日々の欠片

小海音かなた

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6/12『ロクブンノイチ』

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 近所の小学校の体育館でバザーが開かれた。掘り出し物があるかもしれないと足を運ぶ。
 独身三十路のおっさんが小学校の敷地に入るなんて、選挙の投票時くらいしかないからなんだか新鮮だ。
 俺はいわゆるオタクで、ゲームやアニメが好き。部屋にもフィギュアやグッズが飾られていて、造型師といういまの仕事は天職だと思ってる。
 “買ったはいいが遊ばなかったおもちゃ”が安価で手に入れられたらいいなー、なんて目論見があったのだけど、店先に並ぶのは日用品ばかりで、想像していたのとは違っていた。
 体育館内を一周し、これなら骨董市なんかのが良かったかぁ、と肩透かしをくらった矢先、壁際の端っこのほうにぽつんと区画があるのを見つけた。
 運営ベースかと思ったけど、どうやら違うみたいだ。
 なんだか怪しげなおっさん(人のこと言えないけど)が店主をしているそのスペースには、六分の一サイズのオリジナルドールが並んでいた。
 どれもいまにも動き出しそうなくらい精巧に作られている。
「目が合ったら、それが運命の相手だよ」
 しわがれた声でおっさんが言う。
「運命ねぇ……」
 顎に手を当てつぶやくと、右から視線を感じた。
 見ればそこにはソフビ製のドールがあった。おそらくノンキャラクターのもの。
「そいつは一点もの」
 鎖骨までの長い金髪をハーフツインにセットしてる。ピンクの大き目パーカーで萌え袖。黒のミニスカートとニーソックスに蛍光イエローのスニーカーが映える。
 顔は実際の人間に近い“美少女”系。
 右手の親指、人差し指、中指を立てた変型ピースを顔の横に、左手は広げて伸ばして少し後方。左足を折り曲げて、右足はつま先立ち。え、これ台座ないけど。
「自立してんですか」
「うん」
「すげぇ」
 思わず造型師の目線になってしまう。ポーズと服装はちょっと古き良き時代を感じさせるけど、メイクのせいか顔は今風だ。
 ドールの足元に置かれた値札にはなにも書かれていない。
「あ、売りものじゃないんですか」
「……ちゃんと世話してくれんならいいよ、あんたのこと、気に入ったみたいだし」
「世話って……ほこり払ったり、ですか?」
「いい行いしたら褒めて、悪さしたら叱って、成長を促せばそれでいい」
「はぁ……」
 よくわからないけど、このドールを手元に置いておけるのは仕事(造型)の参考にできてありがたい。
 さすがに無料でもらうのは気が引けたから、財布からお札を一枚出して渡した。場所代とちょっと贅沢なディナーくらいならお釣りがくると思う。
 緩衝材が詰まった箱に入れてもらって、「オマケだ」と渡された紙袋と共にその場をあとにした。
『元気でね~』
 手元から後方に向かって放たれた言葉が聞こえた気がして振り向いたら、もうあの場所に店はなかった。
「撤収はやっ」
 口の中で呟いて、徒歩5分の家に戻る。
 いやぁいい買い物したなぁ。とりあえず置く場所確保するか。安定してるところがいいよな。念のため台座作ったほうがいいか。
 作業机に箱を置いて、スペースを確保しようと飾り棚に向き直った。その時。
『ふぅ』
 背中で何かが息を吐いた。高くて若い女性の声。驚き、身を固めた俺の背中に汗が伝う。まさか、そんなアニメみたいなこと……。
 振り向いた瞬間に掴んでテープでグルグル巻きにして捨てたほうがいいか、いやしかし呪われたりしたら嫌だからやめよう。
 起こり得る可能性をできる限り想定し、意を決する。ここまでの思考時間は数秒。
 ゆっくり振り向くと、さっきまで箱に入ってたはずのドールが、両足で立っていた。
『あなたが新しいマスターね』
 うわー、これ昔読んだ漫画のやつじゃん。あれはフィギュアだったし主人公の自作だったけど。
「……もしかして、傀儡(くぐつ)?」
『術の名前はそうね。操られてるわけじゃないから、言葉の意味としては違うけど』
 喋ってる。口動かして。よく見れば歯や舌もあってちょっと日本人形っぽい。顔立ちのせいか怖さはないけど、異様な光景ではある。
『驚かないのね』
「衝撃的すぎて、逆に冷静っす」
『そ。まぁ、これからよろしくね』
「えっ、あー、はい……」
 歯切れの悪い返答に、ドールが腕を組んだ。
『なぁに? こんなに可愛いコのお願い、聞けないっての?』
「いや、俺に養えるかなぁ、と」
『大丈夫、簡単よ』
 ドールは自己紹介がてら【世話】の仕方を教えてくれた。
 食事は不要、風呂トイレも入らず、睡眠の代わりに休息をする。着替えとヘアセットとメイクは毎日自分でやってくれるよう。着替えと雑貨類はおじさんが持たせてくれた紙袋にたんまり入ってた。
『そういうわけで、これからよろしく』
 小さな手とそっと握手する。
 俺と動くドールの共同生活が何故だか始まるらしいので、甘んじて受け入れようと思う。
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