出稼ぎ公女の就活事情。

黒田悠月

文字の大きさ
上 下
37 / 86
新しい仕事と生活。

17

しおりを挟む
「……ここ?」

 小さな公園のすぐ横にあった、周りと同じ平屋建ての建物。
 間口は周りと比べて少し広め。
 入口の両扉のドアは開かれていて、中にはいくにんかの人の姿とカウンターが見える。

ドアの脇と屋根から下げられた木の看板には『職業紹介所』の文字。  

「あ、の、カルダさん?」
「こちらに用があるのでは?」
「それは、そうですけど」

 でも、いいんですか?
 と、問うべきなのだろうけれど、声はでない。
 変わりにゴクリと喉を鳴らして入口の前に足を進めた。

 どうしよう。
 入っていいのだろうか。

 ここまで来て、躊躇する。

「私はこちらで待っていますので、終わりましたらすぐにおいで下さい」
 
 その言葉に背中を押された気がした。
 入口の脇に立つカルダさんに一礼して、わたしは建物の中に足を踏み入れる。
 室内は慣れ親しんだフランシスカの紹介所とほぼ同じ。違いといえば紹介の広告の張り紙を見上げている人たちと、カウンターの中で受付をしている職員の人たちの多くに獣の耳と尻尾が生えているくらい。

 どころか一人、猿の姿にシャツとズボンなんて人もいるけど……。
 
 どこかコミカルな動きで次から次に掲示板から張り紙を剥がしていく姿に思わず目が追ってしまう。
 獣人は普段人の姿を取る人が多い。
 基本的には人間と生活様式が変わらないのだから、当然なのだろうな、と思う。
 テーブルで食事をするのに、獣の姿では食べにくいもの。

--お猿さんだからかな?

 人間と同じ二足歩行ができて手先も器用な猿であれば、獣の姿でも不自由がないということか。
 それとも年がわかりにくいけれど、まだ人間の姿を取れない子供なのか。

 ついついずっと眺めていると、くりんとばかりに勢いよくその彼(?)がわたしの方を向いた。

「何か用か?」

 訝しげな視線と声にはたと我に返る。

「いえ、ごめんなさいっ!」

 慌てて頭を下げて受付のカウンターに走る。
 けれどやっぱり気になってしまってちら、と見るとお猿さんはすでに何事もなかったような顔でまた広告の張り紙を次々に剥がして回っていた。

 毛むくじゃらの手の中には十枚を軽く越える紙の束が。そんなに!と思って見ていると、カウンターの中からクスクスという笑い声。

「あ、すみません」

 わたし、さっきから謝ってばっかりだわ。
 恥ずかしい。
 
「いえ、あんなにせわしないと気になりますよね」

 フォローしてくれようとしているのだろう。
 けれど、口元はまだ緩んだままで、わたしはますます羞恥心がもたげてくる。

「ところで、本日は受付ですか?」

 そう言ってニッコリする受付のお姉さんは……もしかして虎の獣人かしら?
 頭の獣耳は金色の虎の耳。
 虎って、なんだか怒らせたら怖そう。

「はい。あの、こちらは初めてなので、とりあえず今日は受付だけ……」

 お願いしますと頭を下げる。

「かしこまりました。ではこちらの用紙に記入をお願いします。文字は書けますか?」
「大丈夫です」

 受け取った用紙はだいたいフランシスカの紹介所で書いたものと同じ。
 名前や年齢、後はこれまでの職業の簡単な履歴に違うのが種族欄。

 わたしはサラサラと記入してお姉さんに返す。

「ありがとうございます。ではこちらでカードをお作りして、ご希望の仕事がありましたらそのカードと共に張り紙を剥がしてお持ち頂ければ応募を受付致します。ただし仕事によっては受付をお断りする場合もございますのでご了承下さい。カードをお作りするのに2日ほど頂きますので仕事の応募ができるのもそれ以降になります。よろしければ受付を完了させて頂きますが、よろしいですか?」

 すごい。
 まったく淀みなくスラスラと説明するのに感心する。きっと毎日のように説明しているからだろう。

--でもわたしには毎日言っていても難しそう。

 噛んでしまいそうだし、相手によっては萎縮して少しでも割り込まれたらもう次のセリフを忘れてしまいそうだ。

 わたしはコクコクと頷いてお姉さんから一枚の紙を受け取った。

「では2日後の昼のでこちらの書類を受付にお持ち下さい」
「ありがとうございます」

 お礼を言って、カウンターを離れた。
 お猿さんはわたしが受付をしている間も張り紙を回収して回っていたみたいで、目に入ったその手には新たな張り紙が増えている。
 そう、もはやあれは回収よね。

 ちょこまか動き回っているから、入口に向かう間にも何度となく目についてしまう。

 なんだかその姿はおかしくて可愛らしい。

 つい笑ってしまいそうになるのをこらえ、わたしはカルダさんの待つ外へと向かう。

 
 この時わたしは思ってもみなかった。
 この可愛らしいお猿さんがわたしの近い未来にとても深く関わりを持つことになるなんて。
 
 まったく、想像もしていなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

【書籍化予定】居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。 みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。 黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。 十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。 家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。 奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。 書籍化予定です。Web版は11/21までの公開です。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

破滅回避の契約結婚だったはずなのに、お義兄様が笑顔で退路を塞いでくる!~意地悪お義兄様はときどき激甘~

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
☆おしらせ☆ 8/25の週から更新頻度を変更し、週に2回程度の更新ペースになります。どうぞよろしくお願いいたします。 ☆あらすじ☆  わたし、マリア・アラトルソワは、乙女ゲーム「ブルーメ」の中の悪役令嬢である。  十七歳の春。  前世の記憶を思い出し、その事実に気が付いたわたしは焦った。  乙女ゲームの悪役令嬢マリアは、すべての攻略対象のルートにおいて、ヒロインの恋路を邪魔する役割として登場する。  わたしの活躍(?)によって、ヒロインと攻略対象は愛を深め合うのだ。  そんな陰の立役者(?)であるわたしは、どの攻略対象ルートでも悲しいほどあっけなく断罪されて、国外追放されたり修道院送りにされたりする。一番ひどいのはこの国の第一王子ルートで、刺客を使ってヒロインを殺そうとしたわたしを、第一王子が正当防衛とばかりに斬り殺すというものだ。  ピンチだわ。人生どころか前世の人生も含めた中での最大のピンチ‼  このままではまずいと、わたしはあまり賢くない頭をフル回転させて考えた。  まだゲームははじまっていない。ゲームのはじまりは来年の春だ。つまり一年あるが…はっきり言おう、去年の一年間で、もうすでにいろいろやらかしていた。このままでは悪役令嬢まっしぐらだ。  うぐぐぐぐ……。  この状況を打破するためには、どうすればいいのか。  一生懸命考えたわたしは、そこでピコンと名案ならぬ迷案を思いついた。  悪役令嬢は、当て馬である。  ヒロインの恋のライバルだ。  では、物理的にヒロインのライバルになり得ない立場になっておけば、わたしは晴れて当て馬的な役割からは解放され、悪役令嬢にはならないのではあるまいか!  そしておバカなわたしは、ここで一つ、大きな間違いを犯す。  「おほほほほほほ~」と高笑いをしながらわたしが向かった先は、お兄様の部屋。  お兄様は、実はわたしの従兄で、本当の兄ではない。  そこに目を付けたわたしは、何も考えずにこう宣った。  「お兄様、わたしと(契約)結婚してくださいませ‼」  このときわたしは、失念していたのだ。  そう、お兄様が、この上なく厄介で意地悪で、それでいて粘着質な男だったと言うことを‼  そして、わたしを嫌っていたはずの攻略対象たちの様子も、なにやら変わってきてーー ※タイトル変更しました

虐げていた姉を身代わりに嫁がせようとしましたが、やっぱりわたしが結婚することになりました

りつ
恋愛
ミランダは不遇な立場に置かれた異母姉のジュスティーヌを助けるため、わざと我儘な王女――悪女を演じていた。 やがて自分の嫁ぎ先にジュスティーヌを身代わりとして差し出すことを思いつく。結婚相手の国王ディオンならば、きっと姉を幸せにしてくれると思ったから。 しかし姉は初恋の護衛騎士に純潔を捧げてしまい、ミランダが嫁ぐことになる。姉を虐めていた噂のある自分をディオンは嫌悪し、愛さないと思っていたが―― ※他サイトにも掲載しています

魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。 十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。 途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。 それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。 命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。 孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます! ※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。

【完結】今夜さよならをします

たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。 あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。 だったら婚約解消いたしましょう。 シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。 よくある婚約解消の話です。 そして新しい恋を見つける話。 なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!! ★すみません。 長編へと変更させていただきます。 書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。 いつも読んでいただきありがとうございます!

処理中です...