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Chapter.67

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 誰とも顔を合わせたくなくて、授業が終わる前に起き上がって、保険医の先生に持ってきてもらった荷物を抱えて学校を出た。
 早退するなんて初めての経験で、なんだか悪いことをしているみたいだ。
 いつもより乗客の少ない電車に揺られて地元駅に向かう。
 学校からの連絡を受けて駅まで迎えに来てくれたママと一緒に、ゆっくりと帰路へ着く。
「ごめん、お昼、食べられなかった」
「いいのよ。急に寒くなってきたからね、体調も崩しちゃうわよ」
「うん……」
「……ごめんね、気づかなくって」
「ママのせいじゃないから。ぜったい」
「……うん。夕飯は? なにか食べられそうだったりする?」
「うーん……わかんない……いらないかも……」
「そう。じゃあ、なにか欲しいものあったらすぐに教えてね」
「うん……ありがとう」
 気遣って心配してくれる家族がいる。それってすごい幸せなことだと思う。私はすごく、幸せ者だ。でも……。
 家に着いて、部屋に戻って、いままで溜まっていた息を大きく吐く。一緒に全身からチカラが抜けていく。
 床にへたりこんで、でもなんとか着替えだけはと制服を脱いだ。部屋着を着て、制服をハンガーにかけて、ベッドに横たわる。着替えられただけでも偉いと思えるほど全身がだるくて、気持ちが重くて、頭がガンガン音を立てて痛む。
 関わってはいけなかったんだ。
 私なんかが関わって、いい人じゃなかった。モブはモブらしく、誰とも交流せず、地味に三年間を過ごせば良かったんだ。
 けど……。
 太陽のように明るい由上さんが近くにいると、暖かくて優しい気持ちになれる。それが嬉しくて、楽しくて、近づきすぎてしまった。
 私が私じゃなかったら……もっと明るくて、可愛くて、誰とでも仲良くなれるような人だったら……こんなことにはならなかったんだろうな……。
 でもそれはもう、私じゃない、別人だ。私が私である以上、もう由上さんとは、仲良くしないほうがいいんだ……。
 離れなければならないと思ったら、胸が苦しくて、息がしにくくなって、涙が出てきた。
 なんで……こんなに……つらいんだろう。
 自分の気持ちが良く分からなくなって、頭もしめつけられるように痛くなって、考えるのをやめた。
 メガネを外し、まぶたを閉じて眠ろうとするけど、いろんな場面が浮かんで消えてを繰り返して、自分の意志で止めることができない。
 どこかでスマホが鳴った。メッセの新着を報せる音。
 スマホ……そういえばバッグに入れたままにしてしまった。ベッドから起き上がって行かないとならない距離にあって、取りに行く気力がないからあきらめる。
 通知音は何回か間隔を置いて続いて、止まった。
 初音ちゃんかな……もしかして、由上さん……。
 由上さんだったら、返信……どうしよう……。
 もうこれ以上、由上さんの優しさに甘えないほうがいいよね。どこか知らないところで、迷惑、かけてるかもしれないし……。
「いたた……」
 頭痛に加えて、胃まで痛くなってきた。
 だめだ、寝よう。
 横を向いて、身体を丸めてまぶたを閉じる。ウトウトとしては目覚め、またウトウトする、を繰り返して、ようやく眠りに就いた。
 眠るのにも体力が必要なんだってことを、初めて知った。

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