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Chapter.6
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「はい」
「違ってたら申し訳ないんですけど、お会いしたことありますよね……?」
おずおずと切り出した宿に、チヤが驚く。
「はい。そう、ですね。お会いしたというか……遭遇……?」
「ですよね?! 良かったー」宿が安心したように破顔する。「【月に雁】で隣の席に座ってらっしゃいましたよね」
「はい。もう一ヶ月前くらいですけど……すごい記憶力でいらっしゃいますね」
「マスターと親し気にお話してたのが印象的だったのと……それ」
と宿がチヤの手元を指さした。
「そのノート、コゲラ社のやつですよね」
「はい」
「裏にそんなイラスト入ったやつあったっけ、と思って、印象に残ってたんです」
「そうでしたか」
(私を覚えてくれてたわけじゃなかった)
ホッとしたようながっかりしたような微妙な気持ちで微笑を作るチヤだが、出合い頭に“やっぱり”と言われたことへの答えは見つけられない。
「ここのイラストだけ、自分で描いたんです」
スケジュール帳を兼ねたアイデアノートを閉じ、裏表紙を宿に見せた。
そこには、黒の油性マーカーで描かれた鳥が二羽、寄り添って描かれている。
「良く見てみたいんですけど、いいですか?」
「はい」
差し出された宿の両手に、ノートを乗せた。
「わー、シジュウカラだ。コゲラと良く混群してるんですよね」スゲー、カワイイ! と宿が瞳を輝かせた。
確かに、コゲラとよく混群しているから、とシジュウカラを選んで描いたが、それに気付いたのは宿が初めてだった。
「お好きなんですか? 鳥」
「えぇ。父がバードウォッチャーで、子供の頃よく連れてかれて。やどりも、野鳥から取った名前だそうです」
「へぇ、そうなんですね」
そのエピソード初耳、と心のメモ帳に記載する。
「あー、これマジでめっちゃ可愛いっすね!」
満面の笑みで裏表紙をためつすがめつ見つめる宿に
(可愛いのはあなたですよ!!)
チヤは脳内でツッコミを入れつつ、ありがとうございますなどと微笑んでみる。
「これ売り出して欲しいですわー。あったら絶対買うのに」
「えっ、嬉しいです」
「いやぁ、素晴らしい。ありがとうございます」
礼を言いつつノートを差し出した宿から受け取りつつ、
「よろしければ同じような感じで描きますよ?」
チヤが本気と社交辞令が入り混じった言葉を投げてみると
「えっ! マジですか?!」
思いのほか食いつき、
「今度ノートお渡しするんで、描いていただいていいですか?」
更に瞳を輝かせた宿が、身を乗り出した。
「はい……!」
「やった! 嬉しいです! お礼もちゃんとお渡しします」
「いえいえ! ノートだけご提供いただければ大丈夫です!」
むしろ手持ちのノートが新品だったらこの場で渡していたくらいだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて……。お願いします」
「はい。では、次回の打ち合わせの時にでも……」
「あれ? もう【雁】には行かれませんか?」
「いえ、定期的に行きます」
(けど、でも)
頭の中に浮かんだその言葉を付け加えられなかったのは、期待と希望を消したくなかったから。
「じゃあ、【雁】でお会いしませんか? 打ち合わせのときのほうが便利ですか?」
「いえ、月に雁のほうが家から近いので便利です」
ドキドキと早まる鼓動を隠すように、ゆっくりと言葉を発する。
「良かった。僕もあそこのほうが行きやすいので、是非」
「はい」
飛び切りの笑顔と申し出に飛び上がりそうなくらい嬉しいのをこらえて、あくまで冷静に対応する。
「えーっと……ご連絡先はこちらでよろしいですか?」
宿が傍らに置かれたチヤの名刺を見て、問う。
「そうですね。そちらよりメッセのほうがお返事早いかと思いますが、名刺にはID載せていないので……」
なんて、ただ個人的に連絡先を知りたいだけの下心満載な言葉を
「あ、じゃあ、メッセでいいですか? 僕もそちらのほうが連絡取りやすいので」
宿があっさり快諾した。
(えっ! いいの?!)と内心焦るチヤを余所に、
「読み込みますか? お願いしたほうがいいですか?」
宿はスマホを操作しながらチヤに確認する。
「あっ、じゃあ、私コード出しますので、少々お待ちください……!」
チヤがわたわたとバッグからスマホを取り出し、操作しながら答えた。
宿はその様子を微笑みながら眺めているが、チヤはそれどころではない。
「お待たせいたしました」
画面に【友達追加】用のコードを表示させて差し出すと、宿がその画面にスマホのレンズをかざす。
ピロン♪
確認音を聞いた宿がスマホを離し、
「お、来た」
小さく言って画面をスワイプする。ほどなくしてチヤに宿からのメッセが届いた。
「ありがとうございます」
宿のIDを登録して、発した言葉と全く同じ挨拶を打ち込み返信する。
「また改めてご連絡しますので、ご都合よろしいときにお願いします」
スマホをしまいながら言う宿に、
「はい、ぜひ」
どちらがお願いしているのかわからない返事をチヤがした。本人は気付いていないが、いまにも溶け出しそうな笑顔が浮かんでいる。
その表情を見た宿が何か言おうと口を開くが、ドアをノックする音が発声を遮った。
「失礼します~」
通話を終えた尾関が申し訳なさそうに入室して席へ戻る。
「ごめんなさい、お待たせして! お話の続きさせてもらっていいですか?」
「「はい」」
チヤと宿の返答を聞いた尾関が、皮張りのノートを開いて挿絵依頼の概要説明を始めた。
どちらも初めての受注だったので、しばらく続いたその説明をノートに要点をメモりながら聞き続ける。資料が出来次第再度打ち合わせの時間を設ける、という着地で、宿との打ち合わせは終了した。
ロビーまで送ると言う尾関の申し出を丁重に断って、宿が席を立つ。
「お運びいただきありがとうございました」
ドアのそばで頭を下げる尾関に
「これから、よろしくお願いします」
宿もお辞儀をしてから、チヤのほうを向く。
「シガラキさんも、お世話になります」
「こちらこそ、今後ともお願いいたします」
チヤと宿の言葉には、仕事以外の挨拶も含まれている。二人だけにわかるようにアイコンタクトをして。
それには気付いていない尾関を含めた皆でもう一度頭を下げて、宿がその場を去った。残った尾関とチヤは、改めて当初の目的である打ち合わせに入る。
「ホントごめんなさいね、急なお話で。時間まだ大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「良かったー。新成先生との打ち合わせも急に決まったもんで、チヤちゃんに連絡する時間取れなくて……」
「いえ、こういうサプライズなら大歓迎です」
「なら良かったです~。早急に資料作るから、あちらのスケジュールはまた相談させてください」
「はーい」
「で、本題なんですけどー」
メールに書かれていた“今後の仕事”は宿との案件ではなく、別の新規の依頼だった。まさかの依頼に予定を確認しつつ、しかし挿絵の仕事を最優先したいとわがままを言いつつ、尾関もそれに賛成してスケジュール繰りに二人で頭を悩ませた。
既存の雑誌掲載イラストの打ち合わせも併せて終えて、チヤも出版社をあとにする。
突然の依頼とスケジュール管理とで脳内は飽和しそうだけど、やっと掴んだチャンスを逃すなんてことはしたくないから諸々フル回転させてなんとかやり遂げると心に誓う。
それとは別に、足取りがなんだかフワフワとしているのは否めない。【月に雁】で宿と遭遇した帰りに体験したものと似ているけど、あのときとは状況が違う。だって、チヤのスマホには宿と直接やりとりできる連絡先が登録されている。
(それとこれとは話が別! 仕事! 仕事なんだから、しっかりやる!)
けれど、ほんの数時間前までは考えてもいなかった現実に、身震いしそうで思わず自分の腕を掴んでいた。
(うわ~! がんばろう!)
身体の底から湧き出るようなやる気を胸に、画材屋へ立ち寄り新しいスケッチブックとクロッキー帳、原稿用紙を買い足した。
* * *
「違ってたら申し訳ないんですけど、お会いしたことありますよね……?」
おずおずと切り出した宿に、チヤが驚く。
「はい。そう、ですね。お会いしたというか……遭遇……?」
「ですよね?! 良かったー」宿が安心したように破顔する。「【月に雁】で隣の席に座ってらっしゃいましたよね」
「はい。もう一ヶ月前くらいですけど……すごい記憶力でいらっしゃいますね」
「マスターと親し気にお話してたのが印象的だったのと……それ」
と宿がチヤの手元を指さした。
「そのノート、コゲラ社のやつですよね」
「はい」
「裏にそんなイラスト入ったやつあったっけ、と思って、印象に残ってたんです」
「そうでしたか」
(私を覚えてくれてたわけじゃなかった)
ホッとしたようながっかりしたような微妙な気持ちで微笑を作るチヤだが、出合い頭に“やっぱり”と言われたことへの答えは見つけられない。
「ここのイラストだけ、自分で描いたんです」
スケジュール帳を兼ねたアイデアノートを閉じ、裏表紙を宿に見せた。
そこには、黒の油性マーカーで描かれた鳥が二羽、寄り添って描かれている。
「良く見てみたいんですけど、いいですか?」
「はい」
差し出された宿の両手に、ノートを乗せた。
「わー、シジュウカラだ。コゲラと良く混群してるんですよね」スゲー、カワイイ! と宿が瞳を輝かせた。
確かに、コゲラとよく混群しているから、とシジュウカラを選んで描いたが、それに気付いたのは宿が初めてだった。
「お好きなんですか? 鳥」
「えぇ。父がバードウォッチャーで、子供の頃よく連れてかれて。やどりも、野鳥から取った名前だそうです」
「へぇ、そうなんですね」
そのエピソード初耳、と心のメモ帳に記載する。
「あー、これマジでめっちゃ可愛いっすね!」
満面の笑みで裏表紙をためつすがめつ見つめる宿に
(可愛いのはあなたですよ!!)
チヤは脳内でツッコミを入れつつ、ありがとうございますなどと微笑んでみる。
「これ売り出して欲しいですわー。あったら絶対買うのに」
「えっ、嬉しいです」
「いやぁ、素晴らしい。ありがとうございます」
礼を言いつつノートを差し出した宿から受け取りつつ、
「よろしければ同じような感じで描きますよ?」
チヤが本気と社交辞令が入り混じった言葉を投げてみると
「えっ! マジですか?!」
思いのほか食いつき、
「今度ノートお渡しするんで、描いていただいていいですか?」
更に瞳を輝かせた宿が、身を乗り出した。
「はい……!」
「やった! 嬉しいです! お礼もちゃんとお渡しします」
「いえいえ! ノートだけご提供いただければ大丈夫です!」
むしろ手持ちのノートが新品だったらこの場で渡していたくらいだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて……。お願いします」
「はい。では、次回の打ち合わせの時にでも……」
「あれ? もう【雁】には行かれませんか?」
「いえ、定期的に行きます」
(けど、でも)
頭の中に浮かんだその言葉を付け加えられなかったのは、期待と希望を消したくなかったから。
「じゃあ、【雁】でお会いしませんか? 打ち合わせのときのほうが便利ですか?」
「いえ、月に雁のほうが家から近いので便利です」
ドキドキと早まる鼓動を隠すように、ゆっくりと言葉を発する。
「良かった。僕もあそこのほうが行きやすいので、是非」
「はい」
飛び切りの笑顔と申し出に飛び上がりそうなくらい嬉しいのをこらえて、あくまで冷静に対応する。
「えーっと……ご連絡先はこちらでよろしいですか?」
宿が傍らに置かれたチヤの名刺を見て、問う。
「そうですね。そちらよりメッセのほうがお返事早いかと思いますが、名刺にはID載せていないので……」
なんて、ただ個人的に連絡先を知りたいだけの下心満載な言葉を
「あ、じゃあ、メッセでいいですか? 僕もそちらのほうが連絡取りやすいので」
宿があっさり快諾した。
(えっ! いいの?!)と内心焦るチヤを余所に、
「読み込みますか? お願いしたほうがいいですか?」
宿はスマホを操作しながらチヤに確認する。
「あっ、じゃあ、私コード出しますので、少々お待ちください……!」
チヤがわたわたとバッグからスマホを取り出し、操作しながら答えた。
宿はその様子を微笑みながら眺めているが、チヤはそれどころではない。
「お待たせいたしました」
画面に【友達追加】用のコードを表示させて差し出すと、宿がその画面にスマホのレンズをかざす。
ピロン♪
確認音を聞いた宿がスマホを離し、
「お、来た」
小さく言って画面をスワイプする。ほどなくしてチヤに宿からのメッセが届いた。
「ありがとうございます」
宿のIDを登録して、発した言葉と全く同じ挨拶を打ち込み返信する。
「また改めてご連絡しますので、ご都合よろしいときにお願いします」
スマホをしまいながら言う宿に、
「はい、ぜひ」
どちらがお願いしているのかわからない返事をチヤがした。本人は気付いていないが、いまにも溶け出しそうな笑顔が浮かんでいる。
その表情を見た宿が何か言おうと口を開くが、ドアをノックする音が発声を遮った。
「失礼します~」
通話を終えた尾関が申し訳なさそうに入室して席へ戻る。
「ごめんなさい、お待たせして! お話の続きさせてもらっていいですか?」
「「はい」」
チヤと宿の返答を聞いた尾関が、皮張りのノートを開いて挿絵依頼の概要説明を始めた。
どちらも初めての受注だったので、しばらく続いたその説明をノートに要点をメモりながら聞き続ける。資料が出来次第再度打ち合わせの時間を設ける、という着地で、宿との打ち合わせは終了した。
ロビーまで送ると言う尾関の申し出を丁重に断って、宿が席を立つ。
「お運びいただきありがとうございました」
ドアのそばで頭を下げる尾関に
「これから、よろしくお願いします」
宿もお辞儀をしてから、チヤのほうを向く。
「シガラキさんも、お世話になります」
「こちらこそ、今後ともお願いいたします」
チヤと宿の言葉には、仕事以外の挨拶も含まれている。二人だけにわかるようにアイコンタクトをして。
それには気付いていない尾関を含めた皆でもう一度頭を下げて、宿がその場を去った。残った尾関とチヤは、改めて当初の目的である打ち合わせに入る。
「ホントごめんなさいね、急なお話で。時間まだ大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「良かったー。新成先生との打ち合わせも急に決まったもんで、チヤちゃんに連絡する時間取れなくて……」
「いえ、こういうサプライズなら大歓迎です」
「なら良かったです~。早急に資料作るから、あちらのスケジュールはまた相談させてください」
「はーい」
「で、本題なんですけどー」
メールに書かれていた“今後の仕事”は宿との案件ではなく、別の新規の依頼だった。まさかの依頼に予定を確認しつつ、しかし挿絵の仕事を最優先したいとわがままを言いつつ、尾関もそれに賛成してスケジュール繰りに二人で頭を悩ませた。
既存の雑誌掲載イラストの打ち合わせも併せて終えて、チヤも出版社をあとにする。
突然の依頼とスケジュール管理とで脳内は飽和しそうだけど、やっと掴んだチャンスを逃すなんてことはしたくないから諸々フル回転させてなんとかやり遂げると心に誓う。
それとは別に、足取りがなんだかフワフワとしているのは否めない。【月に雁】で宿と遭遇した帰りに体験したものと似ているけど、あのときとは状況が違う。だって、チヤのスマホには宿と直接やりとりできる連絡先が登録されている。
(それとこれとは話が別! 仕事! 仕事なんだから、しっかりやる!)
けれど、ほんの数時間前までは考えてもいなかった現実に、身震いしそうで思わず自分の腕を掴んでいた。
(うわ~! がんばろう!)
身体の底から湧き出るようなやる気を胸に、画材屋へ立ち寄り新しいスケッチブックとクロッキー帳、原稿用紙を買い足した。
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