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Chapter.33
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大通りに出たところで、
「すみません。仕事先にまで押しかけて」
紫輝が口を開く。
「いえ…。私こそ……」
緊張でかすれる声。リュックを抱え、膝の上に組んだ手を強く握る。そうしないと、緊張のあまり全身が震えだしそうだった。
「ずっと、返信しなくて…すみません……」
「届いてはいたんですね」
ホッとしたように紫輝が言った。
「ブロックされてたらどうしようって思ってました」
「そんなこと……」
できるわけない、とは言えない。
「オレ、バカなんで。気付かないうちになんかしちゃったのかなーって」
紫輝の自嘲気味な言葉に、鹿乃江が申し訳なさそうにかぶりを振る。
「前原さんはなにも悪くないです。私が……」
(何も言わず、身を引いただけ……)
「私が、勝手に……決めたこと、なので……」
絞り出すような固い声。車内に沈黙が立ち込める。
胸が苦しくて張り裂けそうというのは、こういうときのことを言うのだろうか。
(どうして……)
どうしてこの人は、こんなにも自分の感情を揺さぶるのだろう。
偶然道端でぶつかりそうになって、落し物の受け渡しをした。ただそれだけの関係のはずだった。なのに。
『目的地まで、あと、5分です』
カーナビが、十数分間のドライブの終了時間を告げる。
目的地周辺でゆっくりと停車させて
「この辺りで大丈夫ですか?」
紫輝が鹿乃江に確認する。
「はい。ありがとうございました」
シートベルトを外して車を降りようとする鹿乃江に
「ひとつだけ教えてください」
足元に視線を落として紫輝が言う。
「オレのこと、どう思ってますか」
答えはひとつだ。でも、それを口に出すことはできない。口を開いても言葉が出てこない。
代わりに出てくるのは、涙だ。
返ってこない答えを求めようと鹿乃江の顔を見た紫輝が、驚いて固まった。
誤解されたくなくて謝ることもできずに、鹿乃江はおじぎをして車から降りると、足早にその場を立ち去った。
鹿乃江の背中が見えなくなってから、紫輝はハンドルに両手を置き、うつぶせになった。
(なんで……)
嫌だから泣いていたわけではきっとない。
(困ってた……いや…迷ってた……?)
涙の意味がわからず、紫輝は悩む。
(泣かせた……)
そのことが、紫輝の心を重くする。
(もう、会えないのかな…。嫌だな…)
にじみ出る涙を、指先で拭った。それでも抑えられずに水滴は指先を伝う。隠すように目元を掌で覆うが、嗚咽を止めることはできない。
自分と鹿乃江の涙の意味が一緒ならいいと思いながら、紫輝はしばらく、そのまま泣き続けた。
* * *
「すみません。仕事先にまで押しかけて」
紫輝が口を開く。
「いえ…。私こそ……」
緊張でかすれる声。リュックを抱え、膝の上に組んだ手を強く握る。そうしないと、緊張のあまり全身が震えだしそうだった。
「ずっと、返信しなくて…すみません……」
「届いてはいたんですね」
ホッとしたように紫輝が言った。
「ブロックされてたらどうしようって思ってました」
「そんなこと……」
できるわけない、とは言えない。
「オレ、バカなんで。気付かないうちになんかしちゃったのかなーって」
紫輝の自嘲気味な言葉に、鹿乃江が申し訳なさそうにかぶりを振る。
「前原さんはなにも悪くないです。私が……」
(何も言わず、身を引いただけ……)
「私が、勝手に……決めたこと、なので……」
絞り出すような固い声。車内に沈黙が立ち込める。
胸が苦しくて張り裂けそうというのは、こういうときのことを言うのだろうか。
(どうして……)
どうしてこの人は、こんなにも自分の感情を揺さぶるのだろう。
偶然道端でぶつかりそうになって、落し物の受け渡しをした。ただそれだけの関係のはずだった。なのに。
『目的地まで、あと、5分です』
カーナビが、十数分間のドライブの終了時間を告げる。
目的地周辺でゆっくりと停車させて
「この辺りで大丈夫ですか?」
紫輝が鹿乃江に確認する。
「はい。ありがとうございました」
シートベルトを外して車を降りようとする鹿乃江に
「ひとつだけ教えてください」
足元に視線を落として紫輝が言う。
「オレのこと、どう思ってますか」
答えはひとつだ。でも、それを口に出すことはできない。口を開いても言葉が出てこない。
代わりに出てくるのは、涙だ。
返ってこない答えを求めようと鹿乃江の顔を見た紫輝が、驚いて固まった。
誤解されたくなくて謝ることもできずに、鹿乃江はおじぎをして車から降りると、足早にその場を立ち去った。
鹿乃江の背中が見えなくなってから、紫輝はハンドルに両手を置き、うつぶせになった。
(なんで……)
嫌だから泣いていたわけではきっとない。
(困ってた……いや…迷ってた……?)
涙の意味がわからず、紫輝は悩む。
(泣かせた……)
そのことが、紫輝の心を重くする。
(もう、会えないのかな…。嫌だな…)
にじみ出る涙を、指先で拭った。それでも抑えられずに水滴は指先を伝う。隠すように目元を掌で覆うが、嗚咽を止めることはできない。
自分と鹿乃江の涙の意味が一緒ならいいと思いながら、紫輝はしばらく、そのまま泣き続けた。
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