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カランコエの花言葉。
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言葉と同時に強く引いた手に、より強い力がかかる。
とっさに逃がすまいとしたのだろう。
モンタさんが引き返した力を感じた途端、わたしは逆に手から力を抜いた。
ぐん、とわたしの身体が引っ張られて前に傾ぐ。
モンタさんの目が驚きに見開かれる。
わたしは急激に前に引っ張られる上半身に合わせて一歩足を前に踏み出した。
元から至近距離にいたわたしとモンタさんの身体はあっという間にゼロ距離になってぶつかる。
モンタさんの身体は小さい。
こうして重なり合うと、小柄なわたしの身体にでも後ろから見るとすっぽり隠れてしまうほど。
わたしはわたし自身の身体で裏口からモンタさんの身体を隠し、掴まれていない右手をモンタさんの顔面に伸ばした。
むぎゅっと手のひらをいっぱいに開いて目も鼻も口も関係なくとにかく押し付ける。
人間でも、獣人でも、突然顔面に手を押し付けられれば怯むのは当然だ。
ましてわたしは引っ張られた勢いで前傾姿勢。おかげ様でしっかり体重が乗っている。
モンタさんの顔が辛そうに歪む。
それでも声は上げない。
驚きと焦りのあまり声を上げる余裕もないのか、それとも……。
ーーー。
わたしは頭に浮かんだ思考を圧迫感の緩んだ指先から手を抜き取りながら、振り払う。
ぶつかった勢いのまま二人して倒れそうなところをもう一歩踏み出した足とモンタさんの指先から引き抜いた手をその胸に突っ張ることで軽くたたらを踏みそうになりながらこらえた。
背後、紹介所の裏口の脇で動き出そうとする人の気配がする。
けれどその前に、わたしは振り返って走り出そうと足を踏み出しーーー。
頭上に差した影に視線を上げ、硬直した。
ーーートン。
と軽い音が耳に届く。
これまでまったく気配を感じさせなかった第三者。
その人ーーー獣はどうやら屋根の上にいたらしい。人では不可能な跳躍でわたしの前に降り立った。
フワリ、と着地の衝撃で柔らかそうな体毛が浮き上がり、少し遅れて着地する。
四つ足の凛々しくも雄々しいその獣は鼻面をブルルと振ってその銀色の奥に藍の潜む双眸をわたしへと向けた。
ーーーリ、ル……?
一瞬、そう思って胸中に安堵感が去来しかけ、けれど。
ーーー違う。
姿は同じ。
白銀の毛に銀に藍の潜んだ不思議な色合いの瞳。大きくてしなやかな体躯。
だけどほんのわずか。
耳飾りの光るピンと立った獣の耳。
その耳の片側だけがわずかに灰色が混じっている。
「……ほぅ」
リルとよく似た、白銀の獣が口を開く。
その声音もまた、リルのものととても似ている。
「その瞳の色。ーーーリルヴィシュアスが人間の娘を囲っているというからどんな娘かと思えば……。これはちょうど良い」
舌なめずり気配と、冷たい声。
わたしはリルとよく似た、けれどまったく違うその声音に、ゾッと背筋を震わせた。
とっさに逃がすまいとしたのだろう。
モンタさんが引き返した力を感じた途端、わたしは逆に手から力を抜いた。
ぐん、とわたしの身体が引っ張られて前に傾ぐ。
モンタさんの目が驚きに見開かれる。
わたしは急激に前に引っ張られる上半身に合わせて一歩足を前に踏み出した。
元から至近距離にいたわたしとモンタさんの身体はあっという間にゼロ距離になってぶつかる。
モンタさんの身体は小さい。
こうして重なり合うと、小柄なわたしの身体にでも後ろから見るとすっぽり隠れてしまうほど。
わたしはわたし自身の身体で裏口からモンタさんの身体を隠し、掴まれていない右手をモンタさんの顔面に伸ばした。
むぎゅっと手のひらをいっぱいに開いて目も鼻も口も関係なくとにかく押し付ける。
人間でも、獣人でも、突然顔面に手を押し付けられれば怯むのは当然だ。
ましてわたしは引っ張られた勢いで前傾姿勢。おかげ様でしっかり体重が乗っている。
モンタさんの顔が辛そうに歪む。
それでも声は上げない。
驚きと焦りのあまり声を上げる余裕もないのか、それとも……。
ーーー。
わたしは頭に浮かんだ思考を圧迫感の緩んだ指先から手を抜き取りながら、振り払う。
ぶつかった勢いのまま二人して倒れそうなところをもう一歩踏み出した足とモンタさんの指先から引き抜いた手をその胸に突っ張ることで軽くたたらを踏みそうになりながらこらえた。
背後、紹介所の裏口の脇で動き出そうとする人の気配がする。
けれどその前に、わたしは振り返って走り出そうと足を踏み出しーーー。
頭上に差した影に視線を上げ、硬直した。
ーーートン。
と軽い音が耳に届く。
これまでまったく気配を感じさせなかった第三者。
その人ーーー獣はどうやら屋根の上にいたらしい。人では不可能な跳躍でわたしの前に降り立った。
フワリ、と着地の衝撃で柔らかそうな体毛が浮き上がり、少し遅れて着地する。
四つ足の凛々しくも雄々しいその獣は鼻面をブルルと振ってその銀色の奥に藍の潜む双眸をわたしへと向けた。
ーーーリ、ル……?
一瞬、そう思って胸中に安堵感が去来しかけ、けれど。
ーーー違う。
姿は同じ。
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だけどほんのわずか。
耳飾りの光るピンと立った獣の耳。
その耳の片側だけがわずかに灰色が混じっている。
「……ほぅ」
リルとよく似た、白銀の獣が口を開く。
その声音もまた、リルのものととても似ている。
「その瞳の色。ーーーリルヴィシュアスが人間の娘を囲っているというからどんな娘かと思えば……。これはちょうど良い」
舌なめずり気配と、冷たい声。
わたしはリルとよく似た、けれどまったく違うその声音に、ゾッと背筋を震わせた。
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