出稼ぎ公女の就活事情。

黒田悠月

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すれ違いと不穏な噂。

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--なに?

 突然のこと。
 しかも頭はぼんやりとしたままで。


 わたしは一瞬何が起きたのかよくわからなかった。

 ただ柔らかくて温かな何かがわたしの唇に触れている。

 パチパチとまばたきすると、触れるほどそばにリルの長い銀色の睫毛と閉じられたまぶたが見えた。

 --いえ。

 触れるほど、じゃない。
 触れている。

 わたしの唇に、リルの--。

 そのことに気づいた瞬間、わたしはとっさに両手を思い切り前に突き出していた。

 心臓がドクドクと激しく波打っている。
 驚き過ぎて、手を突き出たまま身体は固まっている。

 だって。
 今の……。

「リル?」

 どうして?と問いたいのに、やっぱり声は出ない。
 ただただ心臓の音だけがドクドクと身体中に響く。

「ねぇ、リディ?」

--ドキン!

 心音が跳ねた。
 リルの唇が、わたしの耳のすぐそばにある。
 息が触れるほど。

 どんどん頭に血が上る。
 きっと、わたしの頬も耳も赤い。

「……あまり、心配させないでください」

 リルの唇が動くたび、わたしの耳に息が触れる。
 
「……リ、ル?」

 ようやく出た声は、自分でも戸惑うほど掠れた、どこか甘えた声で。
 わたしはその声にまた唇を閉ざしてしまう。

「約束、してくれますか?」 

 何を?とわたしは視線で問いかけた。

「もう、無理はしないと」

 ほんのわずか、リルの唇が下に下がる。
 すると触れる息が首筋を撫でてゾクリとした。

「……っ」

 びくりと身体が震えてしまう。
 知らぬ感覚に、わたしはぎゅっと目を瞑った。

 でなければ、その感覚に流されてしまいそうな気がしたから。

--怖い。

 リルが、じゃない。
 自分自身が。

 ゾクゾクと肌がわななくような感覚は、これまでに感じたことのないもの。
 なのに頭のどこかでそれが快感の一つなのだと感じている自分がいる気がして。

 
 わたしはとにかくその感覚から逃れたくて、ひたすらコクコクと何度も頷いた。

 なのに次の瞬間、リルの気配はわずかに離れたことにがっかりしている自分もいる。

 ふわりとリルの手がわたしの頬に触れて、指先が唇を撫でた。

 その仕草と指の感触にまたドキリとする。

 ドキドキして、頭はふわふわ。
 どんどん顔が赤らんできているのが鏡を見なくてもわかる。

 
「今夜は帰ります。夕食までに必ず」

 わたしは何も言えず、またこくりと頷いた。

「その後に、話したいことがあります。……送ってはいけないのですが、大丈夫ですか?」

 コクコク。
 わたしは頷く。

 わたしったら何だか子供の頃に兄様がお土産にくれた首振り人形みたい。 
 どこのお土産だったかは忘れたけれど。

 たぶん国のわたしの部屋にまだあるはず。

「もう少ししたらシルルが迎えに来ます。それまで、眠っていて下さい」 
 
 チュッと頭の辺りで小さな音がした。
 リルの唇が、わたしの額に触れた音。

 軽く肩を押されて、わたしの頭はパフンと枕に逆戻りする。

「おやすみなさい」

 そう言われたけれど、ドキドキしすぎてとてもではないけれど眠れそうもない。
 わたしはリルが肩まで掛けてくれた上掛けを頭の上まで引き上げて、被った。
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