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3/17『追われる日々』
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あいつがまたやってくる。
あいつはいつも決まったスパンでやってきて、俺を苦しめる。
お前はなんのためにいるんだと問うと正論で返され、逃げ道をふさがれる。
あいつの名は、【締切】。
あいつは毎週毎週、決まった曜日にやってきて俺を苦しめる。わかっている。お前をスルーしたら俺の漫画家人生は崖っぷち、いや二つの意味で“落ちる”。
だから呻き、もがきながらなんとか追い越されないように必死で走る。走る。走る……。
よく息切れしないものだなと思う。
とはいえ、いつ体験しても描き終わったあとの爽快感ったらないんだよな。週刊誌だからまたすぐ締切来るってのにさ。
デジタルで描いてるからアシスタントはいない。誰かの生活を支える重圧から逃れたくて、なんとか一人で頑張ってはいるんだけど……そろそろ限界かもなぁ。
喫茶店での打ち合わせに現れた担当は、俺の姿を見て眉をひそめた。
「体調、大丈夫ですか?」
「え? えぇ、病気とかはしてませんけど。なにか変ですか」
「いえ、変ではないですけど、お会いする度に痩せてってるというか……ちゃんと食べて寝てます?」
「いやぁ、あんまり……」
「とりあえずなにか食べてください」
担当がメニューを差し出す。
うーん、とはいえ食欲あんまりないんだよね……。
せっかくだし、と注文したサンドイッチは全部食べ切れなくて、お店の人にお願いして持ち帰り用に包んでもらった。
打合せが終わり帰宅すると、急になにかが背中に乗ったみたいに身体が重くなった。
うぅ。また締め切りが来るんだよ。落とすわけにはいかないんだよ、俺の人生かかってんだよ。
気持ちは動くものの身体が動かない。仕方なくタブレットを持ち込みベッドに横になってネームを切るけど、だんだん腕も動かなくなってしまった。
呻きながら寝込んでいたら、枕元に人の気配がした。
「こんばんは」
「! だ、だれ」
「通りすがりの死神でーす」
アイドル級に可愛い女の子だけど、なんだ、コスプレ? それともアブナイ子?
「どこから来たの」
「あっちの部屋の窓のカギを、ちょっと」
「おいおい、不法侵入じゃねーか。警察……」
枕元に置いてあるスマホを取ろうとするけど、身体が動かない。
「あ、無理だよ。その邪鬼が憑いてるうちは、自分じゃ動けないよ」
「じゃき……」
いよいよもってヤバいこと言ってる。
「キッチン借りるね。邪鬼ちゃん回収しないと、私も帰れないからさ」
自称死神のメイドはくるりと踵を返してキッチンへ向かった。ふわりとめくれたスカート。太ももには小さな鎌。
似てるな……。
思い浮かんだのは、メイド姿の死神が人間の世話をしながら成長していく大人気ラブコメ漫画。その作者が急性盲腸炎で休養した際、穴埋めとして使われたのが俺のデビュー作だった。
今もなお連載中のその漫画は、アニメ化されるほどの人気作だ。
「おまたせ~」
メイドが持つジョッキには、パステルカラーの液体が並々と入っている。
「はーい、起きて~」
「いや身体うごかうお」
自分の意志とは関係なく上半身が起きた。
「ねー、邪鬼ちゃんも帰りたいよねー」
メイドが俺のほうを見て首をかしげた。でもその視線は俺じゃない“なにか”を見ている。
「はい、飲んでね~」
メイドが俺の口にジョッキを当てて傾けると液体が流れ込まっず!!!
ジュースのような見た目に反してめっちゃ苦い。なにこれ。
そういえばあの漫画にもこんなこと描いてあった……と思い返す暇もなく液体はどんどん流れ込んでくる。
普段だったらこんなペースで飲めるわけないその味を、俺の喉は飲み下していく。
ジョッキの中身が全部なくなると、『ぎいぃいぃいぃぃ!』と声が聞こえた。
「うぷ」
口を押えて、身体が動くことに気づく。メイドに身体を向けたら、その肩の上に小さな生き物が乗っていた。
「それが邪鬼ってやつ?」
「そうそう! よく見えるね! あなた素質あるかも!」
「素質って……。そいつ、もしかして“先輩”が逃がした?」
「そうなの! 先輩そそっかしいの全然治らなくて~。先輩が好きだからか、邪気ちゃんってば漫画描いてる人のとこばっか行っちゃうの」
「そうなんだ」
「うん。死神から言うのもなんだけど、邪鬼払いは都度したほうがいいよ~」
お仕事頑張ってね~、と言って死神メイドは去っていった。
あの漫画、実話だったんだ……。
本棚から単行本を取り出す。シチュエーションこそ違えど、作画はいま見たメイドまんま。
ありゃ漫画化したくなるわ。俺もしたいもん。さすがにパクリになるからできないけど。
でも行き詰まりかけていた連載の展開に活路が見えた。早速ネームを描き始める。ありがとう死神メイド。二番煎じにならないようにだけ頑張るよ。
あいつはいつも決まったスパンでやってきて、俺を苦しめる。
お前はなんのためにいるんだと問うと正論で返され、逃げ道をふさがれる。
あいつの名は、【締切】。
あいつは毎週毎週、決まった曜日にやってきて俺を苦しめる。わかっている。お前をスルーしたら俺の漫画家人生は崖っぷち、いや二つの意味で“落ちる”。
だから呻き、もがきながらなんとか追い越されないように必死で走る。走る。走る……。
よく息切れしないものだなと思う。
とはいえ、いつ体験しても描き終わったあとの爽快感ったらないんだよな。週刊誌だからまたすぐ締切来るってのにさ。
デジタルで描いてるからアシスタントはいない。誰かの生活を支える重圧から逃れたくて、なんとか一人で頑張ってはいるんだけど……そろそろ限界かもなぁ。
喫茶店での打ち合わせに現れた担当は、俺の姿を見て眉をひそめた。
「体調、大丈夫ですか?」
「え? えぇ、病気とかはしてませんけど。なにか変ですか」
「いえ、変ではないですけど、お会いする度に痩せてってるというか……ちゃんと食べて寝てます?」
「いやぁ、あんまり……」
「とりあえずなにか食べてください」
担当がメニューを差し出す。
うーん、とはいえ食欲あんまりないんだよね……。
せっかくだし、と注文したサンドイッチは全部食べ切れなくて、お店の人にお願いして持ち帰り用に包んでもらった。
打合せが終わり帰宅すると、急になにかが背中に乗ったみたいに身体が重くなった。
うぅ。また締め切りが来るんだよ。落とすわけにはいかないんだよ、俺の人生かかってんだよ。
気持ちは動くものの身体が動かない。仕方なくタブレットを持ち込みベッドに横になってネームを切るけど、だんだん腕も動かなくなってしまった。
呻きながら寝込んでいたら、枕元に人の気配がした。
「こんばんは」
「! だ、だれ」
「通りすがりの死神でーす」
アイドル級に可愛い女の子だけど、なんだ、コスプレ? それともアブナイ子?
「どこから来たの」
「あっちの部屋の窓のカギを、ちょっと」
「おいおい、不法侵入じゃねーか。警察……」
枕元に置いてあるスマホを取ろうとするけど、身体が動かない。
「あ、無理だよ。その邪鬼が憑いてるうちは、自分じゃ動けないよ」
「じゃき……」
いよいよもってヤバいこと言ってる。
「キッチン借りるね。邪鬼ちゃん回収しないと、私も帰れないからさ」
自称死神のメイドはくるりと踵を返してキッチンへ向かった。ふわりとめくれたスカート。太ももには小さな鎌。
似てるな……。
思い浮かんだのは、メイド姿の死神が人間の世話をしながら成長していく大人気ラブコメ漫画。その作者が急性盲腸炎で休養した際、穴埋めとして使われたのが俺のデビュー作だった。
今もなお連載中のその漫画は、アニメ化されるほどの人気作だ。
「おまたせ~」
メイドが持つジョッキには、パステルカラーの液体が並々と入っている。
「はーい、起きて~」
「いや身体うごかうお」
自分の意志とは関係なく上半身が起きた。
「ねー、邪鬼ちゃんも帰りたいよねー」
メイドが俺のほうを見て首をかしげた。でもその視線は俺じゃない“なにか”を見ている。
「はい、飲んでね~」
メイドが俺の口にジョッキを当てて傾けると液体が流れ込まっず!!!
ジュースのような見た目に反してめっちゃ苦い。なにこれ。
そういえばあの漫画にもこんなこと描いてあった……と思い返す暇もなく液体はどんどん流れ込んでくる。
普段だったらこんなペースで飲めるわけないその味を、俺の喉は飲み下していく。
ジョッキの中身が全部なくなると、『ぎいぃいぃいぃぃ!』と声が聞こえた。
「うぷ」
口を押えて、身体が動くことに気づく。メイドに身体を向けたら、その肩の上に小さな生き物が乗っていた。
「それが邪鬼ってやつ?」
「そうそう! よく見えるね! あなた素質あるかも!」
「素質って……。そいつ、もしかして“先輩”が逃がした?」
「そうなの! 先輩そそっかしいの全然治らなくて~。先輩が好きだからか、邪気ちゃんってば漫画描いてる人のとこばっか行っちゃうの」
「そうなんだ」
「うん。死神から言うのもなんだけど、邪鬼払いは都度したほうがいいよ~」
お仕事頑張ってね~、と言って死神メイドは去っていった。
あの漫画、実話だったんだ……。
本棚から単行本を取り出す。シチュエーションこそ違えど、作画はいま見たメイドまんま。
ありゃ漫画化したくなるわ。俺もしたいもん。さすがにパクリになるからできないけど。
でも行き詰まりかけていた連載の展開に活路が見えた。早速ネームを描き始める。ありがとう死神メイド。二番煎じにならないようにだけ頑張るよ。
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