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Chapter.13

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 在宅メンバーで昼食をとり、じゃんけんで負けた一緑と青砥が食器を洗っていると、来客を知らせるチャイムが鳴った。
「はー、あ」一緑は返事の途中で泡だらけの手と食器に視線を落とし、「ごめん、出てもぅていい?」ダイニングテーブルを拭いている華鈴に声をかける。
「うん」
 華鈴が返答して、玄関に向かう間も鳴り続けるチャイムに応えるべく玄関のドアを開けると、そこには見知らぬ男がうつむきがちに立っていた。一緑と同じほどの長身で、華鈴はその男を見上げた。
「ただいまー。参ったわ~」男は手に持ったバッグの中をゴソゴソと漁りつつしゃべり続ける。「イエの鍵どっかいってもーてーさー」絶対こん中に入ってんねん……ぶつぶつ言いながら玄関ロビーへ入ってきた。
 華鈴は男と一定の距離を保ちつつ男を迎え入れ、後ろ手に玄関ドアを閉めた。
 華鈴と初めて会ったときのキイロもこんな気持ちだっただろうか。
 男の動向を見守りながら華鈴が思う。
「それにしても久々……」
 ようやっとバッグから顔を上げ、開扉した人物に視線を向けた男は身じろぐ。
「えっ……?! どちらさまですか……?」
 前髪で半分隠れた瞳を見開いた。その瞳には、華鈴同様、少々の怯えの色が混じる。
「えっと……」
 どこからどう説明すればいいのか。そもそもこの人物は誰なのか。華鈴が答えあぐねていると、
「華鈴ー? 誰やった~?」布巾で手を拭きながら一緑が玄関へやってきた。「あれっ! 黒枝くんやん! なんで?!」
「あっ! イノリ! やっぱウチやんなぁ?!」
「えっ、なに? 一ヶ月留守にしたくらいで家のこと忘れたん?」
「いやいや、ちゃうよ!」
 男は右手を顔の前で振る。
 黒縁眼鏡に厚めの黒い前髪。ぽってりとした唇は、グロスを塗ったかのように濡れて色気を漂わせる。ストライプとボーダーが混在したシャツに細身の黒スラックスは、スタイルの良い長身の身体に良く似合っている。
「このかたは……」
 黒枝は白く細長い指を揃えて、遠慮がちに華鈴を指す。
「あっ、ごめんごめん、このコは……」
 一緑がいきさつを話し華鈴が自己紹介すると、
「あー、そういうことぉ?! ビックリした~! イエ間違えたか思った~」
 黒枝が胸を撫でおろした。
「ごめん、メールでもいいから報告したらよかったね」
「いや、ええねんけどさぁ。ごめんなー? サクラさんも驚いたよねぇ?」
「いえ、こちらこそ自己紹介が遅れてすみません」
 黒枝と華鈴はお互いに頭を下げる。
「どしたん? なんか騒がしくない?」様子を伺いに来た紫苑が玄関先で足を止め「あれ? クロやん。帰ってたんか」腹をさすりながら言った。
「お~シエン~、久々やなぁ」
「なんや。連絡くれたら空港まで行ったったのに」
「いらんいらん、恥ずかしいわ」紫苑の申し出に黒枝が苦笑しながら答えた。
「立ち話もなんやし、とりあえずあがったら?」
「せやな、そうするわ」
 紫苑の言葉に黒枝が賛同して、靴を脱ぎリビングへ向かう。
「俺らも行こ」
「うん」
 一緑に促され、華鈴も一緒にリビングへ移動する。
「洗い物終わったよ~」足音に気付いてエプロンを外しながらリビングへやってきた青砥が、「あら、黒枝くんやん」黒枝に気付いた。
「お~、アオ~、久しぶりやな~!」手を振って再開を喜ぶ。
「わー、久しぶり~。ニュース見たで~。ショー、大盛況やったみたいやなぁ~」
「そやねん、ありがとう。無事帰ってこれたわ」
「なんや、ゆうてくれたら空港まで行ったのに」
「それもう言われた」
「さっきオレゆうた」
「なんて言われた?」
「恥ずかしいからいらんてさ」
「変わってへんなぁ」青砥が笑いながら黒枝を見上げる。
「一ヶ月かそこらで変わるかぁ。そいで、本人おる前で再現するんやめて?」
 またも苦笑しながら黒枝が返答した。
 そんな三人の会話を聞きながら、
「わかる? 黒枝くん」
 一緑の唐突な質問に華鈴が首をかしげる。名前は住人達の会話やスケジュールボードなどで見てはいたが、どうやらそういう意味で聞いているのではないらしい。
 黒枝と立ち話をしていた紫苑が二人のほうを見て、
「コイツ、モデルのクロエ。パリコレから帰ってきてん。なっ」
 黒枝のほうへ向き直った。
「ちょお。自己紹介くらいさせてよ」半笑いで言う黒枝に
「あ、まだやった? ごめんごめん」
 紫苑が口に手を当てて謝った。心はあまり籠っていない様子で、それが黒枝との心の距離感が近いことを物語る。
「黒枝トオルです。“クロエ”って名前でモデルやってます」
 黒枝は華鈴にお辞儀をした。

“クロエ”は国内外で活躍するトップモデルだ。
 ハイブランドのメインキャラクターを務めつつ、海外で行われる大規模なファッションショーや雑誌の特集記事、テレビCMなどにも出演し、幅広い活動と比例して知名度も高い。
 華鈴も“クロエ”は知っている。が、しかし――。

「印象ちゃうやろ」華鈴の表情を読んで、紫苑が黒枝を親指で指した。
「普段はこんなんやで」黒枝は特に感情なさげに言う。
「常にオーラ出しとったら疲れるやろしなぁ」紫苑が顔をしかめて言うと同時に、
「あー! 黒枝くんやぁ!」螺旋階段上から大きな声がして、「久しぶりー!」橙山が満面の笑みで階段を駆け下りると、両手を広げて黒枝のもとへ一直線に歩み寄った。
「えっ? えっ? なに? こわいわ」身体ごと退く黒枝に、橙山が無理やりハグをする。「なんなんこれ」
「いつもこんなんや」
 戸惑う黒枝に一緑はさらりと告げる。
「久々すぎて忘れてたわ」
 橙山に肩を抱かれながら、黒枝が苦笑した。
 華鈴はテレビや雑誌で見る“クロエ”と、目の前にいる黒枝が同一人物には思えなくて、でもやはり、言われてみれば見た目はモデルの“クロエ”で。
 そんなトップモデルがシェアハウスに住んでいるのも驚きである。
「荷物少ないな。送ったん?」床に置かれた荷物を見て問う橙山に
「いや? こんだけ」キョトン顔で答える黒枝。
「えっ?! そんなんで海外行ってたん?!」
 驚く橙山に
「こんなもんやろ」
 紫苑が答えると、黒枝と紫苑が顔を見合わせ
「「なぁ?」」
 ハモった。
「すごいな~」口をとがらせる橙山が「しばらくはゆっくりできるん?」肩を組んだまま黒枝の顔を覗き込む。
「そうやね。おっきい仕事はしばらくないかな」
「メシは? 食べれた?」青砥の問いに
「うん、機内食と、空港で食ってきた」
「ほんなら大丈夫か」
「うん。ありがとう。とりあえず風呂入りたいかな~」首をさすろうとして挙げた手が橙山の手とぶつかり「ほんで、そろそろ離れてもうていい?」橙山に言った。
「そのつもりやったわ」肩に乗せた手で黒枝を軽く叩き、「行っといで~」行動を促した。
「おう」バッグを持ちバスルームへ行こうと「ほんじゃ、あとで」空いている手を挙げて、近くにいた華鈴に挨拶をした。
「はい」
 華鈴は笑顔でうなずいて、黒枝を見送る。
「赤菜くんに教えてくる~」
 橙山が浮足立った歩調で螺旋階段を登っていく。
 その背中を見て「“ほんで?”って言われるだけやと思うけどなぁ」紫苑がつぶやいた。
「確かに~」青砥が笑う。「黒枝くん風呂から戻るまで待ってよっかな」ソファに座る青砥に続き、
「せやな。久々やし、寂しがりやし」
 一緑も同じようにソファに座る。その横の座面をポンポン叩き、華鈴を誘導した。
「お前それ、橙山おるときやらんほうがええで」その光景を見て、紫苑が苦々しく忠告する。
「わ~、絶対来るなぁ」一緑が嫌そうに言うと
「わ~、面倒くさい~」青砥も顔をしかめた。
 華鈴は三人のやりとりを聞き、クスクス笑いながら一緑の隣に座る。同時に、噂の橙山がリビングへ戻ってきた。
「なんやって?」
「“ほんで?”って」
 やっぱりな、といった顔で、紫苑が鼻にシワを寄せると、
「え? なに?」橙山が不思議そうな顔を見せた。
「予想通りやったなって」紫苑が答えると
「『アイツ“ほんで?”って言われるで』って?」
 疑問で返した橙山に、紫苑、一緑、青砥がうなずく。
「まぁオレもそう思ってたんだけどさ」言って、橙山が笑った。
「そうや、キイロにも教えといたろ」
 青砥がサルエルパンツのポケットからスマホを取り出して操作し始める。
「取材旅行やっけ?」橙山の問いに
「二泊三日ってゆってたから、今夜には帰ってくるんちゃうかな」紫苑が腕時計の日付を見ながら答えた。
「みんな売れっ子になったなぁ」しみじみ言ったのは一緑だ。
「ほんまよなぁ。住み始めたころは食うや食わずやったのになぁ」紫苑も同じようにしみじみとうなずく。
「あれ? これで全員に会えたのかな?」
 スマホの操作を終えた青砥が、華鈴に問いかけた。
「そう…ですね……はい」
 二階の個室ドアの色と各人の名前を思い浮かべながら華鈴が答える。
「変なやつらばっかりでしょ」顔をしかめながら言う橙山に
「「お前が言うなよ」」一緑と青砥が間髪を入れずツッコんだ。
赤菜ちっさいおっさんが選んだんやから、普通の人間が集まるはずないやろ」おもむろに立ち上がった紫苑が、ソファの背もたれを支えにストレッチをしながら言い放つ。「仕事もバラッバラやしな」
 少し憎々し気に言った紫苑だが、特に感情を込めたわけではない。
 紫苑の言葉に、一緑は「そういえば」と口を開いた。
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