61 / 366
3/2『段ボール箱に囲まれて』
しおりを挟む
3月2日(月)晴れ
今日から新しい職場に出勤。
まごまごしてたら同じ会社の人が助けてくれた。なんだか優しそうな人だなと思ったら、その人がOJTを担当してくれる先輩だった。
不安な気持ち、少し軽減したかもしれない。
笑った顔が少し幼くて、年上には見えない。そんで、ちょっとイケメン。
明日からの出勤がちょっと楽しみ。
「あ」
「ん?」
「残ってた」
「なにが」
「第一印象」
「なんの?」
「あなたの」
「ん、なに、どういうこと?」
離れた場所で荷造りしていた彼が不思議そうにやってきて、私の手にある日記を見た。四年前から書いている五年日記帳だ。
「“OJT担当はなんか優しそうな人”って」
「印象薄くない?」
「そんなもんでしょ、書くってなったら」
「まぁそうだろうけど……ってか手ぇ動かして。荷造り終わんないよ?」
「はぁい」
サボってるのがバレた私は観念して荷造りを再開。彼は元いた場所に戻った。
「まさかねぇ。“なんか優しそうな人”とねぇ」
「それはこっちもだよ。まさかこんな関係になると思ってなかった」
私たちは絶賛荷造り中。
「ねぇ、私の第一印象ってどんなだった?」
「覚えてない」
「即答」
「覚えてるほど印象的な人っていなくない? しかも職場の、何人もいる新人の内の一人だよ?」
「でもその“新人の内の一人”が良かったんでしょ?」
「そう。良かった。いや……うん」
歯切れの悪い彼。多分“過去形”になったことを気にしてる。でもいいじゃん、仕方ないよ。だってもう、過去形なんだから。
この荷造りは、私たちの同居を解消するためのもの。
二人は出会って、付き合って、結婚して、そして別れる。
まだ離婚届に押印してないけど、二人の話し合いは決着がついた。
結婚後も同じ職場で働いてるから、離婚したって公表するのはちょっと気まずくなりそう。だからどちらかが転職するまで正式に離婚するのは待とう、って話になった。
なんでこんな風になっちゃったんだろう。確かに好きだった。いや、いまでも好きだ。
だけど、どこかでなにかを掛け違えてしまったみたい。
一緒にいて楽しいと思える時間はどんどん減っていって、いつしか苦痛になって……だから一度、仕切り直そうって。
この部屋は一人には広いし家賃負担も大きいから、近くの家に引っ越すことにした。
住所が変わるから会社に申請しないといけなくて、その手続きをする人と直属の上司には事情を説明した。
そうやって外堀が埋まっていく度に、あぁ、本当に別れるんだなぁ、って実感が湧いてくる。
荷造りが進まない理由の一つはきっと、本当は別れたいなんて思ってない、ってことだ。私の場合は。
彼がどう思ってるのかわからないけど、別居は二人の同意のもと行われるのだから……まぁ、そういうことだよね。
思い出の詰まった品々を箱に詰めていく。あの頃はこうだったとか、これはあのときに買ったやつ、とか、そんなことを思い返しながらようやく荷造りを終えた。
始まるのはあんなに大変だったのに、終わるのってあっという間だなって思ったら、急に虚無感にさいなまれた。
「すげー顔してんね」
「……そう? なんか急に疲れた」
「わかる」
入居時と同じように段ボール箱が積まれた部屋を眺める。感情はそのときと正反対。寂しい悲しいやるせない。
気づいたら隣に立つ彼の袖を掴んでいた。
「どしたの」
「あ、ごめん」
離そうとした手を、彼が握った。
「いいよ」
なんだか久しぶりの温もり。最近はお互い仕事が忙しくて、二人でこんな風にすることなんてなかった。
「どうして、こうなっちゃったんだろう」
「……時間、もっと作れば良かったな」
「……うん」
「もっといろいろ、なんでも話せば良かった」
「うん」
「次の家、こっから近いんだよね」
「そう。ここから徒歩10分」
「だよね。俺んちもそんくらい」
「うん」
「……落ち着いたらさ、遊び行っていい?」
「え? い、いいけど……なんで」
「なんでって……」
彼は少し困ったような顔で私を見つめた。
「話の流れで別居しようってなっちゃったけど、ホントは、もっと違う形があったんじゃないかなって思ってたんだ。でも今日まで言えなくて」
「そうなの?」
「うん。今日みたいにまとまった時間とる余裕もなかったし、忙しくしてたら今日になっちゃって……」
バツが悪そうな顔を見て、安堵する。なんだ、私だけじゃなかったんだ。
「じゃあ、落ち着いたら連絡する」
「うん、俺も。それで、また始めよう」
「……うん」
じゃあ、今回の引っ越しやめにしない? って言おうと思って、やめた。
きっといまは、離れて暮らすことに意味がある。
手を繋いだまま、ガランとした部屋に佇む。
引っ越し業者が来るまでは、あと少し。
今日から新しい職場に出勤。
まごまごしてたら同じ会社の人が助けてくれた。なんだか優しそうな人だなと思ったら、その人がOJTを担当してくれる先輩だった。
不安な気持ち、少し軽減したかもしれない。
笑った顔が少し幼くて、年上には見えない。そんで、ちょっとイケメン。
明日からの出勤がちょっと楽しみ。
「あ」
「ん?」
「残ってた」
「なにが」
「第一印象」
「なんの?」
「あなたの」
「ん、なに、どういうこと?」
離れた場所で荷造りしていた彼が不思議そうにやってきて、私の手にある日記を見た。四年前から書いている五年日記帳だ。
「“OJT担当はなんか優しそうな人”って」
「印象薄くない?」
「そんなもんでしょ、書くってなったら」
「まぁそうだろうけど……ってか手ぇ動かして。荷造り終わんないよ?」
「はぁい」
サボってるのがバレた私は観念して荷造りを再開。彼は元いた場所に戻った。
「まさかねぇ。“なんか優しそうな人”とねぇ」
「それはこっちもだよ。まさかこんな関係になると思ってなかった」
私たちは絶賛荷造り中。
「ねぇ、私の第一印象ってどんなだった?」
「覚えてない」
「即答」
「覚えてるほど印象的な人っていなくない? しかも職場の、何人もいる新人の内の一人だよ?」
「でもその“新人の内の一人”が良かったんでしょ?」
「そう。良かった。いや……うん」
歯切れの悪い彼。多分“過去形”になったことを気にしてる。でもいいじゃん、仕方ないよ。だってもう、過去形なんだから。
この荷造りは、私たちの同居を解消するためのもの。
二人は出会って、付き合って、結婚して、そして別れる。
まだ離婚届に押印してないけど、二人の話し合いは決着がついた。
結婚後も同じ職場で働いてるから、離婚したって公表するのはちょっと気まずくなりそう。だからどちらかが転職するまで正式に離婚するのは待とう、って話になった。
なんでこんな風になっちゃったんだろう。確かに好きだった。いや、いまでも好きだ。
だけど、どこかでなにかを掛け違えてしまったみたい。
一緒にいて楽しいと思える時間はどんどん減っていって、いつしか苦痛になって……だから一度、仕切り直そうって。
この部屋は一人には広いし家賃負担も大きいから、近くの家に引っ越すことにした。
住所が変わるから会社に申請しないといけなくて、その手続きをする人と直属の上司には事情を説明した。
そうやって外堀が埋まっていく度に、あぁ、本当に別れるんだなぁ、って実感が湧いてくる。
荷造りが進まない理由の一つはきっと、本当は別れたいなんて思ってない、ってことだ。私の場合は。
彼がどう思ってるのかわからないけど、別居は二人の同意のもと行われるのだから……まぁ、そういうことだよね。
思い出の詰まった品々を箱に詰めていく。あの頃はこうだったとか、これはあのときに買ったやつ、とか、そんなことを思い返しながらようやく荷造りを終えた。
始まるのはあんなに大変だったのに、終わるのってあっという間だなって思ったら、急に虚無感にさいなまれた。
「すげー顔してんね」
「……そう? なんか急に疲れた」
「わかる」
入居時と同じように段ボール箱が積まれた部屋を眺める。感情はそのときと正反対。寂しい悲しいやるせない。
気づいたら隣に立つ彼の袖を掴んでいた。
「どしたの」
「あ、ごめん」
離そうとした手を、彼が握った。
「いいよ」
なんだか久しぶりの温もり。最近はお互い仕事が忙しくて、二人でこんな風にすることなんてなかった。
「どうして、こうなっちゃったんだろう」
「……時間、もっと作れば良かったな」
「……うん」
「もっといろいろ、なんでも話せば良かった」
「うん」
「次の家、こっから近いんだよね」
「そう。ここから徒歩10分」
「だよね。俺んちもそんくらい」
「うん」
「……落ち着いたらさ、遊び行っていい?」
「え? い、いいけど……なんで」
「なんでって……」
彼は少し困ったような顔で私を見つめた。
「話の流れで別居しようってなっちゃったけど、ホントは、もっと違う形があったんじゃないかなって思ってたんだ。でも今日まで言えなくて」
「そうなの?」
「うん。今日みたいにまとまった時間とる余裕もなかったし、忙しくしてたら今日になっちゃって……」
バツが悪そうな顔を見て、安堵する。なんだ、私だけじゃなかったんだ。
「じゃあ、落ち着いたら連絡する」
「うん、俺も。それで、また始めよう」
「……うん」
じゃあ、今回の引っ越しやめにしない? って言おうと思って、やめた。
きっといまは、離れて暮らすことに意味がある。
手を繋いだまま、ガランとした部屋に佇む。
引っ越し業者が来るまでは、あと少し。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
夫の幼馴染が毎晩のように遊びにくる
ヘロディア
恋愛
数年前、主人公は結婚した。夫とは大学時代から知り合いで、五年ほど付き合った後に結婚を決めた。
正直結構ラブラブな方だと思っている。喧嘩の一つや二つはあるけれど、仲直りも早いし、お互いの嫌なところも受け入れられるくらいには愛しているつもりだ。
そう、あの女が私の前に立ちはだかるまでは…
両隣から喘ぎ声が聞こえてくるので僕らもヤろうということになった
ヘロディア
恋愛
妻と一緒に寝る主人公だったが、変な声を耳にして、目が覚めてしまう。
その声は、隣の家から薄い壁を伝って聞こえてくる喘ぎ声だった。
欲情が刺激された主人公は…
お父様の相手をしなさいよ・・・亡き夫の姉の指示を受け入れる私が学ぶしきたりとは・・・
マッキーの世界
大衆娯楽
「あなた、この家にいたいなら、お父様の相手をしてみなさいよ」
義姉にそう言われてしまい、困っている。
「義父と寝るだなんて、そんなことは
お父さん!義父を介護しに行ったら押し倒されてしまったけど・・・
マッキーの世界
大衆娯楽
今年で64歳になる義父が体調を崩したので、実家へ介護に行くことになりました。
「お父さん、大丈夫ですか?」
「自分ではちょっと起きれそうにないんだ」
「じゃあ私が
連れ子が中学生に成長して胸が膨らむ・・・1人での快感にも目覚て恥ずかしそうにベッドの上で寝る
マッキーの世界
大衆娯楽
連れ子が成長し、中学生になった。
思春期ということもあり、反抗的な態度をとられる。
だが、そんな反抗的な表情も妙に俺の心を捉えて離さない。
「ああ、抱きたい・・・」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる