日々の欠片

小海音かなた

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2/1『寒空に消える誘い文句』

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「ねぇキミ、魔法少女にならない?」
 夜風を入れるために開けていた窓、虫が入らないように閉めていた網戸の外から声が聞こえた。なんかのアニメに出てきそうな高い声。
「……いや、私もう、40超えてるんで……」
 驚くより先に出てきた冷静な返答に、そのアニメ声が不思議そうに言う。
「あれ? そうなの? 見えないね」
「はぁ……」
 キャッチの人から幾度となく聞いたその言葉を、私は信用していない。
「ねぇこれ、この網、開けてそっち入っていい?」
「いや、知らない人入れるのはちょっと」
「人じゃないけど」
 ほら、とアニメ声の主が発光した。
「まぶっ」
 手で遮って光量を調節。手の先に見えたのは、ぬいぐるみのような可愛い生き物だった。いま流行りの宇宙渡航者のようだが……。
「怪しすぎでしょ」
「えっ、可愛いでしょ!」
「だからこそ、ツリ目的の見た目って判断されますよ。そういう“鬱展開”のアニメみたいの、望んでないんで結構です」
「なんだぁ。この見た目なら喜ばれるって聞いたから頑張ったのに」
「本当の少女だったらあるいは。でもいまどきそういう、訪問販売? みたいの流行りませんよ。防犯意識高い子多そうだし」
「世知辛いなぁー」
 悲しそうに眉根を寄せるぬいぐるみっぽいもの。
「魔法少女勧誘しなきゃならないほど治安悪くないですよ、この街」
「ミクロだねー。視点がミクロ! もっと宇宙に目を向けないと!」
「よくわかんない生き物に言われたくないです」
「まぁいいよ、ほかの家行くわ。ちなみに貴女、お子さんは?」
「いないっす。生粋の独身なんで」
 謎の生き物は口を開けて息を吸って「…………」なにも言わずに閉じた。
(嫌味な生き物だな)
 思ったけど言わなかったのに表情でバレたらしく、「言いたいことあるなら言えばいいのに」なんてブツクサ言いながらその生き物はぴこぴこと右手を振り「じゃぁねぇ~」全長30センチくらい身体を翻し、夜空へ消えた。
「なんだったんだ……」
 結局本当の意図はわからないまま、その日は終わった。
 数日後、テレビを見ていたらニュースが流れた。
『……その生物は【魔法少女にならないか】などと言い、女児から食べ物を巻き上げるなど…………詐欺行為の疑いがあるとして、警視庁では注意を呼びかけ……』
 画面には、こないだ見た生き物の写真が映った。画面下には【視聴者投稿】の文字。
 こないだより少しやつれたようなその顔は、演出なのかそれとも……。なんにせよ、やっぱりいまどき流行らない方法なのだなと痛感した。
「世知辛いねぇ~……」
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