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Chapter.70

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 翌日、ひぃなの目の前に設置されたモニタ上でアラーム画面が開き、“棚井攷斗”が来客する10分前だと報せた。
(あ、もうそんな時間か)
 お茶の用意をするべく給湯室へ移動する途中、
「!」
 曲がり角から突然人影が現れた。
「…お疲れ様です……」
 自然と声のトーンが落ちてしまう。
「お疲れ様です」
 ぶつかりそうになった相手が黒岩だからだ。
 特に用事も時間もないので、会釈をしてやり過ごした。
(なんかちょっと、そろそろ怖いな……)
 ぶつかりそうになったのは今回だけじゃない。堀河がひぃなの結婚を発表して以来、度々同じようなシチュエーションで出くわしているので、偶然ではない確信がある。
 引っ越し後の連休明けから頻度が上がっている“曲がり角での突然の遭遇”は、さっきので今日だけでも三度目だ。
(サエコに相談するか……いやでも、いきなり社長ってのもなー)
 考えながら、二人分のコーヒーを準備する。
 攷斗にはいつものようにアイスコーヒーにガムシロップとミルクを少しずつ。堀河にはホットコーヒーにスティックシュガー一本とポーションミルクを二個添付。A4サイズ程度のトレイに乗せて、予約の入った会議室まで運ぶ。
 ガラスがはめ込まれたドアをノックして「失礼いたします」入室すると、攷斗と堀河が向かい合わせに座っていた。
「「ありがとう」」
 普段通りに礼を言う攷斗と堀河に、
「お疲れ様です」
 ひぃなが普段とは違う挨拶をして、トレイの上からドリンクを各自の前に移動させた。
「あら、えこひいき」
 攷斗のカップの中で、すでにコーヒーの色が変わっていることに目ざとく気付いた堀河が怒るでもなく言った。きっと湯気が立っていないことにも気付いている。
「社長きまぐれで配分変えるじゃないですか」
「そうだけどー」
 今度は拗ねたように口を尖らせる。
「仕事できるんですよ、俺のヨメ」
 その言葉にひぃなが苦笑して、他の来客時と同様の対応をして退室した。
 攷斗はことあるごとに“俺のヨメ”というワードを使う。
 誰かに自慢するような、言い聞かせるようなその呼称。
「オタクの人みたいだからやめたほうがいいわよ?」
 それを聞く度に堀河が言う。
「事実だしいいじゃないですか」
「念願叶って嬉しいのはわかるけいたっ」
 言葉の途中で攷斗が堀河の足を軽く蹴った。
「聞こえたらどうするんですか」
「あんただって嫁ヨメ言って。社内ではひぃなの相手が誰だかまだ内緒なんですけど」
「そうですけど」
「もういい加減ちゃんと気持ち伝えて、普通に結婚生活しなさいよ。まだ手ぇ出してないんでしょ?」
「セクハラですよ。それに気持ちだったらしっかり伝えてますし」
「どうせ恥ずかしいからって茶化してるんでしょ?」
「マジメに言って退かれたら嫌じゃないですか」
「思春期じゃないんだからさぁ。二人でモダモダしてんじゃないわよ」
「いいじゃないですか……。それより、今日仕事で来てるんですけど」
 バッグから取り出したデザイン画を机に広げて、今度は攷斗が口を尖らせる。
「そうだった」
 テヘッと頭を軽く叩く堀河に
「かわいくないっす」
 攷斗はにべもなく言い放つ。
「うるさいわね。どうせ、ひぃながやったら可愛いんでしょ」
「ひなはなにしててもかわいいですよ」
「わー、ノロケ。やだやだ」
「言わせたの社長でしょ」
「社長が言いたがりなだけでしょ」
 二人の“社長”が口を尖らせ対峙する。
「時間の無駄だわ。始めましょう」
「はい」
 攷斗の描いたデザイン画と、堀河が作った企画書とを並べてミーティングは進む。
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