日々の欠片

小海音かなた

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10/3『一期一会の味』

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 昨日の夜、妻と喧嘩してしまった。
 謝るタイミングを逃したまま眠って、起きたら妻はもう出勤したあとだった。
 重い身体を無理やり動かし身支度を整えるけど、出るのはため息ばかりだ。多分一日ずっとこのモヤモヤを引きずることになるんだろうなと思うと、何もかもが面倒になる。
 冷静に考えれば、多少納得がいかなくても謝っておけばよかったのだ。彼女があんなに言ってくることなんて滅多にないんだし、なにかの事情で機嫌が悪かったのかもしれないし。
 あぁ、いつもこうやって後悔するのにその場で対応できないなんて、まだまだ子供だな、オレ。

 喧嘩をしている間は彼女が家事を一切しなくなる。同棲中に経験済みだからその対処はできるぞ。
 仕事が終わってから夕食の買い出しをして帰宅した。
 いつも手伝うくらいしかできないし、たまには家で休んでもらいたいから、いいタイミングと言えるのかもしれない。
 どの道、仲直りするのに尽力するんだから、このくらいはやらせてもらおう。
「ただいまー」
 帰宅して声をかけるけど返事がない。
 単純にスルーされてるのか、まだ帰ってきてないのか……。
 リビングのドアを開けて電気を点けたけど、彼女はいなかった。浴室も暗いまま、寝室にも誰もいない。うん、まだ仕事だな。
 そうとわかれば、あとは夕飯の支度をするだけ。
 いまのところ連絡もないけど、普段でも残業してくる日があるし……謝る前にあれこれ言っても鬱陶しいかもしれないから、あんまり遅くならないうちは心配しすぎるのをやめよう。

 とりあえず、上着を脱いで手洗いして、エプロンつけて食材をエコバッグから出す。
 冷蔵庫内の在庫を覚えてなかったからとりあえず必要なもの買ってきちゃったけど……被ってたら古いのから使おう。
 冷蔵庫の中身と入れ替えたりしつつ収納を終え、野菜を洗い始めた。

 今日はオレ特製カレー。毎回いろんな隠し味を入れるから、二度と同じ味が作れない【一期一会のカレー】だ。

 火にかけた鍋の中、茶色い液体がクツクツと音を立ててる。
 美味しくなぁれと煮込む間に考える。なんて言って謝ろうって。
 売り言葉に買い言葉じゃないけど、やっぱりもっと、柔軟に対応すべきだったなー。マジ反省。
 カレー作ったくらいで仲直りしてもらえるかはわからないけど、いまできる精一杯を尽くそう。
 おっと、炊飯器セットしなきゃ。
 普段からやってないとこの辺の段取りがスムーズにいかないもんだな……。
 これからはもう少し、対応できる家事を増やしていこうと心に誓いながらカレーを煮込むこと十数分……よし、できた。
 彼女から連絡がないか確認していたら、玄関のほうから音がした。帰ってきたらしい。
 廊下の向こうから足音が聞こえる。
 あんまりグイグイ行っても鬱陶しいかなと彼女の動向を伺っていたら、オレの姿を捉えて
「ただいま……」
 小さく挨拶してくれた。嬉しい。
「おかえり。ご飯できてるけど、先にしたいことあるならそっち優先でいいよ」
 彼女がなにか言いたげに黙り込むけど、それより先にお腹が反応して鳴った。カレーには勝てないよね、わかる。
「食べる?」
「うん……」
「じゃあ、荷物置いて手ぇ洗ってきてね。準備しとく」
 彼女の口数が少ないときは、機嫌が悪いときか体調が悪いときだ。
 体調のほうだったら休んでもらいたいけど、機嫌のほうなら俺がなんとかしたい。
 二人分のカレー皿にご飯を盛りつけカレーをかけた。福神漬けが入った容器も用意完了。
 手洗いを終えた彼女と一緒に、いただきますする。
 一口食べて、彼女がふと口元をほころばせた。良かった、美味しいみたいだ。
「昨日、ごめんね? オレがちゃんと理解しようとしてなかった」
「……私も、ごめん。意地になってた」
 彼女の言葉に、小さく首を振る。
「もしかしたら、また同じことしちゃうかもしれない。気をつけるけど……もしまたあったら、今日みたいにするから……何度も仲直り、させてね」
 回りくどい言葉に彼女が小さく笑った。
「短いスパンでカレーが続くと飽きちゃうから、喧嘩の頻度を下げるかレパートリーを増やしてください」
「精進します」
 二人で頭を下げて、上げて、目が合って、笑い合った。
「このカレー美味しいね。どうやって作ったの?」
「固形のルー二種類混ぜて、あとなんか適当に調味料入れた」
「唯一無二のカレーだ、味わって食べなきゃ」
「うん、そうして? オレの謝罪の気持ちもたくさん入ってるから」
「ちょっと重いなぁ」
「ちょっとぉ」
 口をとがらせてワザと怒るオレに、彼女が笑った。うん、いつもの彼女だ。
「先は長いし、ゆっくり行こう」
「そうだね」
 喧嘩と言う名のスパイスと、仲直りという名の蜜が加わったカレーは、いままでの人生で一番美味しかった。
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