪されたゲームの続編の世界だった。
続編の世界でも断罪されることを思い出したアドリアーヌだったが、悲しいかな攻略対象たちと必然のように関わることになってしまう。
さぁ…アドリアーヌは2度目の断罪イベントを受けることなく、平穏な暮らしを取り戻すことができるのか!?
「あのー、私に平穏な暮らしをさせてくれませんか?」
※ファンタジーなので細かいご都合設定は多めに見てください(´・ω・`)
※小説家になろう、ノベルバにも掲載
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
【完結】さようならと言うしかなかった。
ユユ
恋愛
卒業の1ヶ月後、デビュー後に親友が豹変した。
既成事実を経て婚約した。
ずっと愛していたと言った彼は
別の令嬢とも寝てしまった。
その令嬢は彼の子を孕ってしまった。
友人兼 婚約者兼 恋人を失った私は
隣国の伯母を訪ねることに…
*作り話です
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
後悔するのはあなたの方です。紛い物と言われた獣人クォーターは番の本音を受け入れられない
堀 和三盆
恋愛
「ああ、ラジョーネ! 僕はなんて幸せなのだろう! 愛する恋人の君が運命の番と判明したときの喜びと言ったらもう……!!」
「うふふ。私も幸せよ、アンスタン。そして私も貴方と同じ気持ちだわ。恋人の貴方が私の運命の番で本当に良かった」
私、ラジョーネ・ジュジュマンは狼獣人のクォーター。恋人で犬獣人のアンスタンとはつい先日、お互いが運命の番だと判明したばかり。恋人がたまたま番だったという奇跡に私は幸せの絶頂にいた。
『いつかアンスタンの番が現れて愛する彼を奪われてしまうかもしれない』……と、ずっと心配をしていたからだ。
その日もいつものように番で恋人のアンスタンと愛を語らっていたのだけれど。
「……実はね、本当は私ずっと心配だったの。だからアンスタンが番で安心したわ」
「僕もだよ、ラジョーネ。もし君が番じゃなかったら、愛する君を冷たく突き放して捨てなきゃいけないと思うと辛くて辛くて」
「え?」
「ん?」
彼の口から出てきた言葉に、私はふとした引っ掛かりを覚えてしまった。アンスタンは番が現れたら私を捨てるつもりだった? 私の方は番云々にかかわらず彼と結婚したいと思っていたのだけれど……。
あなたに愛や恋は求めません
灰銀猫
恋愛
婚約者と姉が自分に隠れて逢瀬を繰り返していると気付いたイルーゼ。
婚約者を諫めるも聞く耳を持たず、父に訴えても聞き流されるばかり。
このままでは不実な婚約者と結婚させられ、最悪姉に操を捧げると言い出しかねない。
婚約者を見限った彼女は、二人の逢瀬を両親に突きつける。
貴族なら愛や恋よりも義務を優先すべきと考える主人公が、自分の場所を求めて奮闘する話です。
R15は保険、タグは追加する可能性があります。
ふんわり設定のご都合主義の話なので、広いお心でお読みください。
24.3.1 女性向けHOTランキングで1位になりました。ありがとうございます。
転生先は推しの婚約者のご令嬢でした
真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。
ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。
ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。
推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。
ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。
けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。
※「小説家になろう」にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる