日々の欠片

小海音かなた

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10/2『暮れる空、浮かぶ月。』

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 月が綺麗な夜、買ったばかりの望遠鏡で天体観測していたら、月の表面になにか動くものが見えた。
 倍率の高いアイピースに交換し、もう一度ファインダーを覗き込む。
 目の前に大きな月。肉眼では見えない細かな部分や地表の段差までクッキリ。まさか月もこんなに見られてるとは思っ……うさぎ?

 ウサギが月の地表をぴょんぴょん跳ねてた。その横で、髪の長いおばあさんが本を読んでいる。
 大きな木の下で休息する男性の横でライオンがうたた寝をし、そばに座る女性は編み物をしながら穏やかに笑っていた。

 近くを流れる川から汲んだ水を運ぶ女性は水中に浮かぶワニに挨拶をし、ロバと共に家路へ着く。川べりに蟹が数匹、住処を求めて右往左往。近くの藪ではカエルがケロケロ喉を鳴らすように動かした。

 近くの森から採って来たらしい薪を担いで歩く男性に御供するよう、犬がチャカチャカ歩いてる。

 月の表面で生活する彼ら全てを包み込むような大きな手……あれは……全知全能の神の手か?

 ファインダーから顔を上げ、何度かまばたきをして目をこする。
 なんだいまのは。動物どころか人間までいたが。
 肉眼で見る限りいつも通りの月だし、そもそもそんな生き物が大量に発見されたら、世界的なニュースになってると思うが、そんな話は聞いたことも読んだこともない。
 目薬を差して、首を回し凝りをほぐして、もう一度ファインダーを覗いてみた。

 見えるのは、良くある写真と同じ月。クレーターがいくつも見えて、ちょっと砂っぽい、乾燥した質感。そこにはもう、さっき見えた生き物達はいない。
 さっきのは錯覚か幻覚か……。

 ファインダーから視線を外す瞬間、月面に大きな男性の顔が見え、こちらに向かってウインクしたように見えた。


 …………宇宙には、まだまだ謎がいっぱいだ。
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