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Chapter.24
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青砥は至極ご満悦だ。
以前約束をしていた、青砥デザインの試作服のモデルを華鈴にしてもらっているからだ。
「いやー、身近に女の子いてくれると助かるわ~」
「お役に立ててなによりです」
「いやいや」カリンの言葉に青砥はゆるりと首を振った。椅子に座ったまま手際よく運針しつつ言葉を続ける。「うち男しかおらんやろ~? できたての服試着してほしくても無理やからさ~。トルソーでもええんやけど、やっぱり生身の人間と違うんよな~」
「そうなんですね」
かたわらに座って見守る一緑と一緒に、滑らかに動く指先を眺めていると、あっという間に時間は過ぎて……。
「はい、オッケー」青砥は華鈴が着ている服から手を離し「くるっと一回転お願いします」自分の胸の前でペチンと手を合わせた。
青砥の要望に応えた華鈴が、その場で足踏みをしてくるりと回る。
遠目に全体像を眺め「うん、いいシルエット」満足そうにうなずくと「着心地とか、着脱感どうかな?」華鈴を見上げて聞いた。
「着心地はすごくいいです。腕を動かしてもどこかがひっぱられる感じしないですし…」んしょ、と小さく言って、華鈴は着ているコートを脱いで、再度着た。「脱ぐのも着るのも楽です」
「ん、良かった。ありがとう」
感想を聞いた青砥がニコォと笑って手を差し出す。
華鈴がその手に脱いだジャケットを渡すと、青砥がすぐそばのトルソーに着させた。
「次、これお願いできますか?」机の上に置いていたシースルーのブラウスに両手を置く。
「はい」着替える準備をしようと華鈴がシャツのボタンに手をかけると、
「ちょお待って?」それまで黙っていた一緑が手を広げて掲げ、華鈴を止めた。
「ん?……あぁ、ごめんごめん」その意図を汲んだ青砥が謝罪して、一緑にブラウスを渡して椅子を回転させ、華鈴に背を向ける。「ショーで見慣れてるから気にならんかった」マヒしてんな、おれ、と苦笑しながら言って「ごめんな」一緑に再度謝る。
「うん、ごめん。変な目で見るとは思ってないんやけど」
「しゃあないでしょ。彼女が他の男の前で服脱ぐの、黙って見たいやつなんかおらんわ」
その会話に、華鈴もようやく合点がいった。
青砥の前で着替えるのは予測がついていたし、そうなっても大丈夫なように下着の上に夏用の部屋着を着ていたのだが、一緑からしたらあまりいい気分ではないだろうと予想もできる。
「ごめんなさい」どちらに言うでもなく謝る。
「カリンちゃん悪くないから」言いながら、挙げた右手をひらひらと振った。「ごめんな、ちゃんとした更衣室ないとこで」
「いえ、大丈夫です」華鈴も一応、青砥に背を向けて着替えることにした。
「これからもお願いしたいし、カーテンで仕切れるようにしようかな~」
「そのほうが安心できるわ」シャツを脱いだ華鈴に、一緑がブラウスを渡す。かわりに華鈴のシャツを受け取って、畳んで膝の上に置いた。
「そう? じゃあなんか考えとくわ。天井にカーテンレール付けさしてもらおうかな」それともパーテーション? いや若干邪魔やな……などとつぶやき思案する青砥に、
「着れました」華鈴が声をかけた。
「はーい。お、いいねぇ」振り返るや青砥が相好を崩す。「いい感じの透け感出てる」
青砥が下に着た服や肌の見え具合を確認していると
「透けすぎやない? 中身めっちゃ見えちゃってるし」一緑が横から口を挟んだ。
「そうかなー。チラリズム足りてへんかー。うーん……違う生地組み合わせたらどうやろか」
「部分的に見えるってなると、中に着るものにかなり気を使いますね」
「そっかー。じゃあいっそ中もセットで販売するほうがええかなー」
「それならコーディネートが楽かもしれません」
「そうよねー。そんで手持ちの服とも組み合わせられますよーのが楽しいよねー」
「ほかにも合いそうなインナーと並べて置いてもらえると、選びやすいですね」
「あ、それいい。ちょっとそっち路線で考えてみよっかな。着心地とかはどう?」
「軽いです。やわらかいし、肌触りがいいです」
「ならええか。ボタンは? 留めやすい?」
「はい。でもずっと使い続けてたら破っちゃいそうでこわいかもですね」
「ボタンのとこだけ異素材とかでも可愛いかな」
「そうですね。ボタンと襟のバリエーションがあったら、選ぶのが楽しそうです」
「そしたらー」と青砥は机の上からスケッチブックと色鉛筆を取った。「前立てと襟は色も違う異素材使うか~……いっそ襟を付け襟にするか~……」口の中で言葉をころがし、スケッチブックにデザインを描いていく。
青砥はしばしうんうんうなって、思い出したように一緑に顔を向けた。「カレシから見たらどうなん? こういう服」
「可愛いよ。可愛いけど、他の男には見せたくないかなぁ」華鈴を見つめながら一緑が答える。
「えー? 可愛いだけじゃ終わらんか~」
「デートってなったらこの服でいろんなとこ行くんでしょ? その度に知らん男に見られたらいやかな」
「じゃあ、外にいるときは上に羽織るとかしてて、室内でこのシャツやったら?」
「それならまだいいかな」
「じゃあやっぱなんかセットにするか~。カーディガン? ストール?」うーん、とスケッチブックを前に青砥が悩む。「セットにするより別々のがええんかなぁ。お財布に優しくない?」
「そうですねぇ……。セットだと少し割安になる、とかだったらセットで買っちゃうかもですねぇ」
「あー、選べるようにするってことねー。うんうん、それは選ぶん楽しいなぁ」青砥がニコニコしながらスケッチブックに草案を書く。「いのりー」
「うん?」
「そこのラックにスカーフ何枚かかかってるでしょお」スケッチブックを見ながら青砥が身体で方向を指し示した。
その方向には、細身のメタルラックが置かれている。
「うん」
「なんでもいいから適当に二、三枚持ってきて、カリンちゃんの肩にかけてくれる?」
「ん」言われて、色見の違う三枚のスカーフを取ると、華鈴の肩にかけた。
「……あー、やっぱ色々合うなぁ」
「一枚あると温かいです」
「そうよねぇ。そうとう薄い生地使ってるしねぇ」うーん…と再びうなり机の上からスケブと鉛筆を取った。「組み合わせ作るならボタンと襟は色も違う異素材使うか~……いっそ襟を付け襟にするか~……」口の中で言葉をころがし、スケッチブックにデザインを描いていく。
「……華鈴はそういう服、着たいの?」黙って見ていた一緑が口を開く。
「流行は押さえておきたいから、着ると思うよ?」
「そうなんや」
「一緑くんイヤなの?」
「やって中、めっちゃ見えてんもん」
「そんなにかなぁ……」華鈴が自分の腕を見てつぶやく。
「本人からしたらそんなでもないんかしれんけど、他人から見たらすっけすけやわ。華鈴にそんなつもりなくても見られちゃうよ」
「そっか~……」
「ん、そしたら恋人がほしい女性が男の注目を集められるってことでもあんのか……」
一緑と華鈴の会話を聞いて、青砥がぽつりとつぶやいた。
少しの間、青砥がスケッチブックに色鉛筆を走らせる音が部屋に響く。
「…よしっ」顔を上げて、青砥が華鈴の着ている服とスケッチブックを見比べた。顔には笑みが広がっている。「ありがとう! だいぶ見えたわ。今日はこれでもう大丈夫です」
「はい、良かったです」華鈴の顔にも笑顔が浮かぶ。
「それはあとで返してくれたらいいから、いのりの部屋でお着替えどうぞ」
「はい、着替え終わったら返しに来ます」
「うん、お願いします。いのりもありがとうな。休みの日にごめんな」
「うん、大丈夫」
「またお願いしていい? あ、いのりも」
「はい」「うん」二人は同時に返答する。
「じゃあ、いのりとカリンちゃんの都合がいいときに、またお願いします」椅子から立ち上がって二人に頭を下げる青砥に
「はい」「うん」二人とも笑顔でうなずいた。
* * *
緑色のドアを開け部屋に戻り、華鈴がシャツを着替えようとすると、背中から一緑が軽く抱きしめた。
「…? どうしたの?」
「んー? どうもしない」
そう言いながらも、一緑はその腕を解こうとしない。
華鈴は不思議に思いながら、その胸に抱かれている。
「…大丈夫、だよ…?」
なんとなく口をついて出た言葉を
「…うん」
一緑は受け止めて。それでも華鈴を離さずにいた。
以前約束をしていた、青砥デザインの試作服のモデルを華鈴にしてもらっているからだ。
「いやー、身近に女の子いてくれると助かるわ~」
「お役に立ててなによりです」
「いやいや」カリンの言葉に青砥はゆるりと首を振った。椅子に座ったまま手際よく運針しつつ言葉を続ける。「うち男しかおらんやろ~? できたての服試着してほしくても無理やからさ~。トルソーでもええんやけど、やっぱり生身の人間と違うんよな~」
「そうなんですね」
かたわらに座って見守る一緑と一緒に、滑らかに動く指先を眺めていると、あっという間に時間は過ぎて……。
「はい、オッケー」青砥は華鈴が着ている服から手を離し「くるっと一回転お願いします」自分の胸の前でペチンと手を合わせた。
青砥の要望に応えた華鈴が、その場で足踏みをしてくるりと回る。
遠目に全体像を眺め「うん、いいシルエット」満足そうにうなずくと「着心地とか、着脱感どうかな?」華鈴を見上げて聞いた。
「着心地はすごくいいです。腕を動かしてもどこかがひっぱられる感じしないですし…」んしょ、と小さく言って、華鈴は着ているコートを脱いで、再度着た。「脱ぐのも着るのも楽です」
「ん、良かった。ありがとう」
感想を聞いた青砥がニコォと笑って手を差し出す。
華鈴がその手に脱いだジャケットを渡すと、青砥がすぐそばのトルソーに着させた。
「次、これお願いできますか?」机の上に置いていたシースルーのブラウスに両手を置く。
「はい」着替える準備をしようと華鈴がシャツのボタンに手をかけると、
「ちょお待って?」それまで黙っていた一緑が手を広げて掲げ、華鈴を止めた。
「ん?……あぁ、ごめんごめん」その意図を汲んだ青砥が謝罪して、一緑にブラウスを渡して椅子を回転させ、華鈴に背を向ける。「ショーで見慣れてるから気にならんかった」マヒしてんな、おれ、と苦笑しながら言って「ごめんな」一緑に再度謝る。
「うん、ごめん。変な目で見るとは思ってないんやけど」
「しゃあないでしょ。彼女が他の男の前で服脱ぐの、黙って見たいやつなんかおらんわ」
その会話に、華鈴もようやく合点がいった。
青砥の前で着替えるのは予測がついていたし、そうなっても大丈夫なように下着の上に夏用の部屋着を着ていたのだが、一緑からしたらあまりいい気分ではないだろうと予想もできる。
「ごめんなさい」どちらに言うでもなく謝る。
「カリンちゃん悪くないから」言いながら、挙げた右手をひらひらと振った。「ごめんな、ちゃんとした更衣室ないとこで」
「いえ、大丈夫です」華鈴も一応、青砥に背を向けて着替えることにした。
「これからもお願いしたいし、カーテンで仕切れるようにしようかな~」
「そのほうが安心できるわ」シャツを脱いだ華鈴に、一緑がブラウスを渡す。かわりに華鈴のシャツを受け取って、畳んで膝の上に置いた。
「そう? じゃあなんか考えとくわ。天井にカーテンレール付けさしてもらおうかな」それともパーテーション? いや若干邪魔やな……などとつぶやき思案する青砥に、
「着れました」華鈴が声をかけた。
「はーい。お、いいねぇ」振り返るや青砥が相好を崩す。「いい感じの透け感出てる」
青砥が下に着た服や肌の見え具合を確認していると
「透けすぎやない? 中身めっちゃ見えちゃってるし」一緑が横から口を挟んだ。
「そうかなー。チラリズム足りてへんかー。うーん……違う生地組み合わせたらどうやろか」
「部分的に見えるってなると、中に着るものにかなり気を使いますね」
「そっかー。じゃあいっそ中もセットで販売するほうがええかなー」
「それならコーディネートが楽かもしれません」
「そうよねー。そんで手持ちの服とも組み合わせられますよーのが楽しいよねー」
「ほかにも合いそうなインナーと並べて置いてもらえると、選びやすいですね」
「あ、それいい。ちょっとそっち路線で考えてみよっかな。着心地とかはどう?」
「軽いです。やわらかいし、肌触りがいいです」
「ならええか。ボタンは? 留めやすい?」
「はい。でもずっと使い続けてたら破っちゃいそうでこわいかもですね」
「ボタンのとこだけ異素材とかでも可愛いかな」
「そうですね。ボタンと襟のバリエーションがあったら、選ぶのが楽しそうです」
「そしたらー」と青砥は机の上からスケッチブックと色鉛筆を取った。「前立てと襟は色も違う異素材使うか~……いっそ襟を付け襟にするか~……」口の中で言葉をころがし、スケッチブックにデザインを描いていく。
青砥はしばしうんうんうなって、思い出したように一緑に顔を向けた。「カレシから見たらどうなん? こういう服」
「可愛いよ。可愛いけど、他の男には見せたくないかなぁ」華鈴を見つめながら一緑が答える。
「えー? 可愛いだけじゃ終わらんか~」
「デートってなったらこの服でいろんなとこ行くんでしょ? その度に知らん男に見られたらいやかな」
「じゃあ、外にいるときは上に羽織るとかしてて、室内でこのシャツやったら?」
「それならまだいいかな」
「じゃあやっぱなんかセットにするか~。カーディガン? ストール?」うーん、とスケッチブックを前に青砥が悩む。「セットにするより別々のがええんかなぁ。お財布に優しくない?」
「そうですねぇ……。セットだと少し割安になる、とかだったらセットで買っちゃうかもですねぇ」
「あー、選べるようにするってことねー。うんうん、それは選ぶん楽しいなぁ」青砥がニコニコしながらスケッチブックに草案を書く。「いのりー」
「うん?」
「そこのラックにスカーフ何枚かかかってるでしょお」スケッチブックを見ながら青砥が身体で方向を指し示した。
その方向には、細身のメタルラックが置かれている。
「うん」
「なんでもいいから適当に二、三枚持ってきて、カリンちゃんの肩にかけてくれる?」
「ん」言われて、色見の違う三枚のスカーフを取ると、華鈴の肩にかけた。
「……あー、やっぱ色々合うなぁ」
「一枚あると温かいです」
「そうよねぇ。そうとう薄い生地使ってるしねぇ」うーん…と再びうなり机の上からスケブと鉛筆を取った。「組み合わせ作るならボタンと襟は色も違う異素材使うか~……いっそ襟を付け襟にするか~……」口の中で言葉をころがし、スケッチブックにデザインを描いていく。
「……華鈴はそういう服、着たいの?」黙って見ていた一緑が口を開く。
「流行は押さえておきたいから、着ると思うよ?」
「そうなんや」
「一緑くんイヤなの?」
「やって中、めっちゃ見えてんもん」
「そんなにかなぁ……」華鈴が自分の腕を見てつぶやく。
「本人からしたらそんなでもないんかしれんけど、他人から見たらすっけすけやわ。華鈴にそんなつもりなくても見られちゃうよ」
「そっか~……」
「ん、そしたら恋人がほしい女性が男の注目を集められるってことでもあんのか……」
一緑と華鈴の会話を聞いて、青砥がぽつりとつぶやいた。
少しの間、青砥がスケッチブックに色鉛筆を走らせる音が部屋に響く。
「…よしっ」顔を上げて、青砥が華鈴の着ている服とスケッチブックを見比べた。顔には笑みが広がっている。「ありがとう! だいぶ見えたわ。今日はこれでもう大丈夫です」
「はい、良かったです」華鈴の顔にも笑顔が浮かぶ。
「それはあとで返してくれたらいいから、いのりの部屋でお着替えどうぞ」
「はい、着替え終わったら返しに来ます」
「うん、お願いします。いのりもありがとうな。休みの日にごめんな」
「うん、大丈夫」
「またお願いしていい? あ、いのりも」
「はい」「うん」二人は同時に返答する。
「じゃあ、いのりとカリンちゃんの都合がいいときに、またお願いします」椅子から立ち上がって二人に頭を下げる青砥に
「はい」「うん」二人とも笑顔でうなずいた。
* * *
緑色のドアを開け部屋に戻り、華鈴がシャツを着替えようとすると、背中から一緑が軽く抱きしめた。
「…? どうしたの?」
「んー? どうもしない」
そう言いながらも、一緑はその腕を解こうとしない。
華鈴は不思議に思いながら、その胸に抱かれている。
「…大丈夫、だよ…?」
なんとなく口をついて出た言葉を
「…うん」
一緑は受け止めて。それでも華鈴を離さずにいた。
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