上 下
52 / 70

Chapter.52

しおりを挟む
「うわぁ! なにこれ!」
 仕事から帰って来た一緑が玄関に入るや、驚きの声をあげる。
「なに?! 今朝なかったやん! すごいな!」
 リビングへ入ってきた一緑を、声を聞いていた住人達がニコニコと出迎える。
「買ってもうた」
 赤菜がニヤニヤして、それ・・を眺めた。

 数時間前。

 ピンポーン♪ とインターホンから音がして、来客を報せた。
「はーいはいはい」
 リビングに居合わせた青砥が返事をしながら、応答ボタンを押す。「はいっ」画面に映ったのは宅配業者の男性だ。
『こちらアカナ様のお宅でよろしかったでしょうか?』
「はいー、そうですー」
『お荷物をお届けにあがったのですが~』
「あ、そしたら、門カギ閉まってないんで、そのまま玄関までいらしてください」
『かしこまりました、お伺いします~』
 やりとりを終えて、青砥が玄関まで移動する。少しして玄関のチャイムが鳴った。
「はーい」
 答えて出ると、画面越しに会話をした宅配業者が大きな箱をかたわらに置き「こちら、宛名のご確認をお願いします」青砥に伝票を見せる。
 書かれていたのは赤菜のフルネームだ。
「はいー、間違いないです~」
「では、こちらにサインをお願いします」
 言われて“赤菜”とサインをする。他の住人の荷物を受け取るとき、自分の名字をサインすると宅配業者が混乱するから、という配慮で、以前決めたことだ。
「けっこう重いんですけど……」
「そうですね、重そうですね……」青砥の背丈よりも大きな箱を眺め、「中まで運んでいただいても…?」小さく首をかしげる。
「はい。どちらに置きましょう」
「あ、じゃあ、ここに」
 示したのは玄関ポーチの一角だ。
「かしこまりました」
 宅配業者は少し重そうに、慎重に持ち上げ、青砥が指した一角に長方形の箱を置いた。
「それでは」
「お疲れ様です~、ありがとうございます~」
 男性を送り出してドアを閉め、箱を眺める。
「またなにをうたんだか……」
 浪費癖のある旦那を憂うような口調で青砥がつぶやき、二階にあがる。
 向かうのは赤色のドアの前だ。
「赤菜くん、おる~?」
 ノックして呼びかけると少ししてドアが開き「なに?」赤菜が顔を見せた。
「なんやでっかい箱届いたけど」
「おっ、来たか。早いな」
 ニヤニヤしながら部屋を出て、ウキウキした足取りで階下へ向かった。
 青砥もそれに続き、玄関先へ移動する。
「おう、思ってたよりでかいな」
「なに? これ」
「なんや思う」
「わからんから聞いてんねんけど……」
「少しは想像力働かせたらええねん」ニヤつきながら青砥に言って、「リビング運ぶか」腕まくりをして箱に手をかけ「おっも!」持ち上げることもなく諦めた。「お前よく持てたな」
「宅配屋さんに入れてもうてん。プロの人でも重そうにしてはったわ」
「まぁそやろな」
「なに? またなんかいらんもん買った?」
「またってなんや。お前らに迷惑かけてはないやろ」
「そやけどさー」
 二人で言い合っていると、玄関ドアが開いて「ただいまー」うつむきがちに黒枝が入ってくる。「うおっ!」
 顔をあげ、いるとは思っていなかった人がいたことに驚き、声をあげた。
「あ、おかえり~」
「ただいま。えっ? なに? 二人して」
「いや、赤菜くんがさぁ」
「なんでもええから運ぶん手伝って~」
「え? オレ帰ってきたばっかやねんけど」口の端をあげながら苦笑含みに黒枝が言う。
「ちょうどええとこおるんやからええやろ」
 箱に手をかけ、赤菜は赤菜が箱の底あたりを顎で指す。
「んもー、なんやねん~」
 ブツブツ言いながらも黒枝は赤菜に協力をして、三人がかりで箱をリビングまで運んだ。
「なにこれ? めっちゃ重かってんけど」
「まぁ待てって。いまから開ける」
 疲れたように床に座る青砥と黒枝を置いて、赤菜が二階へあがった。
 戻って来たとき、手にはカッターを持っていた。無言で刃を出し、段ボール箱を開梱していく。
「なんや赤菜くんが刃物持ってると物騒やわぁ」
「わかる~。こいつ子供んころから彫刻刀とか好きでさぁ~」
「あー、好きそう~」
「おい、人を危険人物みたいに言うのやめろ」
「カッター持ちながら凄むな、コワい」
 わいわい言い合いしつつ、赤菜は開梱作業を進めた。
 蓋部分を観音開きして、中身を確認する。
「うん、これやこれ」
 満足そうにうなずく赤菜につられ、黒枝と青砥が箱の中を覗いた。
「うわ、すげぇ」黒枝が瞳を輝かせ
「えー! 粋なことするやん!」青砥が感心した。
 箱の中に入っていたのは、2メートル強も高さがある白いクリスマスツリーだった。
「女がいるときくらいしか、こんなん飾るタイミングないからな」
「女て。言い方よ」青砥が笑う。
「いやまぁでも、男ばっかの家にこんなんあっても気持ち悪いだけやって」黒枝は赤菜の意見に賛成した。
「まぁそうかぁ。ええタイミングかもなぁ」
「そしたら出すから、また手伝え」
「命令かい!」
 笑いながらも青砥がよっこらせと立ちあがる。
「えー、ちょっとほかに誰かおらんか行ってくるわ。オレらだけじゃしんどいって」
 黒枝も同じように立ち上がって、リビングに掲示されたホワイトボート予定表を見る。
「お、キイロおるやん。呼んでこよ」
 ちょっと待っててと言い残して、黒枝が二階へあがる。
「なんやかんやで大事なんやなぁ」
「あん? なにがぁ」
「えー? カリンちゃんが」
「別に大事じゃないなんて言ったことないやろ」
「まぁそやけどさぁ」
「サクラがおらんかったら、うちの雰囲気もまた違ってたやろし、キイロもな。物腰が柔らかなって、最近仕事やりやすなったゆうてたし」
「あ、そうなん?」
「女性の編集者と打ち合わせするとき、いままでみたいな嫌悪感ちゅうか、壁つくらんくて平気なようになったって」
「そっかぁ。そらいい影響やったなぁ」
「酔っぱらって言ってたから、まぁ、あれやけど」
 赤菜はツリーの隙間に入れられたオーナメントの箱を取り出しながら言う。
「そういうときこそ、本音が出るんやない?」
 青砥も嬉しそうに微笑んでいる。
「まぁな」
 赤菜が口の端をあげて笑う。それはどこか嬉しそうで、穏やかな笑顔だった。
「キイロおったー」
 黒枝がらせん階段からリビングへ移動してくる。
「なに? わざわざ手伝うほどのなにを買ったん」
 怪訝そうな、面倒くさそうな顔をしてキイロが赤菜を見やる。
「見たらそんな顔できんくなるぞ」
 赤菜は自信ありげな顔でキイロを見つめ返した。
「えー?」まだ訝しげな顔のまま、床に置かれた段ボール箱の中を覗き込んだ。「うわ! ツリーや!」一変、キイロに満面の笑みが浮かぶ。「すげー! 店のみたいな大きさやな!」
「ほれ」
「いや、こんなんテンションあがるやろ。オレなにしたらいい?」普段隠しがちな少年のような顔を見せた。
「箱の中から出したいねん」
「ん、オッケー。一人じゃ無理やで?」
「わかってるよ」
 浮足立つキイロの口調に黒枝が笑って答えた。
 四人で協力しあって箱の中からツリーを取り出し、らせん階段の脇、キッチンカウンター前に設置した。
「階段からリビングまでちょっと迂回になるけどな」腰に手を当て赤菜が言う。
「ええんちゃう? そのくらい。運動不足の人多いんやから。とーやまとか」いまは仕事で不在にしている橙山の名前を出して、青砥がいたずらっぽく笑う。
「このくらいでブーブーゆうてたらどーしょーもないぞ」黒枝は顔をしかめるが、
「階段から裏側も見えてキレイやん」キイロはニコニコと上機嫌だ。
「飾りつけは? どうする?」
「あとででええやろ」
「あれ、意外」いますぐにでも、と答えが返ってくるだろうと予測してした質問だったから、青砥は少々肩透かしを食らったようだ。
「サクラさん帰ってきてからでええんちゃう?」
 そんな赤菜の意図を酌むように、キイロが何かを思い浮かべるように微笑みながら言った。
「あぁ、そやな。女の子のほうが、センスええやろし」
 青砥もふと笑って、ツリーを眺める。
 華鈴は用事で外出していて、予定表に書かれた帰宅時間まではあと二時間程度。
 それまでは個々の用事をこなしながら、華鈴や外出中の住人達が喜ぶ顔を想像していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

処理中です...