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Chapter.23

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「あつ……」
 外気にさらされ思わず声が出た。季節は夏。いつも“例年”と較べられているが、正直毎年新鮮に暑い。
 駅前に向かいつつ、小道の手前で道の向こうを確認する。紫輝とぶつかりそうになった交差路だ。
 もうあんなことはないだろうと思いつつ、通りかかるたび、つい人が出てこないかを確認してしまう。あの日のことを思い出すと、少し心がざわつく。
((連絡してみればいいのに))
 頭の片隅で、俯瞰ふかんに浮かぶもう一人の自分が語りかけてくる。
(だって、なんて送っていいかわからないし)
((元気ですか? とかでいいじゃん))
(だって、最近忙しそうだし……そもそもテレビとかで元気なのはわかってるし……)
((じゃあ黙って待ってるの?))
(だって…待つしかないじゃん……)
((だってだってってさぁ~))
(だって……)
 自問自答しているうちに到着した駅ビル内の書店で、平積みにされているテレビ情報誌に目が行く。
(うわ、すごい)
 FourQuartersが表紙を飾る週刊、月刊誌がズラリと並んでいる。先ごろ発売されたアルバムレコーディング時のエピソードや感想、曲紹介を交えたインタビューとグラビアで構成された特集が各誌で組まれていた。
 何種類かのうちの一冊を手に取ってみる。巻頭グラビアに使われている写真には、二人で会っているときとは少し違う表情の紫輝が写っていた。あらためて、芸能人――アイドルなんだなぁ、と実感する。
 連絡を取り合ったり食事に行ったりしていることのほうが不思議に思え、あれは白昼夢だったのでは? なんて考えてみる。
 しかし、借りたままになっている紫輝のキャップは家にあるし、アプリのトークルームにはいままでのやりとりが保存されている。表示される最新の日付は二週間前。
 パラパラとめくった週刊誌を買おうかどうか悩んで、そっと置いた。一冊購入したら、数珠つなぎに何冊も購入してしまいそうだ。
 その足で同じフロアのスーパーに寄り、昼食を買って職場に戻る。

 いまどこで、なにをしているんだろう。

 インターネットを駆使すれば、タイムラグはあるだろうけれどある程度の情報は知ることができると思う。なんなら園部が知っているかもしれない。
 ただ、下手にディグって知りたくない情報まで見てしまうのが怖い。
(会ったらきっと、教えてくれるんだろうな)
 そう考えて、いつ会えるかわからないからクヨクヨしてるんだった、と思い出す。
(会いたいのかー……)
 自席に着き、昼食をとる。パソコンモニタ下に置いてあるスマホの画面を表示させるが、特に通知は届いていない。
(連絡……してみる……?)
 個別のトークルームを立ち上げてみる。
 10分足らずの通話記録から途絶えた連絡。いつも始まりは紫輝からだ。
(でも、なんて書けばいい?)
 元気なことはわかっている。仕事が忙しいことも。近況報告や雑談をして、じゃあそのあとは? 他愛もないやりとりをして、それで終わる? それとも、また会いたいって言う?
 いつも同じようなことを考えて、なにも打てずにアプリを閉じる。
(はあぁ……)
 悩んでいるうちに休憩時間も終わってしまい、業務に戻る。
 紫輝がもし自分と同じ感情を自分に抱いているとしたら、連絡をとるときに緊張したり逡巡したりするのだろうか。それとも、それは性格の問題で、それほど気にせずにいるのだろうか。
 そんなことを考えているとメールや電話で業務依頼が入る。なんだかんだと業務が重なり、午前中と打って変わった忙しさに追われ、あっという間に終業時間になったのだった。

* * *
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