日々の欠片

小海音かなた

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8/7『遊園地マニアに片思い』

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「お、行くん?」
 背後から投げられたその声にドキリとする。
「うーん、どうしようか考え中」
「そうなん? 行ったらいいのに」
「いやぁ、一人じゃねぇ」
 かなりぼやかして一緒に行きたい旨をほのめかしてみたけど、彼には通用しなかった。
「一人でも絶対楽しいから。待ち中も建物見てたら飽きないし、中入ったら仕掛けたくさんでもっと楽しいし、絶対おすすめ」
 お、おう。
「そっかぁ。考えてみる、ありがと」
「うん、知りたいことあったら聞いて? 大体教えれるから」
 そんじゃ。
 彼は右手を挙げてオフィスに戻っていった。休憩所に残された私は、誰にも気づかれぬよう小さく息をはいた。

 一緒に行こう、って言えばいいだけの話じゃん。なんでって聞かれたら、キミが遊園地に詳しいから色々教えてほしいと思ってって言えばいいじゃん。
 予定がなければきっと一緒に行ってくれるよ。だって彼は、自他ともに認める【遊園地マニア】なんだから。

 関西の支店から転勤してきた彼は、いつも穏やかでニコニコしていて、上司のつまらない冗談にもちゃんとツッコミ入れてあげてて。
 運動神経はあまり良くないのか、離れた場所から渡すのに軽く投げられた備品類は大概キャッチできないし、振り向いた瞬間なにかにぶつかってどこかしら痛めてる。急に声をかけると身体をビクッとさせて真ん丸おめめで振り向いて、どこかで物音がすると小動物みたいに身を縮める。
 頭脳明晰で仕事ができて、対人スキルも高いから男女問わずモテる。
 女性社員に囲まれてキャアキャア言われてるのを何度も見たことがあるし、見るたびに私の胸はモヤモヤと焦げ付く。
 気さくに会話はできる。軽口も叩ける。おやつの交換とか、たまに一緒にお昼食べ行ったりとか。
 でも……休日一緒に遊びに行こうと誘えない。
 私生活に立ち入られるのは嫌かもしれないし、彼女との予定があるからって断られたら二重にショックだし……。
 好きなのは私だけで、彼はただ席が隣の同僚としか思ってないと思う。
 私たちは外から見ても中から見ても、“これから恋仲に発展する二人”って感じじゃない。
 初対面のときに言われた言葉が呪いのようにのしかかる。
『なんか、初めて会った気せぇへんです。前世からの友達みたい』
 その時は私も彼のことを好きになるなんて思ってなかったから、異性にそう言ってもらえるのが嬉しくて【友達】として付き合ってきたけど、思えばそれが良くなかったんだよな。
 結局【友達】というにも関係性が薄いまま、ただの【同僚】のままで時間が過ぎていく。

「なー、お昼一緒に行かん?」
「行くー。どこにしようか」
「オムライス食いたいねんなー」
「じゃあ、駅裏の喫茶店とか?」
「あー、いい! 純喫茶のケチャップもの食べたい」
「ケチャップものってなに」
「ケチャップ使った料理。ナポリタンとかさ」
「あぁ。ナポリタンいいな。でも口の周り汚れるしな」
「ええやん別に、俺とやったら気ぃ遣わんでしょ?」
「いやぁ、一応、ねぇ」
「一応ってなによ」
 笑い合いながら目当ての喫茶店へ。ほら、こういうのはできるんだよ。こういうのだけは。
 到着してすぐに、二人分のオムライスを注文した。
 カウンターの奥から調理音が聞こえる。BGMは昭和の歌謡曲。
「仕事戻りたなくなるわー」
「わかるー」
 二人でぼんやり窓の外を眺めていたら、彼が不意に言った。
「こないだのさぁ」
「ん?」
「アイランドって、行った?」
「まだ」
「そっか……」
 ほら、いまだよ、言おうよ。一緒に行く? って。断られたら冗談よって誤魔化せばいいよ。ほら言うよ。一緒に行こう。一緒に。一緒に。
「一緒に行かん? 二人で」
「い、あ、え?」
「……いや?」
「嫌じゃない! 嫌なわけない」
「そう? じゃあ、いつ行くか決めよっか」
「うん!」
 約束を結びながら食べるオムライスはとても美味しくてとても幸せで、半熟卵のようにとろけてしまいそうだった。

 当日、彼が立ててくれた予定通りに回ったら全てスムーズに乗れた。遊園地マニアの肩書は伊達じゃなかった。
 待ち時間中にお喋りするのも、乗り物に乗ったあと移動中に感想を言い合う時間もとても楽しかった。
「一緒に来れたらええなぁって思っててん」
「そうなんだ、一緒だね」
「うん、一緒。え? 一緒?」
「そう。断られるの嫌で誘えなかった」
「断らんよ! えぇ? 断るわけないやん!」
「そっか」
「なんやー、もっと早く誘ったらよかったー」
 あぁ、やっぱり私、この人が好きだ。

 夜のパレードの途中で「帰ろう」って言われてちょっと戸惑ったけど、この時間は電車が空いてていいんだって。

 人がまばらな駅のホームから閉園間近の花火を眺める。繋いだ手の温もりを感じながら、幸せを噛み締めた。
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