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9/11『安全管理部 地域英雄課』
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街角にぽつんとある長方形の透明な箱。中には緑色の電話機が一台。
携帯電話をひとり一台持つ時代に残されたそれは、かつてとは違う目的のためにあった。
『はい、地域英雄k』
「もっ、もしもし! ひっ、人に追われててっ!」
『はい。ガラス戸を開けて少し端に避けてください、英雄を転送します。3、2、1、出動』
電話機本体からシュバッと転送された英雄が道路に降り立った。
「あ、どうも。受話器そのままで。このあと通信が必要になるのでっと、あの人ですか」
受話器を持ったままの利用者が何度も頷いた。
「はーい、止まって~。どういう目的かな~?」
英雄に問いかけられた追手は、鼻息荒く殴りかかろうとしてくる。
「あれ、“取り付かれてる”な。知り合いですか?」
利用者は首を横に振る。「すっ、すれ違ったらっ、急に……!」
「はーん。本部へ~。ボックス閉めるのでガード装置起動願いまーす」
『了解』
「あなたはその中にいてください。言われるまで扉を開けないで。電話切ると装置も切れちゃうから、そのままね」
「はっ、はいっ!」
英雄が電話ボックスの扉を閉めた瞬間、ボックス沿いに電流が幾筋も走った。
「はいはい、落ち着いて~」
英雄は暴漢のパンチをスルスルと避けつつ、身体を目視して探る。
「みっけ」
英雄が暴漢の首筋から飛び出ている、布端のような白い物体を指先で摘まみ、引き抜いた。
赤く光っていた暴漢の瞳が、茶褐色に戻る。
指先でビチビチと暴れている白い物体を、英雄が腰に装着したケースに押し込み、蓋をした。
「……あ、れ……?」
暴漢だった人はその場に立ち尽くし、周囲を見回している。
「はいどうもー。事情聴取しないとならないから一緒に来てねー。あ」
英雄がインカム越しに本部へ連絡を取ると、電話ボックスを取り巻いていた電流が消えた。
英雄は扉を開けて「終わったので、電話切って大丈夫ですよ」通報者へ伝えた。
「はっ、はい」
「あなたにも事情聴取しないとならないので……」
言いかけたところで、回転灯を点けた車両が付近に停まった。
「時間取って申し訳ないんですけど、一緒に来てもらえます?」
街中に点在する電話ボックス。かつてそれは、ただ誰かと通話するだけの装置だった。だがいまは――。
英雄たちを乗せた専用車両が警察署の前に停まった。英雄は加害者を連れて車外へ。被害者には立会人が連れ添う。
案内された先は殺風景な個室。ただし警備は万全だ。
「聴取の前にコレ、提出しときますね」
英雄が腰のケースを警官の前に置いた。
「うわ、またかぁ」
「えぇ」
加害者が不思議そうに英雄と警官の顔を見比べる。
「気の毒だったね、“取り付かれた”みたい」
「えっ」
「どこか怪しい雰囲気の土地とか行きませんでした?」
「ま、街はずれの廃工場で、友人たちと肝試しを……」
「はーん」
「やっぱあの辺かー。ダメよそういうとこはー。危ないからさー」
「すみません……」
「お友達にも言っておいてねー」
警官は言いながら、手元にモニターを表示させた。
「ちなみにこれ、“取り付かれてる”ときのあなたね」
「え、うわ……」
目は全体が赤く、腕は血管が浮き出るほどに膨らみ、鬼の形相をしている。
「これね、通報があったから助かってたけど、あなたこのままだったら“アチラ側”に連れてかれてたよ。気を付けて」
「あちらがわって、“アチラ側”ですか」
「そう」
再確認して、加害者が身震いした。
「日常のどこに潜んでるかわからないから、充分に気を付けてください」
「はい……!」
最近増え始めた“取り付かれてる”人。
何者かが派遣している“白い物体”が身体に入り込むと、その人は自我を失い、誰彼構わず襲い掛かる。身体全体が侵食されると、その人は“アチラ側”へ連れていかれ、二度と普通の人間には戻れなくなる。
そんな事件が増えはじめ、できたのが『安全管理部 地域英雄課』だった。
街中で利用頻度の低い公衆電話で、数字をみっつプッシュすればすぐに繋がる。転移装置が実装された電話機を通って英雄が現場へ出向き、地域住民の安全を守る。
発足当初は批判などもあったが、“取り付かれてる”人が増殖するにつれ、重宝されるようになった。
街の安全を守るのは【英雄】たち。しかしてその実態は普通の公務員。担当はシフト制の持ち回り。各地域に待機して、出動依頼を待っている。
仕事内容が特殊だから特殊な能力の持ち主が担っていると思われがちだが、実際は普通の人間である。
活動費用や利用費用は税金で賄われているから、過度な武器や防具などなく、ただ肉弾戦あるのみ。
“取り付かれてる”人がいる限り、地域英雄課の役目は続くだろう。
今日もどこかで助けを求める声に応え、英雄たちが出動していく。
携帯電話をひとり一台持つ時代に残されたそれは、かつてとは違う目的のためにあった。
『はい、地域英雄k』
「もっ、もしもし! ひっ、人に追われててっ!」
『はい。ガラス戸を開けて少し端に避けてください、英雄を転送します。3、2、1、出動』
電話機本体からシュバッと転送された英雄が道路に降り立った。
「あ、どうも。受話器そのままで。このあと通信が必要になるのでっと、あの人ですか」
受話器を持ったままの利用者が何度も頷いた。
「はーい、止まって~。どういう目的かな~?」
英雄に問いかけられた追手は、鼻息荒く殴りかかろうとしてくる。
「あれ、“取り付かれてる”な。知り合いですか?」
利用者は首を横に振る。「すっ、すれ違ったらっ、急に……!」
「はーん。本部へ~。ボックス閉めるのでガード装置起動願いまーす」
『了解』
「あなたはその中にいてください。言われるまで扉を開けないで。電話切ると装置も切れちゃうから、そのままね」
「はっ、はいっ!」
英雄が電話ボックスの扉を閉めた瞬間、ボックス沿いに電流が幾筋も走った。
「はいはい、落ち着いて~」
英雄は暴漢のパンチをスルスルと避けつつ、身体を目視して探る。
「みっけ」
英雄が暴漢の首筋から飛び出ている、布端のような白い物体を指先で摘まみ、引き抜いた。
赤く光っていた暴漢の瞳が、茶褐色に戻る。
指先でビチビチと暴れている白い物体を、英雄が腰に装着したケースに押し込み、蓋をした。
「……あ、れ……?」
暴漢だった人はその場に立ち尽くし、周囲を見回している。
「はいどうもー。事情聴取しないとならないから一緒に来てねー。あ」
英雄がインカム越しに本部へ連絡を取ると、電話ボックスを取り巻いていた電流が消えた。
英雄は扉を開けて「終わったので、電話切って大丈夫ですよ」通報者へ伝えた。
「はっ、はい」
「あなたにも事情聴取しないとならないので……」
言いかけたところで、回転灯を点けた車両が付近に停まった。
「時間取って申し訳ないんですけど、一緒に来てもらえます?」
街中に点在する電話ボックス。かつてそれは、ただ誰かと通話するだけの装置だった。だがいまは――。
英雄たちを乗せた専用車両が警察署の前に停まった。英雄は加害者を連れて車外へ。被害者には立会人が連れ添う。
案内された先は殺風景な個室。ただし警備は万全だ。
「聴取の前にコレ、提出しときますね」
英雄が腰のケースを警官の前に置いた。
「うわ、またかぁ」
「えぇ」
加害者が不思議そうに英雄と警官の顔を見比べる。
「気の毒だったね、“取り付かれた”みたい」
「えっ」
「どこか怪しい雰囲気の土地とか行きませんでした?」
「ま、街はずれの廃工場で、友人たちと肝試しを……」
「はーん」
「やっぱあの辺かー。ダメよそういうとこはー。危ないからさー」
「すみません……」
「お友達にも言っておいてねー」
警官は言いながら、手元にモニターを表示させた。
「ちなみにこれ、“取り付かれてる”ときのあなたね」
「え、うわ……」
目は全体が赤く、腕は血管が浮き出るほどに膨らみ、鬼の形相をしている。
「これね、通報があったから助かってたけど、あなたこのままだったら“アチラ側”に連れてかれてたよ。気を付けて」
「あちらがわって、“アチラ側”ですか」
「そう」
再確認して、加害者が身震いした。
「日常のどこに潜んでるかわからないから、充分に気を付けてください」
「はい……!」
最近増え始めた“取り付かれてる”人。
何者かが派遣している“白い物体”が身体に入り込むと、その人は自我を失い、誰彼構わず襲い掛かる。身体全体が侵食されると、その人は“アチラ側”へ連れていかれ、二度と普通の人間には戻れなくなる。
そんな事件が増えはじめ、できたのが『安全管理部 地域英雄課』だった。
街中で利用頻度の低い公衆電話で、数字をみっつプッシュすればすぐに繋がる。転移装置が実装された電話機を通って英雄が現場へ出向き、地域住民の安全を守る。
発足当初は批判などもあったが、“取り付かれてる”人が増殖するにつれ、重宝されるようになった。
街の安全を守るのは【英雄】たち。しかしてその実態は普通の公務員。担当はシフト制の持ち回り。各地域に待機して、出動依頼を待っている。
仕事内容が特殊だから特殊な能力の持ち主が担っていると思われがちだが、実際は普通の人間である。
活動費用や利用費用は税金で賄われているから、過度な武器や防具などなく、ただ肉弾戦あるのみ。
“取り付かれてる”人がいる限り、地域英雄課の役目は続くだろう。
今日もどこかで助けを求める声に応え、英雄たちが出動していく。
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