292 / 306
第八章 迷宮に潜む者
キサラギとふたり旅
しおりを挟む
クルクマを出発してはやいもので8日が経過した。
俺たちはひたすらに魔法王国国境を目指し、北東へと進み、その過程で7つの町村を経由し、ついにもっともゲオニエス帝国に近い町にたどり着いた。
ギルドの酒場で旅の日程を確認する。
さして美味しくもない香辛料の使われていない肉と葡萄酒をおともに、俺は地図を広げて、木炭筆でマークをつけていく。
町と町との距離を概算し、どれくらいの時間がかかり、どれほどの物資が必要になるかを把握しておくのだ。
旅というのは要領がわかっていないとなかなか難しい物で、例えば荷物をおおく持ちすぎると運搬が大変になるし、少なければ途中で食糧が切れて辛い思いをする。
町で補給しながら移動することが前提なので、ほどよい補給こそが、上手な旅のコツであると魔法王国へ帰還する旅のなかで学んだ。
なおマナスーツが大きな荷物になると思われるが、あれは収納魔術で運搬しているので重量の問題はない。収納空間を維持するためのリソースを喰っているので魔力を常に持っていかれてはいるが……必要経費だと割り切っている。
「キサラギと兄様はいまどのあたりまで来ているのですか、とキサラギは旅の進捗状況をたずねます」
「今は国境まで来ましたから、ここからあと12日程度を見れば迷宮都市につくはずです」
指で地図をなぞって目的地をトントンっとたたく。
「迷宮都市、どんな場所なのでしょう」
「冒険者の町。世界有数のダンジョン発生地帯。日々、腕自慢たちが都市へやってきては、名も残せずに死んでいく……そんな町ですよ」
葡萄酒の注がれた木杯を傾けた。
「ああ、すみません!」
「ん?」
いきなり背後からぶつかられた。
少年がふらついて転んだようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、お気になさらず」
「よかったです。失礼します」
走り去っていく少年。
その背中を見送り、俺は変わらず木杯を傾ける。
「いま財布が盗まれたように見えたのですが、とスリにあっているのに気が付いていない兄様に眉根をひそめます」
「スリをしたってことはどういうことか、わかりますか」
「スリをしたと言う事は、兄様の財産が不当に奪われたということを意味します。なので兄様は怒りを露わにしてしかるべきです、とキサラギは人間の感情を捨て、非行少年を許して仏の道をすすむ兄様にモヤっとします」
「まさか。僕がそんな優しい存在だとでも」
「では、どうしてあの少年を追わないんですか、とキサラギは疑問をぶつけます」
「以前、こんな経験がありました。魔術王国でのことです。黒い獣人が俺からスリを働いて大事なものを盗んでいったので、その尻尾を追いかけていったら、泥棒のアジトにたどり着きました。犯人は住処に戻るなんですよ」
「キサラギは兄様の目的をうっすらと理解します」
「さて投資分を回収しましょうか」
腰をあげ、酒場をあとにし、直観を頼りに俺は薄暗い路地へ足を向けた。
勘のおもむくままに歩けば、薄汚い店にたどり着いた。
扉を空けて足を踏み入れると柄の悪そうな男たちがたむろしていた。
浅黒い肌にボロボロの服を着た男衆だ。
さっきの少年もいる。
少年は俺の顔を見て、ハッとした様子になった。
「あっ、さっきのマヌケ……っ、どうしてここに」
「ああ、なんだぁ、知り合いか」
「いや、その……」
「財布を盗まれてな」
「あはは、そういうことか。財布を無くしたことに気が付いたのはえらいな。だけどよ、これがお前のだなんて証拠はねえよな。返して欲しかったら買い取ってもらおうか」
「別に俺のだとは言ってないが」
「……。けっ、んなことはどうでもいいんだよ!」
「国境線を越えることができる財力のある旅人を狙っているようだな。俺以外からもずいぶん盗んでいるらしい」
「へへ、盗まれるほうが悪いのさ。身なりのいい奴は良い養分だぜ」
「よく言った」
俺は杖を抜く。
その瞬間、俺が魔術師だと理解したのか、男たちはハッとして酒瓶を手にとり短剣を抜き「てめえやる気か!」と襲い掛かって来た。魔術師相手なら先手必勝ということだろうか。要領は得ているらしい。喧嘩を売る相手は間違っているが。
粗野な荒くれ者ごときに遅れをとることはない。
全員に風の弾を撃ち込んで静かにさせ、最後に少年ひとりを残す。
「か、返します!」
「足りないな。旅人から盗んだぶん全部寄越すんだ」
「っ、まさか最初からそれが狙いだったんじゃ……」
スリ集団から旅人たちから盗んだ成果を全部回収し、俺は宿屋へと戻った。
「兄様、所持金が5倍に増えているとキサラギはマニーの錬金術に目覚めた兄様に尊敬の眼差しを向けます」
「旅の稼ぎはほとんどアルドレア家に置いて来ましたからね。キサラギのゲリラライブで稼ごうにもあれは金持ちの多い大都市じゃないと効果が薄いです」
キサラギの旅芸人としての素質は一流だが、アーケストレスほどの馬鹿稼ぎがいつでもできるわけじゃない。
本来は旅の途中でギルドで仕事を受けるつもりだったので、ここいらで大きく路銀を稼がせてもらったのだ。
そんなこんな資金調達をしながら俺とキサラギのふたり旅は順調に進み、9日目には国境を越えて高い関税を払ってゲオニエス帝国へ進出した。
クルクマを発って20日後の昼下がりには、俺たちは目的地に到着した。
深い渓谷のそこに築かれた閉鎖的な秘境、陽の届かぬ谷に広がる迷宮都市ダンジョンヒブリアに。
俺たちはひたすらに魔法王国国境を目指し、北東へと進み、その過程で7つの町村を経由し、ついにもっともゲオニエス帝国に近い町にたどり着いた。
ギルドの酒場で旅の日程を確認する。
さして美味しくもない香辛料の使われていない肉と葡萄酒をおともに、俺は地図を広げて、木炭筆でマークをつけていく。
町と町との距離を概算し、どれくらいの時間がかかり、どれほどの物資が必要になるかを把握しておくのだ。
旅というのは要領がわかっていないとなかなか難しい物で、例えば荷物をおおく持ちすぎると運搬が大変になるし、少なければ途中で食糧が切れて辛い思いをする。
町で補給しながら移動することが前提なので、ほどよい補給こそが、上手な旅のコツであると魔法王国へ帰還する旅のなかで学んだ。
なおマナスーツが大きな荷物になると思われるが、あれは収納魔術で運搬しているので重量の問題はない。収納空間を維持するためのリソースを喰っているので魔力を常に持っていかれてはいるが……必要経費だと割り切っている。
「キサラギと兄様はいまどのあたりまで来ているのですか、とキサラギは旅の進捗状況をたずねます」
「今は国境まで来ましたから、ここからあと12日程度を見れば迷宮都市につくはずです」
指で地図をなぞって目的地をトントンっとたたく。
「迷宮都市、どんな場所なのでしょう」
「冒険者の町。世界有数のダンジョン発生地帯。日々、腕自慢たちが都市へやってきては、名も残せずに死んでいく……そんな町ですよ」
葡萄酒の注がれた木杯を傾けた。
「ああ、すみません!」
「ん?」
いきなり背後からぶつかられた。
少年がふらついて転んだようだ。
「だ、大丈夫ですか?」
「ええ、お気になさらず」
「よかったです。失礼します」
走り去っていく少年。
その背中を見送り、俺は変わらず木杯を傾ける。
「いま財布が盗まれたように見えたのですが、とスリにあっているのに気が付いていない兄様に眉根をひそめます」
「スリをしたってことはどういうことか、わかりますか」
「スリをしたと言う事は、兄様の財産が不当に奪われたということを意味します。なので兄様は怒りを露わにしてしかるべきです、とキサラギは人間の感情を捨て、非行少年を許して仏の道をすすむ兄様にモヤっとします」
「まさか。僕がそんな優しい存在だとでも」
「では、どうしてあの少年を追わないんですか、とキサラギは疑問をぶつけます」
「以前、こんな経験がありました。魔術王国でのことです。黒い獣人が俺からスリを働いて大事なものを盗んでいったので、その尻尾を追いかけていったら、泥棒のアジトにたどり着きました。犯人は住処に戻るなんですよ」
「キサラギは兄様の目的をうっすらと理解します」
「さて投資分を回収しましょうか」
腰をあげ、酒場をあとにし、直観を頼りに俺は薄暗い路地へ足を向けた。
勘のおもむくままに歩けば、薄汚い店にたどり着いた。
扉を空けて足を踏み入れると柄の悪そうな男たちがたむろしていた。
浅黒い肌にボロボロの服を着た男衆だ。
さっきの少年もいる。
少年は俺の顔を見て、ハッとした様子になった。
「あっ、さっきのマヌケ……っ、どうしてここに」
「ああ、なんだぁ、知り合いか」
「いや、その……」
「財布を盗まれてな」
「あはは、そういうことか。財布を無くしたことに気が付いたのはえらいな。だけどよ、これがお前のだなんて証拠はねえよな。返して欲しかったら買い取ってもらおうか」
「別に俺のだとは言ってないが」
「……。けっ、んなことはどうでもいいんだよ!」
「国境線を越えることができる財力のある旅人を狙っているようだな。俺以外からもずいぶん盗んでいるらしい」
「へへ、盗まれるほうが悪いのさ。身なりのいい奴は良い養分だぜ」
「よく言った」
俺は杖を抜く。
その瞬間、俺が魔術師だと理解したのか、男たちはハッとして酒瓶を手にとり短剣を抜き「てめえやる気か!」と襲い掛かって来た。魔術師相手なら先手必勝ということだろうか。要領は得ているらしい。喧嘩を売る相手は間違っているが。
粗野な荒くれ者ごときに遅れをとることはない。
全員に風の弾を撃ち込んで静かにさせ、最後に少年ひとりを残す。
「か、返します!」
「足りないな。旅人から盗んだぶん全部寄越すんだ」
「っ、まさか最初からそれが狙いだったんじゃ……」
スリ集団から旅人たちから盗んだ成果を全部回収し、俺は宿屋へと戻った。
「兄様、所持金が5倍に増えているとキサラギはマニーの錬金術に目覚めた兄様に尊敬の眼差しを向けます」
「旅の稼ぎはほとんどアルドレア家に置いて来ましたからね。キサラギのゲリラライブで稼ごうにもあれは金持ちの多い大都市じゃないと効果が薄いです」
キサラギの旅芸人としての素質は一流だが、アーケストレスほどの馬鹿稼ぎがいつでもできるわけじゃない。
本来は旅の途中でギルドで仕事を受けるつもりだったので、ここいらで大きく路銀を稼がせてもらったのだ。
そんなこんな資金調達をしながら俺とキサラギのふたり旅は順調に進み、9日目には国境を越えて高い関税を払ってゲオニエス帝国へ進出した。
クルクマを発って20日後の昼下がりには、俺たちは目的地に到着した。
深い渓谷のそこに築かれた閉鎖的な秘境、陽の届かぬ谷に広がる迷宮都市ダンジョンヒブリアに。
0
お気に入りに追加
580
あなたにおすすめの小説
『ラノベ作家のおっさん…異世界に転生する』
来夢
ファンタジー
『あらすじ』
心臓病を患っている、主人公である鈴也(レイヤ)は、幼少の時から見た夢を脚色しながら物語にして、ライトノベルの作品として投稿しようと書き始めた。
そんなある日…鈴也は小説を書き始めたのが切っ掛けなのか、10年振りに夢の続きを見る。
すると、今まで見た夢の中の男の子と女の子は、青年の姿に成長していて、自分の書いている物語の主人公でもあるヴェルは、理由は分からないが呪いの攻撃を受けて横たわっていた。
ジュリエッタというヒロインの聖女は「ホーリーライト!デスペル!!」と、仲間の静止を聞かず、涙を流しながら呪いを解く魔法を掛け続けるが、ついには力尽きて死んでしまった。
「へっ?そんな馬鹿な!主人公が死んだら物語の続きはどうするんだ!」
そんな後味の悪い夢から覚め、風呂に入ると心臓発作で鈴也は死んでしまう。
その後、直ぐに世界が暗転。神様に会うようなセレモニーも無く、チートスキルを授かる事もなく、ただ日本にいた記憶を残したまま赤ん坊になって、自分の書いた小説の中の世界へと転生をする。
”自分の書いた小説に抗える事が出来るのか?いや、抗わないと周りの人達が不幸になる。書いた以上責任もあるし、物語が進めば転生をしてしまった自分も青年になると死んでしまう
そう思い、自分の書いた物語に抗う事を決意する。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界に転生した俺は元の世界に帰りたい……て思ってたけど気が付いたら世界最強になってました
ゆーき@書籍発売中
ファンタジー
ゲームが好きな俺、荒木優斗はある日、元クラスメイトの桜井幸太によって殺されてしまう。しかし、神のおかげで世界最高の力を持って別世界に転生することになる。ただ、神の未来視でも逮捕されないとでている桜井を逮捕させてあげるために元の世界に戻ることを決意する。元の世界に戻るため、〈転移〉の魔法を求めて異世界を無双する。ただ案外異世界ライフが楽しくてちょくちょくそのことを忘れてしまうが……
なろう、カクヨムでも投稿しています。
職種がら目立つの自重してた幕末の人斬りが、異世界行ったらとんでもない事となりました
飼猫タマ
ファンタジー
幕末最強の人斬りが、異世界転移。
令和日本人なら、誰しも知ってる異世界お約束を何も知らなくて、毎度、悪戦苦闘。
しかし、並々ならぬ人斬りスキルで、逆境を力技で捩じ伏せちゃう物語。
『骨から始まる異世界転生』の続き。
世界で俺だけがダンジョンを攻略できるだと?! ピコハン頑張る!
昆布海胆
ファンタジー
村の不作で口減らしにダンジョンに捨てられたピコハンは世界でただ一人、魔物を倒すとその存在力を吸収して強くなれる存在であった。
これは世界に存在するダンジョンを唯一攻略できるピコハンがダンジョンを攻略していく物語。
あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話
此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。
電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。
信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。
そうだ。西へ行こう。
西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。
ここで、ぼくらは名をあげる!
ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。
と、思ってた時期がぼくにもありました…
まったく知らない世界に転生したようです
吉川 箱
ファンタジー
おっとりヲタク男子二十五歳成人。チート能力なし?
まったく知らない世界に転生したようです。
何のヒントもないこの世界で、破滅フラグや地雷を踏まずに生き残れるか?!
頼れるのは己のみ、みたいです……?
※BLですがBがLな話は出て来ません。全年齢です。
私自身は全年齢の主人公ハーレムものBLだと思って書いてるけど、全く健全なファンタジー小説だとも言い張れるように書いております。つまり健全なお嬢さんの癖を歪めて火のないところへ煙を感じてほしい。
111話までは毎日更新。
それ以降は毎週金曜日20時に更新します。
カクヨムの方が文字数が多く、更新も先です。
二度目の転生は傍若無人に~元勇者ですが二度目『も』クズ貴族に囲まれていてイラッとしたのでチート無双します~
K1-M
ファンタジー
元日本人の俺は転生勇者として異世界で魔王との戦闘の果てに仲間の裏切りにより命を落とす。
次に目を覚ますと再び赤ちゃんになり二度目の転生をしていた。
生まれた先は下級貴族の五男坊。周りは貴族至上主義、人間族至上主義のクズばかり。
…決めた。最悪、この国をぶっ壊す覚悟で元勇者の力を使おう…と。
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる