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Chapter.60

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「なぁなぁ」橙山が皆に声をかける。「来月どうしよか」
 夕食を食べる住人達は橙山の顔を見て
「なにがや」
「来月のいつよ」
「突然なに」
 思い思いの感想を述べた。
「なにって、ホワイトデー。なんか考えてる?」
「あぁ……」つぶやいたのはキイロだ。「なんとなくは」
「えー、なにあげる?」
「そんなん言わんよ」キイロは苦笑しながら、生姜焼きを口に入れた。
「なんでよー、ケチやなぁ~」
「キイロはキイロだけの特別なんがしたいんやろ」黒枝が口を尖らせフォローするが
「なんすか。逆に恥ずかしい、そのフォロー」キイロは更に苦笑する。
「悩んでんの」
「逆に悩んでないの?」赤菜の問いに橙山が問い返して、「義理で頂いたとはいえ、職場の人とかとカリンちゃんとは違うからさぁ。ゆうてあんまり高価なもの返すんも違う思うし~」口を尖らせ「うー」とうなりながら悩む。
「あんまり悩むと、悩ませた~って気にするかもなぁ」青砥が言って、味噌汁をすすった。
「そっか、そうやなぁ」
「気軽に考えたらええんちゃう? カリンちゃんかって、お礼の意味で~ゆうてたんやから」ポテトサラダを食べつつ、紫苑が橙山に助言した。
「そっかー。じゃあなんか、楽しくなるようなもん探そうかな~」
 先ほどまでの悩み顔は一転、サプライズを企む子供のように、楽し気な笑顔になる。
 紫苑と青砥は顔を見合わせて、仕方ないなぁというように笑った。
「結局今日は二人でどっか行ったんやっけ?」黒枝の問いに
「昼間うたときは、いのりがレストラン予約してくれた~て喜んでたよ」青砥が答える。「めっちゃウキウキしてはったわ」
「そらそやろ、昨日までどこも行かん予定やゆうてたんやし」
「ええな~、オレもそういう相手ほしいな~」
「ゆうてるだけじゃできんなぁ」ニコニコと笑いながら青砥が言う。
「そんなんわかってるけどさぁ~」橙山はまた口を尖らせ、生姜焼きに添えられたキャベツの千切りを一本一本口に運ぶ。
「だいじょぶだいじょぶ! なんとかなる!」紫苑は根拠のない励ましをして、「ごっそさん!」一足先に食事を終え、コップ一杯の麦茶を一気に飲み干した。
「お前はカノジョ欲しいゆうか、一緒にいちゃいちゃできる相手が欲しいんやろ?」
 黒枝の言葉に橙山は「んー」とうなる。
「そうなんかなぁ。そうかもなぁ」細いキャベツをちみちみ食べながら思案して。「いのりんとカリンちゃん見てると、なーんかえぇなぁって思うんよねー」
「めっちゃ仲ええもんなぁ」目尻を下げる青砥に
「雨降って地固まったんやろ」黒枝が言う。
「なんや、あいつらケンカでもしてたんか」
「あ、眞人くん知らんか」
「え? なに? 俺も知らん」
「しぃちゃんもあの日いてへんかったもんね」
「なんでそんな面白そうなこと教えへんねん」赤菜は不謹慎なことを言って、食事を終えた。「いつの話や」
「えー? いつやっけ?」
「11月の頭くらいやな」
 首を傾げた橙山にキイロがすぐさま答えた。
「よぉ覚えてんな」青砥は目を丸くして、キイロを見やる。
「ちょうど締切あたりやってん」茶碗から最後の一口を口に入れて、咀嚼し、飲み込む。「ごちそうさまでした」
「そんなチャンスにキイロはなんもせぇへんかったん」
「チャンスってなんすか」
「ケンカ別れさせたったら良かってん。どうせ人の優しさにあぐらかいてるような態度とってたんやろ」
「そんな決めつけたったらあかんて~。もう仲直りもしたんやしさぁ」
 青砥も遅れて食事を終える。手を合わせ、ごちそうさまでしたと小さく頭を下げた。
「かっさらったったら良かったんや」
「そんなんしたらみんな気まずいやん。そんくらいの分別はつくんで」
「なんや、つまらんのぉ」
「人の人生をそんなふうに言わないの」青砥は赤菜をたしなめる。「最近はずいぶん優しいなったやん。いつも仲良ぉしてるみたいやし」
「隣の部屋からなんか聞こえたりしてるん」
 ニヤニヤする赤菜に
「下世話やわ~」
「お前それカリンちゃんおるときゆうたらあかんで」
「完全にセクハラですよ」
 黒枝、紫苑、キイロが顔をしかめて強めの言葉を投げる。
「いまはおらんのやからええやろ」
「眞人くん、それ、ヘリクツゆうねんで?」
「橙山に言われたらおしまいやわ」
 黒枝の言葉に赤菜が苦笑して
「お前ら揃いも揃ってあいつらの味方か」
 半身になって五人をねめつける。
「その都度正しい人の味方です~」
 青砥は使い終えた食器を片付けながら、鼻にシワを寄せて口を尖らせた。
「まぁ、今度なんかあったら……」キイロは口の中でぽつりとつぶやく。
「ん? なに?」
「いや? 片付け手伝うわ」
「ありがとぉ」
 青砥は破顔して、キイロの申し出を受け入れた。
「今頃オシャレなレストランでいちゃこらしてるんやろなー、ええなー」
「はよ相手見つかったらええな」
 食器を運びながらキイロが笑う。
「キィちゃんはそりゃあさぁ、その気になったらたくさん女の子寄ってくるやろけどさぁ」
「お前は色んな女性に幅広く優しくするからあかんねん。こいつ、こないだも現場でさぁ~」
 撮影で一緒になった黒枝が、橙山の天然女たらしエピソードを話し始めた。
 青砥とキイロは二人並んで食器を洗う。
「でもほんま、なにがええのかな~。みんなとカブらんようにってなると難しいな~」
「そやな。サクラさんやったらなんでも喜ぶ思うけど」
「確かに~」
「もういっそ、全員でなんか一緒のことしたら?」
「えー? でもキイロは個別で考えてるんでしょー?」
「それはまた別でやったらええだけやから」
「そっかー。橙山も悩んでるし、洗い終わったら提案してみよかな~」
 皿を洗いながら青砥がなにかを考えるように天を仰いだ。

 かくして、食器洗いが終わった青砥と、風呂からあがってきた橙山を主導に、華鈴へ贈るためのサプライズを画策する住人達であった。
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