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3/2『段ボール箱に囲まれて』
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3月2日(月)晴れ
今日から新しい職場に出勤。
まごまごしてたら同じ会社の人が助けてくれた。なんだか優しそうな人だなと思ったら、その人がOJTを担当してくれる先輩だった。
不安な気持ち、少し軽減したかもしれない。
笑った顔が少し幼くて、年上には見えない。そんで、ちょっとイケメン。
明日からの出勤がちょっと楽しみ。
「あ」
「ん?」
「残ってた」
「なにが」
「第一印象」
「なんの?」
「あなたの」
「ん、なに、どういうこと?」
離れた場所で荷造りしていた彼が不思議そうにやってきて、私の手にある日記を見た。四年前から書いている五年日記帳だ。
「“OJT担当はなんか優しそうな人”って」
「印象薄くない?」
「そんなもんでしょ、書くってなったら」
「まぁそうだろうけど……ってか手ぇ動かして。荷造り終わんないよ?」
「はぁい」
サボってるのがバレた私は観念して荷造りを再開。彼は元いた場所に戻った。
「まさかねぇ。“なんか優しそうな人”とねぇ」
「それはこっちもだよ。まさかこんな関係になると思ってなかった」
私たちは絶賛荷造り中。
「ねぇ、私の第一印象ってどんなだった?」
「覚えてない」
「即答」
「覚えてるほど印象的な人っていなくない? しかも職場の、何人もいる新人の内の一人だよ?」
「でもその“新人の内の一人”が良かったんでしょ?」
「そう。良かった。いや……うん」
歯切れの悪い彼。多分“過去形”になったことを気にしてる。でもいいじゃん、仕方ないよ。だってもう、過去形なんだから。
この荷造りは、私たちの同居を解消するためのもの。
二人は出会って、付き合って、結婚して、そして別れる。
まだ離婚届に押印してないけど、二人の話し合いは決着がついた。
結婚後も同じ職場で働いてるから、離婚したって公表するのはちょっと気まずくなりそう。だからどちらかが転職するまで正式に離婚するのは待とう、って話になった。
なんでこんな風になっちゃったんだろう。確かに好きだった。いや、いまでも好きだ。
だけど、どこかでなにかを掛け違えてしまったみたい。
一緒にいて楽しいと思える時間はどんどん減っていって、いつしか苦痛になって……だから一度、仕切り直そうって。
この部屋は一人には広いし家賃負担も大きいから、近くの家に引っ越すことにした。
住所が変わるから会社に申請しないといけなくて、その手続きをする人と直属の上司には事情を説明した。
そうやって外堀が埋まっていく度に、あぁ、本当に別れるんだなぁ、って実感が湧いてくる。
荷造りが進まない理由の一つはきっと、本当は別れたいなんて思ってない、ってことだ。私の場合は。
彼がどう思ってるのかわからないけど、別居は二人の同意のもと行われるのだから……まぁ、そういうことだよね。
思い出の詰まった品々を箱に詰めていく。あの頃はこうだったとか、これはあのときに買ったやつ、とか、そんなことを思い返しながらようやく荷造りを終えた。
始まるのはあんなに大変だったのに、終わるのってあっという間だなって思ったら、急に虚無感にさいなまれた。
「すげー顔してんね」
「……そう? なんか急に疲れた」
「わかる」
入居時と同じように段ボール箱が積まれた部屋を眺める。感情はそのときと正反対。寂しい悲しいやるせない。
気づいたら隣に立つ彼の袖を掴んでいた。
「どしたの」
「あ、ごめん」
離そうとした手を、彼が握った。
「いいよ」
なんだか久しぶりの温もり。最近はお互い仕事が忙しくて、二人でこんな風にすることなんてなかった。
「どうして、こうなっちゃったんだろう」
「……時間、もっと作れば良かったな」
「……うん」
「もっといろいろ、なんでも話せば良かった」
「うん」
「次の家、こっから近いんだよね」
「そう。ここから徒歩10分」
「だよね。俺んちもそんくらい」
「うん」
「……落ち着いたらさ、遊び行っていい?」
「え? い、いいけど……なんで」
「なんでって……」
彼は少し困ったような顔で私を見つめた。
「話の流れで別居しようってなっちゃったけど、ホントは、もっと違う形があったんじゃないかなって思ってたんだ。でも今日まで言えなくて」
「そうなの?」
「うん。今日みたいにまとまった時間とる余裕もなかったし、忙しくしてたら今日になっちゃって……」
バツが悪そうな顔を見て、安堵する。なんだ、私だけじゃなかったんだ。
「じゃあ、落ち着いたら連絡する」
「うん、俺も。それで、また始めよう」
「……うん」
じゃあ、今回の引っ越しやめにしない? って言おうと思って、やめた。
きっといまは、離れて暮らすことに意味がある。
手を繋いだまま、ガランとした部屋に佇む。
引っ越し業者が来るまでは、あと少し。
今日から新しい職場に出勤。
まごまごしてたら同じ会社の人が助けてくれた。なんだか優しそうな人だなと思ったら、その人がOJTを担当してくれる先輩だった。
不安な気持ち、少し軽減したかもしれない。
笑った顔が少し幼くて、年上には見えない。そんで、ちょっとイケメン。
明日からの出勤がちょっと楽しみ。
「あ」
「ん?」
「残ってた」
「なにが」
「第一印象」
「なんの?」
「あなたの」
「ん、なに、どういうこと?」
離れた場所で荷造りしていた彼が不思議そうにやってきて、私の手にある日記を見た。四年前から書いている五年日記帳だ。
「“OJT担当はなんか優しそうな人”って」
「印象薄くない?」
「そんなもんでしょ、書くってなったら」
「まぁそうだろうけど……ってか手ぇ動かして。荷造り終わんないよ?」
「はぁい」
サボってるのがバレた私は観念して荷造りを再開。彼は元いた場所に戻った。
「まさかねぇ。“なんか優しそうな人”とねぇ」
「それはこっちもだよ。まさかこんな関係になると思ってなかった」
私たちは絶賛荷造り中。
「ねぇ、私の第一印象ってどんなだった?」
「覚えてない」
「即答」
「覚えてるほど印象的な人っていなくない? しかも職場の、何人もいる新人の内の一人だよ?」
「でもその“新人の内の一人”が良かったんでしょ?」
「そう。良かった。いや……うん」
歯切れの悪い彼。多分“過去形”になったことを気にしてる。でもいいじゃん、仕方ないよ。だってもう、過去形なんだから。
この荷造りは、私たちの同居を解消するためのもの。
二人は出会って、付き合って、結婚して、そして別れる。
まだ離婚届に押印してないけど、二人の話し合いは決着がついた。
結婚後も同じ職場で働いてるから、離婚したって公表するのはちょっと気まずくなりそう。だからどちらかが転職するまで正式に離婚するのは待とう、って話になった。
なんでこんな風になっちゃったんだろう。確かに好きだった。いや、いまでも好きだ。
だけど、どこかでなにかを掛け違えてしまったみたい。
一緒にいて楽しいと思える時間はどんどん減っていって、いつしか苦痛になって……だから一度、仕切り直そうって。
この部屋は一人には広いし家賃負担も大きいから、近くの家に引っ越すことにした。
住所が変わるから会社に申請しないといけなくて、その手続きをする人と直属の上司には事情を説明した。
そうやって外堀が埋まっていく度に、あぁ、本当に別れるんだなぁ、って実感が湧いてくる。
荷造りが進まない理由の一つはきっと、本当は別れたいなんて思ってない、ってことだ。私の場合は。
彼がどう思ってるのかわからないけど、別居は二人の同意のもと行われるのだから……まぁ、そういうことだよね。
思い出の詰まった品々を箱に詰めていく。あの頃はこうだったとか、これはあのときに買ったやつ、とか、そんなことを思い返しながらようやく荷造りを終えた。
始まるのはあんなに大変だったのに、終わるのってあっという間だなって思ったら、急に虚無感にさいなまれた。
「すげー顔してんね」
「……そう? なんか急に疲れた」
「わかる」
入居時と同じように段ボール箱が積まれた部屋を眺める。感情はそのときと正反対。寂しい悲しいやるせない。
気づいたら隣に立つ彼の袖を掴んでいた。
「どしたの」
「あ、ごめん」
離そうとした手を、彼が握った。
「いいよ」
なんだか久しぶりの温もり。最近はお互い仕事が忙しくて、二人でこんな風にすることなんてなかった。
「どうして、こうなっちゃったんだろう」
「……時間、もっと作れば良かったな」
「……うん」
「もっといろいろ、なんでも話せば良かった」
「うん」
「次の家、こっから近いんだよね」
「そう。ここから徒歩10分」
「だよね。俺んちもそんくらい」
「うん」
「……落ち着いたらさ、遊び行っていい?」
「え? い、いいけど……なんで」
「なんでって……」
彼は少し困ったような顔で私を見つめた。
「話の流れで別居しようってなっちゃったけど、ホントは、もっと違う形があったんじゃないかなって思ってたんだ。でも今日まで言えなくて」
「そうなの?」
「うん。今日みたいにまとまった時間とる余裕もなかったし、忙しくしてたら今日になっちゃって……」
バツが悪そうな顔を見て、安堵する。なんだ、私だけじゃなかったんだ。
「じゃあ、落ち着いたら連絡する」
「うん、俺も。それで、また始めよう」
「……うん」
じゃあ、今回の引っ越しやめにしない? って言おうと思って、やめた。
きっといまは、離れて暮らすことに意味がある。
手を繋いだまま、ガランとした部屋に佇む。
引っ越し業者が来るまでは、あと少し。
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